グラド・バルグン
「ユリウス・レーヴェン?」
ガレスが名前を繰り返した。
レオンは紙から目を離さないまま頷いた。
「昔、一緒に研究していたことがあります」
「勇者時代か?」
「はい。王立魔導技術局に出入りしていた頃です」
ボルグが腕を組んだ。
「技術局の人間だったのか」
「正式な所属ではありません。外部研究員に近かったと思います」
「思います?」
「肩書きがよく変わる人だったので」
ガレスが鼻で笑う。
「お前の友達らしいな」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だ」
「奴は王国にクビにされたあと、ここに流れ着いた。いまはバルグン工業組合で技術顧問兼用心棒をしてる」
ミリアが紙を覗き込んだ。
「この人、今もここにいるの?」
「いた」
ボルグが答えた。
「三日前まではな」
レオンが顔を上げた。
「三日前?」
「第七下層工業区の調査をしていた。昨日から姿が見えん」
ドルガンが壁にもたれる。
「部屋にも戻っていない。荷物の半分は残ったままだ」
「最後に見た人は?」
「いる。だが話が食い違っている」
「どういうふうに?」
ドルガンは少し黙った。
「一人は、夜に一人で第七区画へ向かったと言っている」
「もう一人は?」
「工場主と揉めていた」
「他には?」
「三人目は、そもそもその日は第七区画に来ていないと言っている」
レオンは眉を寄せた。
「同じ日の話ですよね」
「ああ」
「監視記録は?」
「あるところと、ないところがある」
「ずいぶん雑ですね」
「街全部を王都みたいにする気か」
ドルガンが睨む。
レオンは言い返しかけてやめた。
王都でも監視記録が完全なわけではない。
それに、この街は五年前とは規模そのものが違う。
「ユリウスは何を調べていたんですか」
ボルグが一枚の紙を差し出した。
「事故の共通点だ」
レオンは読む。
炉の暴発。
運搬機の停止。
魔導器の誤作動。
作業員の一時的な意識喪失。
どれも単独なら珍しくない。
工場が大きければ事故は起きる。
問題は数だった。
「二か月で四十七件?」
「軽微なものも含めてだ」
「それでも多いですね」
「多い。だから三人を送った」
レオンは続きを見る。
怪我人の中には、魔力が急激に減った者がいた。
数時間で戻った者もいれば、数日寝込んだ者もいる。
ミリアが横から読んだ。
「これ、教会で見たのと少し似てない?」
レオンは黙った。
教会。
魔導器を日常的に使っていた患者。
身体に残った、細い魔力の痕跡。
完全に同じとは言えない。
だが無関係とも言い切れない。
「似てます」
レオンは言った。
「でも、同じかはまだ分かりません」
ボルグが目を細める。
「何に似ている」
レオンは紙を机へ戻した。
ここで話すか。
王国側の証拠まで見せるか。
迷った。
以前なら、たぶん自分で決めていた。
そして必要なところだけ話した。
レオンは横を見る。
「ガレス」
「何だ」
「どこまで話します?」
ガレスが少しだけ目を見開いた。
「俺に聞くのか」
「聞いてます」
「成長したなあ」
「いいから答えてください」
ミリアが笑う。
「私にも聞いて」
「じゃあ、ミリアも」
「最初からそう言えばいいのに」
カイも手を上げた。
「自分も一応いますよ」
「分かってます」
「今の言い方、絶対忘れてましたよね」
四人で短く話す。
全部は出さない。
だが、王立魔導技術局の試作部品と、魔力経路の異常については見せる。
古代金属片については、目的も含めて話す。
黒魔術《接続》の細かい手順までは伏せる。
レオンは布包みを机の上へ置いた。
「俺たちも、似たものを追っています」
ボルグの目が変わった。
まず、王立魔導技術局の黒い試作部品。
次に、エルフから借りた古代金属片。
最後に、今回の死体に刺さっていたものと似ていること。
ボルグは無言で三つを見比べた。
ドルガンも近づく。
「全部、同じものか?」
「違います」
レオンはすぐに答えた。
「少なくとも作りは違う。古代片は六百年以上前のものです。王国の試作品はもっと新しい。死体に刺さっていたものも別です」
「なのに似ている?」
「はい」
「偶然では」
「ありえます」
ボルグがレオンを見る。
