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軍務局

投稿を完全に忘れておりすみませぬ

軍務局に着いたのは、日が沈む少し前だった。


地方都市の外れに建つ、小さな石造りの建物。


王都の軍務省とは比べものにならない。駐屯兵と事務官を合わせても三十人ほどだという。


「止まれ!」


門前の兵士が槍を構える。


「北方方面軍司令部、伝令任務!」


レオンたちを拘束した将校が馬上から書類を掲げた。


「緊急通信を使用する!」


「確認する!」


門が開く。


レオンも馬車から降りようとした。


「お前は待て」


「何で」


「拘束中だからだ」


「あ」


忘れていた。


「忘れるな!」


「縄も手錠もないし」


「お前にそんなもの付けたら余計面倒だろ!」


「信用されてると思っていい?」


「諦めてるんだ」


「ひどい」


結局、四人は応接室に入れられた。


扉の外に兵士二人。


「これ拘束?」


カイが訊く。


「たぶん」


レオン。


「お茶出ましたよ」


「客じゃん」


ミリアが呆れる。


ガレスはソファに深く座った。


「まあ、待とうや」


「どのくらい?」


「第三砦と通信を繋ぐだけだろ」


「途中で切られなければ」


「お前、本当に疑い深くなったな」


レオンは返事をしなかった。


昔なら。


自分が正しいと思った瞬間、もう動いていた。


誰かに確認する時間が無駄だった。


説明して理解されるのを待つくらいなら、自分でやった方が早い。


結果。


追放された。


――あなた、追放された時と同じことしようとしてる。


ミリアの言葉が残っている。


「……待ちますよ」


「お?」


「何です」


「いや。偉い偉い」


「子供扱いするな」


*


一時間。


二時間。


「遅い!」


レオンが立った。


「座って」


ミリア。


「もう二時間ですよ!」


「通信って時間かかることあるんでしょ?」


「ありますけど!」


「じゃあ待つ」


「ぐっ……」


座る。


カイが笑った。


「先生、ミリアさんに弱いですね」


「弱くない」


「強い人には勝てないんですね」


「俺の方が強い」


「そういう意味じゃないと思うぞ」


ガレス。


「分かってますよ!」


扉が開いた。


将校。


その顔を見て。


全員が黙った。


「確認が取れた」


レオンが立つ。


「大佐は?」


「生きてる」


少しだけ肩の力が抜けた。


「で?」


「ヴァルナー大佐は」


将校が紙を見る。


「お前たち四名を王都へ派遣したと証言した」


沈黙。


「じゃあ!」


カイが立つ。


「拘束命令は?」


「それも本物だ」


レオンの顔が止まる。


「……は?」


「北方方面軍司令部に照会した。間違いなく発令したそうだ」


ガレスが身を起こす。


「つまり」


「ヴァルナー大佐は王都へ行けと命じた。方面軍司令部は第三砦へ戻せと命じた」


「どっちが上?」


カイ。


「方面軍司令部」


「じゃあ」


「形式上は、拘束命令が優先される」


レオンが訊く。


「理由は?」


「軍事機密保護」


「それだけ?」


「それだけだ」


「俺たちが何を漏らしたかは?」


「回答なし」


「漏洩先は?」


「回答なし」


「捜査担当は?」


「回答なし」


「拘束後どこへ移送するか」


「回答なし」


レオンは鼻で笑った。


「粗雑もいいとこだな」


「俺もそう思う」


将校が言った。


レオンが顔を上げる。


「ただ」


将校は続ける。


「命令は命令だ」


「……」


「俺はお前たちを拘束しなければならない」


部屋が静かになる。


レオンはガレスを見る。


ガレスは何も言わない。


ミリアも。


決めろということだ。


「一ついいですか」


レオン。


「何だ」


「大佐とは直接話せます?」


*


通信室。


大型の通信魔導器。


技師が魔石を調整する。


雑音。


光。


「第三砦、応答願います」


途切れる声。


やがて。


『――こちら、第三砦』


「接続成功」


将校が通信具を取る。


「ヴァルナー大佐を」


数分。


『……誰だ』


聞き慣れた声。


レオンが横から奪った。


「俺です!」


『アルヴェイン?』


「はい!」


『なぜお前が出る!』


「借りました!」


「奪っただろ!」


将校。


『何をやっている!』


「今拘束されてます!」


『知っている!』


「知ってるの!?」


『方面軍司令部から俺にも命令が来たんだ!』


レオンは黙る。


「大佐」


『何だ』


「俺たち、戻った方がいいですか」


通信の向こうが静かになった。


『軍人として答えるなら』


「はい」


『戻れ』


ガレスが目を細める。


『上級司令部から正式命令が出ている』


「……はい」


『だが』


雑音。


『俺個人としては、お前が持っているものを王都へ届けてほしい』


将校が顔を上げる。


レオンも。


「それ、命令ですか?」


『違う』


「じゃあ何です」


『頼みだ』


その言葉。


レオンはしばらく何も言えなかった。


命令ではない。


命令なら。


従うか、破るか。


それだけだった。


頼み。


「ずるいな」


『何か言ったか』


「何でもないです」


『それとアルヴェイン』


「はい」


『一つ訂正する』


「何を」


『俺が王都へ送った報告書。あれはまだ軍務省に届いていない』


