葛藤
「で?」
房へ戻った瞬間、ガレスが訊いた。
「何が」
「何がじゃねえよ」
「久しぶりの感動の再会でした」
「感想聞いてんじゃねえ」
レオンは寝台に座った。
ミリアとカイも隣の房からこちらを見ている。
「国選第三勇者パーティが、俺を王都へ連れていくそうです」
「よかったじゃないですか」
カイが言う。
「拘束したまま」
「あっ」
「資料も全部提出」
「あっ」
「黒魔術のことも知ってた」
「あっ」
「お前それしか言えんのか」
ガレスが呆れる。
ミリアが訊いた。
「誰が来たの?」
「アルトとリゼとセイル」
「仲間だった人?」
「はい」
「何て?」
レオンは答えない。
――私たちを信用して。
――じゃあ、俺を信用してよ。
「俺は変わってないって」
「言われたの?」
「直接は言われてない」
「でもそういう意味だった?」
「……たぶん」
ガレスが鼻を鳴らす。
「俺も言ったぞ」
「ガレスさんのは腹立つだけです」
「何でだよ」
「いつも言うから」
「でもあいつらに言われると?」
レオンは睨む。
「うるさい」
「効いたんだな」
「うるさい!」
ガレスはそれ以上言わなかった。
ミリアが鉄格子へ寄る。
「レオンはどうしたい?」
「王都へ行く」
「それはみんな同じでしょ」
「でも資料は渡さない」
「何で?」
「誰が信用できるか分からない」
「その三人も?」
レオンは答えられなかった。
信用している。
したい。
でも。
もし全部渡して。
消えたら。
第三砦から飛ばした三羽の鳥みたいに。
「……分からない」
ミリアが頷く。
「じゃあ、それでいいんじゃない」
「何が」
「分からないなら、分からないまま決めるしかないよ」
「適当すぎません?」
「全部分かってから決められることなんて、そんなにないでしょ」
レオンは黙る。
嫌いな言葉だった。
分からない。
不確実。
不完全。
もっと調べれば答えが出る。
そう思っていたい。
でも今は。
調べるために。
先に選ばなければならない。
「俺は」
レオンが言った。
「王都へ行く」
三人を見る。
「でも、拘束されたままじゃ行かない」
ガレスが笑う。
「決まりだな」
「いいの?」
「俺は最初から軍人じゃねえ」
ミリアも頷く。
「私も行く」
カイ。
「俺も!」
「あなたは軍人でしょう」
「昨日話したじゃないですか!」
「今ならまだやめられるよ」
「嫌です」
「軍歴半年で逃亡兵?」
「言い方!」
「客観的事実ですよ」
カイが少し怯む。
それでも。
「行きます」
レオンは頷いた。
「じゃあ昼まで待つ」
「待つのか?」
ガレス。
「最後にもう一回話す」
「誰と」
「昔の仲間」
*
昼前。
扉が開いた。
アルト。
一人だった。
「決めたか」
「はい」
「来る?」
「王都には」
アルトの顔が少し緩む。
「でも」
戻る。
「拘束は嫌です」
「レオン」
「資料も渡さない」
「さっき話しただろ」
「だから俺も考えた」
レオンは鉄格子越しにアルトを見る。
「一緒に来てください」
「……何?」
「俺たちと」
「意味が分からん」
「王都へ行くんでしょう?」
「そうだ」
「じゃあ目的地同じじゃん」
「お前を連行するんだ」
「連行じゃなくて同行にしましょう」
「言葉遊びをするな」
「本気です」
アルトが黙る。
「俺は王都で調べたい。あなたたちは俺を王都へ連れていきたい」
「そうだ」
「じゃあ途中までは同じ」
「資料を渡せ」
「嫌です」
「武装解除」
「嫌」
「命令に従え」
「それも嫌」
「何も同じじゃねえよ!」
「行き先!」
「旅行じゃねえんだ!」
昔。
こんなやり取りを何度しただろう。
一瞬だけ。
アルトの口元も緩んだ。
でも。
すぐ消えた。
「無理だ」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
「俺が逃げても?」
「捕まえる」
「俺、強いですよ」
「知ってる」
「昔より」
「俺たちもだ」
少し。
嬉しかった。
こんな時なのに。
「……そっか」
レオンが鉄格子から離れる。
「じゃあ」
アルトの顔を見る。
「昼に」
「ああ」
アルトが去る。
足音。
レオンは振り返った。
「ガレスさん」
「おう」
「扉」
「壊す?」
「鍵だけ」
「成長したなあ」
「殴りますよ」
*
正午。
軍務局の中庭。
馬車が二台。
兵士十数名。
国選第三勇者パーティ。
アルトが大剣を背負う。
リゼは弓。
セイルは杖。
「連れてこい」
兵士が牢へ向かう。
数分。
戻ってきた。
顔が青い。
「どうした」
「その」
「何だ」
「いません」
沈黙。
「……は?」
「扉は?」
「開いてます」
「鍵は!」
「あります」
「じゃあどうやって!」
「鍵穴の内部だけ溶けてます」
アルトが額を押さえた。
「レオン……!」
屋根の上。
「呼びました?」
全員が見上げた。
四人。
レオン。
ガレス。
ミリア。
カイ。
「先生、これ絶対怒られますよ」
「もう怒られてる」
「そういう問題ですか!?」
アルトが叫ぶ。
「降りてこい!」
「嫌です!」
「ふざけるな!」
「ふざけてない!」
レオンは屋根の端へ立つ。
「俺たちは王都へ行く!」
「ならこっちへ来い!」
「だから拘束は嫌だって!」
「レオン!」
リゼが弓を持つ。
まだ構えない。
「お願い。降りて」
レオンは彼女を見る。
「リゼ」
「何」
「一緒に来ない?」
昨日と逆。
彼女の目が揺れた。
「……できない」
「何で」
「私たちは国選勇者だから」
「俺もだった」
「だった、でしょ」
刺さる。
レオンは笑った。
「そうだね」
「レオン」
「じゃあ行く」
踵を返す。
「待て!」
アルトが大剣を抜いた。
金属音。
レオンの足が止まる。
振り返る。
昔。
何百回も見た。
その剣。
いつも。
レオンの前に立っていた。
魔族から。
魔獣から。
矢から。
守るために。
今。
刃がこちらを向いている。
「……本当に?」
レオンが訊いた。
アルトの手が止まる。
「レオン」
「俺にそれを向けるの?」
「止まれ」
「質問に答えて」
アルトの顔が歪む。
「俺だって向けたくねえよ!」
声が中庭に響く。
「だったら来い!」
「嫌だ!」
「何で分からねえんだ!」
「そっちこそ!」
魔力が揺れた。
兵士たちが身構える。
セイルが杖を握る。
ガレスが低く言った。
「レオン」
「分かってます」
「本当に?」
「……たぶん」
レオンも杖を握る。
右手を上げる。
風が集まる。
兵士たちがざわめく。
アルトは驚かない。
知っているから。
「最後に言う」
アルト。
「降りてこい」
「俺も最後に言う」
レオン。
「通して」
沈黙。
「できない」
「俺も」
レオンの周囲で風が渦巻く。
「止まれない」
アルトが剣を構えた。
リゼが。
ゆっくり。
弓に矢をつがえる。
セイルの杖に光が灯る。
三人。
かつて。
誰よりも頼もしかった姿。
レオンは息を吐く。
「……最悪」
ガレスが拳を鳴らす。
「どうする」
「殺さない」
「当然だ」
「大怪我もなし」
「難しい注文だな」
「あと」
レオンはアルトを見る。
向こうも。
こちらを見ている。
「俺がアルトをやる」
「勝てんのか?」
一瞬。
十一歳。
十二歳。
十三歳。
何度も模擬戦をした。
勝った。
負けた。
助けられた。
助けた。
「勝ちますよ」
レオンが笑う。
「俺のことを一番知ってる相手ですから」
屋根を蹴った。
同時に。
アルトも地面を蹴った。
大剣と。
レオンの拳が。
初めて。
敵として交差した。