「否定しないのか」
「否定できる材料がありません」
口にしてから、レオンは少しだけ変な感覚を覚えた。
以前なら、もっと強く言っていたかもしれない。
違う。
これは繋がっている。
自分がそう思うなら、証明するまで掘る。
今も掘るつもりではいる。
ただ、まだ分からないものを、分かったことにはしない。
それだけだった。
ボルグは古代片へ視線を落とした。
「これを作った者の名は?」
「グラド・バルグン」
音が消えたように感じた。
ボルグの顔が固まる。
ドルガンも同じだった。
レオンはその反応を見る。
「知ってますね」
ボルグはすぐには答えなかった。
「どこでその名を」
「エルフの記録です」
「記録?」
「六百二十一年前。魔族の接続系魔法に使われた金属製の器を、グラド・バルグンが作った。その十九年後、彼はエルフのもとを訪ねて、作ったことを悔いていると言った」
ドルガンがボルグを見る。
「主任」
「分かっている」
「何がです?」
レオンが聞く。
ボルグは椅子へ座った。
急に疲れたように見えた。
「グラド・バルグンは、この街では英雄だ」
「英雄?」
「今の北東鉱山都市の基礎を作った一族の祖だ」
レオンは言葉を失った。
六百年前の鍛冶師。
古代の接続魔法。
そして現在、魔導器部品を大量生産する街。
偶然かもしれない。
だが、さすがに出来すぎている。
「一族は今も?」
「いる」
ボルグが言った。
「バルグン工業組合。この街で最大の工房連合だ」
ガレスが低く息を吐く。
「第七下層工業区は?」
「半分以上がバルグン系だ」
ミリアがレオンを見る。
「また繋がったね」
「まだです」
レオンは即答した。
「まだ、名前が繋がっただけです」
「でも調べるんでしょ」
「もちろん」
「そこは変わらないんだ」
「変える必要があります?」
「ないと思うよ?」
ミリアは少し笑った。
ボルグが二人を見る。
「お前たち、ずいぶん余裕があるな」
「ないですよ」
ミリアが言った。
「この人がこういうときに止まらないから、慣れただけ」
「俺を爆薬みたいに言わないでください」
「だいたい合ってる」
カイが小さく頷いた。
「自分もそれは同意します」
「カイまで?」
ドルガンが大きく息を吐く。
「話を戻すぞ」
机を指で叩いた。
「問題は、ユリウス・レーヴェンだ」
レオンの表情が戻る。
「三日前までいたんですよね」
「ああ」
「グラド・バルグンについて、ユリウスは知っていましたか?」
ボルグとドルガンが顔を見合わせる。
その反応で分かった。
「知っていたんですね」
ボルグが答える。
「知っていたどころじゃない」
「どういう意味です?」
「第七区画の事故を調べ始めて一週間ほどした頃だ」
ボルグは机の引き出しを開けた。
中から、一冊の薄い帳面を出す。
「ユリウスが、古い記録を調べたいと言い出した」
「何の記録です?」
「グラド・バルグンが残した工房記録だ」
レオンは身を乗り出した。
「残っているんですか?」
「一部だけな」
「どこに?」
「地下保管庫だ」
「見せてください」
「駄目だ」
即答だった。
レオンが固まる。
「なぜです?」
「お前は他国の逃亡者だろう」
「……知ってたんですか」
ドルガンが呆れた顔をする。
「門で照会した」
「早いですね」
「お前が有名すぎるんだ」
ガレスが笑いを堪えている。
レオンは無視した。
「でも、ユリウスがそこを調べて、その後消えた」
「ああ」
「なら――」
「だからこそ簡単に入れられん」
ボルグの言葉は正しい。
レオンは黙る。
そのとき、部屋の外が騒がしくなった。
足音。
怒鳴り声。
何かが倒れる音。
ドルガンが立ち上がる。
扉が勢いよく開いた。
若いドワーフが息を切らしていた。
「主任!」
「どうした」
「第七区画です!」
ボルグの顔色が変わる。
「また事故か」
「違います」
若いドワーフは一度息を飲み込んだ。
「止まりました」
「何がだ」
「全部です」
部屋が静まる。
「第七下層工業区の魔導器が、一斉に止まりました」
レオンは立ち上がった。
その瞬間。
机の上に置かれていた三つの黒い金属片が、同時にかすかな音を立てた。
カチ、と。
まるでどこか遠くで、同じ鍵が回ったように。




