再会
朝。
レオンはほとんど眠れなかった。
硬い寝台のせいではない。
「……暇」
「寝ろ」
向かいでガレスが目を閉じたまま答える。
「もう朝ですよ」
「じゃあ静かにしろ」
「昨日からずっと静かにしてます」
「三十分に一回喋ってる」
鉄格子の向こう。
見張りの兵士が欠伸をしていた。
レオンは扉を見る。
壊すだけなら簡単だ。
鍵を焼いてもいい。
蝶番を飛ばしてもいい。
壁の方が早いかもしれない。
問題は、その後。
正式な拘束命令。
それを破れば、今度こそ言い訳は難しい。
「先生」
隣の房からカイの声。
「何」
「逃げないんですか?」
「まだ」
「まだ?」
「王都には行く」
「じゃあ」
「方法を考えてる」
ガレスが笑う。
「成長したな」
「何が」
「昔ならもう壁がなかったぞ」
「俺を何だと思ってるんです」
「作戦会議中に『こっちの方が早い』って砦の壁ぶち抜いただろ」
「あれは敵の砦でしょう!」
「味方も中にいた」
「あ」
「相変わらず都合の悪いことは忘れてやがる」
足音。
廊下の向こうから兵士が走ってきた。
見張りに何か耳打ちする。
二人ともレオンを見る。
「何です?」
「……面会だ」
「誰と」
兵士が答える。
「国選第三勇者パーティ」
レオンが固まった。
「え?」
*
応接室へ連れていかれる。
レオンだけだった。
「他の三人は?」
「面会対象はお前だけだ」
「何で」
「知らん」
扉の前。
急に足が止まる。
兵士が振り返った。
「どうした」
「いや」
何でもない。
何でもないはずだった。
国選第三勇者パーティ。
十一歳から所属した。
一緒に食べた。
一緒に寝た。
一緒に戦った。
何度も死にかけた。
追放された日。
最後に顔を見てから――
「開けるぞ」
「ちょっと待って」
「何だ?」
「髪」
「は?」
レオンは手で髪を整える。
服を見る。
皺だらけ。
「……最悪」
「何してるんだお前」
「別に!」
扉が開いた。
三人。
最初に目に入ったのは、大剣だった。
壁に立てかけても、やたらと存在感がある。
その隣。
金髪。
大柄な男。
昔より少し髭が濃くなった。
男がこちらを見る。
止まる。
「……レオン?」
声。
それだけで。
数年前が戻ってきた。
「アルト」
レオンの口から笑いが漏れた。
「お前――」
男が近づく。
レオンも。
拳。
肩。
昔と同じ雑な挨拶。
「でかくなったな!」
「そりゃ何年も会ってないから!」
「最後に会った時より伸びた」
「まだ伸びますよ」
「態度も?」
「それは元から」
「知ってる」
笑う。
「レオン」
次。
赤茶色の髪の女。
弓を背負っている。
「リゼ!」
「久しぶり」
「全然変わってない」
「女に最初に言うことがそれ?」
「褒めてるんですよ」
「相変わらずね」
軽く頭を叩かれる。
昔もよくやられた。
そして。
奥。
白い法衣。
杖。
眼鏡。
痩せた男。
「……セイル」
「久しぶりです、レオン」
「まだ敬語なんだ」
「癖ですから」
三人。
足りない。
でも。
確かに。
仲間だった。
「何でここに?」
レオンが訊く。
「任務」
アルト。
「近くにいたんですか?」
「いや。昨日、王都から出た」
「昨日?」
早い。
「何の任務?」
三人の空気が。
僅かに変わった。
レオンは気づいた。
「……何」
アルトが椅子を引く。
「座れ」
「立ったままでいい」
「レオン」
リゼ。
「座って」
昔と同じ声。
レオンは座った。
三人も。
「単刀直入に言う」
アルトが言った。
「お前を王都へ連れていく」
レオンが瞬く。
「え」
一瞬。
嬉しくなった。
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ話早いじゃん!」
レオンは立ち上がる。
「俺も王都に行こうとしてたんですよ。第三砦で変なもの見つけて、魔導器の構造と――」
「待て」
アルト。
レオンが止まる。
「何」
「王都へ連れていく」
もう一度。
今度は意味が違って聞こえた。
「……どこに?」
「軍務省」
「誰に会う?」
「分からん」
「俺が持ってる資料は?」
「すべて提出してもらう」
「その後?」
「命令を待つ」
レオンはゆっくり座った。