レオンの眉が動く。


「そりゃ俺たちが持ってるから」


『違う』


大佐の声。


『別便でも送った』


「……え?」


『お前たちが出発するより先に、鳥便で要約を送ってある』


「届いてない?」


『王都側に受領記録がない』


部屋から音が消えた。


「落ちたとか」


『あり得る』


「魔獣に襲われた」


『あり得る』


「事故」


『あり得る』


一つ一つ。


可能性。


合理的な説明。


いくらでもある。


『だがな』


大佐が言った。


『俺は同じ内容を三羽に持たせた』


レオンは黙った。


三羽。


全部。


届いていない。


「……大佐」


『何だ』


「俺、王都へ行きます」


将校が振り向く。


「レオン」


ミリア。


レオンは通信具を握る。


「これは命令違反ですか」


『そうなる』


「捕まります?」


『間違いなく』


「今度は僕だけじゃなくて、四人揃って追放か」


『そうなる』


「笑えないなあ」


『全くだ』


「大佐はこのあとどうするんですか?」


少し間。


『こちらはこちらで調べる』


「危なくないですか」


『十七歳に心配されるほど落ちぶれてはいない』


「十七歳の力を舐めすぎですよ」


『お前が特殊なんだ』


通信が切れた。


*


応接室。


誰もすぐには話さなかった。


最初に口を開いたのは将校だった。


「聞いたな」


「はい」


「それでも俺は、お前を拘束しなければならない」


「はい」


レオンは答えた。


「なので」


杖を机に置く。


将校の身体が僅かに強張る。


「何の真似だ」


「武器を預けます」


「……何?」


「拘束されます」


カイが驚く。


「先生?」


ガレスは黙っている。


ミリアも。


「ただし」


レオンが言った。


「明日の朝まで」


「どういう意味だ」


「俺たちをここで拘束してください」


「その後は」


「王都に行きます」


「許可できると思うか?」


「思ってません」


「じゃあ」


「あなたに命令違反はさせたくない」


将校が黙る。


「俺たちが勝手に逃げます」


「……お前」


「追ってください」


「ふざけるな」


「本気です」


レオンは将校を見る。


「あなたは命令通り俺たちを拘束した。俺たちは拘束された後、勝手に逃亡した」


「俺の監督責任になる!」


「あ」


「『あ』じゃない!」


ガレスが腹を抱えて笑い出した。


「何笑ってるんです!」


「いや、こいつなりに考えたんだなと思って」


「考えましたよ!」


「足りてねえけど」


「じゃあどうするんです!」


ガレスが立つ。


「もっと単純でいい」


「?」


「俺は軍人じゃねえ」


自分を指す。


「ミリアも違う」


ミリア。


「はい」


「レオン、お前も今は軍籍ないだろ」


「召集されてるけど」


「正式な軍人として復帰したわけじゃない」


「たぶん」


「カイ」


「軍人です!」


「お前だけだな」


「えっ」


カイの顔が青くなる。


「俺だけ!?」


「だから」


ガレスが将校を見る。


「こいつだけ置いてく」


「嫌ですよ!」


即答。


「俺も行きます!」


「軍命違反だぞ」


将校。


「でも!」


カイがレオンを見る。


「俺が必要なんですよね?」


レオンは止まる。


「魔導器の現役運用者として」


「……まあ、俺たちだけだと信用がな」


「じゃあ行きます」


「いや、別に代わりは」


「先生!」


「はい」


カイは息を吸う。


「俺だって、自分で決めます」


レオンは黙った。


ガレスが少し笑う。


ミリアも。


「……分かった」


レオンが言う。


「来て」


「はい!」


「死なないでね」


「急に怖い!」


*


その夜。


将校は結論を出した。


四人を正式に拘束。


翌朝。


方面軍司令部からの移送部隊へ引き渡す。


規則通り。


「悪く思うな」


部屋の外。


鍵。


「思いません」


レオンは答えた。


足音が遠ざかる。


四人。


沈黙。


カイが訊いた。


「どうするんです?」


レオンは窓を見る。


鉄格子。


扉。


外には兵士。


「逃げるんですよね」


「うん」


「どうやって?」


「普通に、扉を壊して」


「普通じゃないですよ!」


「壁でもいいけど」


「そういう問題じゃありません!」


ガレスが寝台へ横になる。


「十一歳の時から変わってねえな」


「だから十一歳の俺と一緒にするな!」


「当時魔族に捕まった時も『扉をぶち壊して外に出る』って言ってまた捕まっただろ」


「最終的になんとかなったでしょう!」


「俺たちがなんとかしたんだよ」


レオンが言い返そうとして。


止まる。


俺たち。


国選第三勇者パーティ。


「……そうだったっけ」


「そうだよ」


ガレスは目を閉じた。


「仲間ってのは、ありがたいもんだぞ」


問題は、外に出たあとだった。


レオンは鉄格子の向こうを見る。


王都。


そこに答えがある。


そう思いたかった。


同じ頃。


街道を北へ、軍務局へ向かって走る騎馬隊があった。


王国旗。


白銀の鎧。


その先頭を走る男の胸には。


王国が認めた勇者だけに許される紋章。


そして旗には。


金糸で文字が縫われていた。


――国選第三勇者パーティ。

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