「俺、拘束されたまま?」
アルトは答えない。
それが答えだった。
「何の容疑?」
セイルが言う。
「軍事機密の不正取得および持ち出し。軍命令への不服従。禁制魔術使用の疑い」
最後。
レオンの目が動いた。
「誰から聞いた?」
「答えられません」
「黒魔術のこと?」
「レオン」
リゼの声。
「使ってるの?」
沈黙。
「……研究してる」
「使った?」
「場合による」
「答えて」
レオンはリゼを見る。
「使った」
彼女が目を閉じる。
「馬鹿」
小さな声だった。
「何考えてるの」
「必要だった」
「またそれ?」
レオンの眉が動く。
「またって何ですか」
「必要だから。自分にしかできないから。自分が正しいから」
「今回は本当に――」
「前もそう言った!」
声が響いた。
レオンが止まる。
リゼも。
アルトが低く言う。
「俺たちは、お前を捕まえに来たんじゃない」
「じゃあ何」
「連れ戻しに来た」
「同じでしょう」
「違う」
「何が!」
アルトが机を叩く。
「俺たちが来たんだぞ!」
レオンは黙った。
「普通なら軍が来る。お前が抵抗する可能性があるから、大人数でな」
「……」
「俺たちが志願した」
「何で」
「お前だからだよ」
アルトが言った。
「俺たちなら、お前が話を聞くと思った」
レオンは笑いそうになった。
「俺のこと信用してるのかしてないのか、どっちなんです?」
「信用してる」
「なら――」
「だから分かるんだ」
アルトが遮る。
「お前は、自分が正しいと思ったら止まらない」
「……」
「十一の頃からずっとだ」
レオンの拳が握られる。
「俺が何を見つけたか知らないでしょう」
「ああ」
「人間側が先に越境した可能性がある」
「レオン」
「魔族の捕虜も同じこと言ってる。第三砦の生存者もだ。魔導器には説明されてない経路がある。魔族軍の装備にも同じ構造があった。命令書にも――」
「だから王都で話せ」
「誰に!?」
レオンが立った。
「誰が信用できるか分からないから困ってるんだ!」
「王国そのものを疑うのか」
アルトも立つ。
「違う!」
「じゃあ誰だ!」
「分からない!」
静かになる。
レオン自身。
その言葉が嫌だった。
分からない。
昔なら絶対に言いたくなかった。
「……だから調べたい」
レオンが言う。
「俺だって、王国が敵だなんて思ってない」
「なら一緒に来い」
「資料を全部渡して?」
「そうだ」
「嫌だ」
即答。
アルトの顔が強張る。
「レオン」
「嫌です」
「命令だ」
「それでカルナが焼かれたかもしれない」
「それは」
「命令だから従った。その結果、戦争が始まったかもしれない!」
「まだ事実か分からないだろ!」
「だから調べるんだよ!」
二人。
机を挟む。
リゼが立つ。
「レオン」
「何」
「私たちじゃ駄目?」
レオンが止まる。
「私たちを信用して」
その言葉。
欲しかった。
たぶん。
ずっと。
「……じゃあ」
レオンが言う。
「俺を信用してよ」
リゼの表情が止まった。
「俺が、何の理由もなくこんなことすると思う?」
誰も答えない。
「昔とは違う」
それでも。
返事はない。
「……何か言ってよ」
セイルが目を伏せた。
アルトが言う。
「昔もお前はそう思ってた。そう言ってた。俺たちはそれを信じた。信じて何回裏切られたかお前にわかるか?その時どんな気持ちだったかお前にわかるか?お前が追放された時、俺たちが、どんな思いで!」
レオンは何も言えなくなった。
扉が開く。
兵士。
「時間です」
アルトはレオンから目を逸らさなかった。
「昼に出る」
「……」
「それまでに決めろ」
「何を」
「自分で歩いて来るか」
アルトの目が、勇者の目になる。
「俺たちに、連れていかれるか」
レオンは立ったまま。
三人が部屋を出るのを見ていた。
最後。
リゼが一度だけ振り返る。
何か言いそうになってやめた。
扉が閉じる。
レオンは一人になった。
嬉しかった。
顔を見た瞬間。
本当に嬉しかったのに。
拳を握る。
震えていた。
怒っているのか。
悲しいのか。
自分でも分からなかった。
ただ。
一つだけ分かった。
次にあの扉が開く時。
昔と同じ仲間ではいられないかもしれなかった。




