選択
王都へ向かう街道は、混んでいた。
兵士。
荷馬車。
商人。
そして、逆方向へ向かう人々。
「避難民?」
カイが窓から顔を出す。
「北から来たんでしょうね」
ミリアが答えた。
荷物を背負った老人。
子供を抱く母親。
家財を積んだ荷車。
その横を、王国軍の補給隊が北へ進んでいく。
「戦争って感じですね」
カイが言った。
「始まったからな」
ガレス。
「正式には昨日から?」
「その前から人は死んでますよ」
レオンが言う。
「そういう意味じゃなくて」
「分かってます」
カイが少し黙る。
「先生って、ずっとそんな感じなんですか」
「どんな」
「人が普通に喋ってると、細かいところを訂正する」
「間違ってるから」
「嫌われません?」
「……」
ガレスが吹き出す。
「おい」
「何です」
「そこで黙るな」
「考えてただけです」
「答えは出た?」
ミリア。
「出てない」
「またわからない?」
馬車の中に笑いが起きた。
レオンは窓の外を向いた。
*
昼。
小さな宿場で休憩。
食事。
馬。
情報収集。
酒場の壁には、昨日出されたばかりの布告が貼られていた。
『魔族軍、国境侵犯』
『国王陛下、第一次戦時体制を宣言』
その下。
『志願兵募集』
『軍用物資供出』
『魔術師資格保有者は最寄りの軍務局へ』
レオンの目が止まる。
「増員するみたいですね」
ミリア。
「そりゃ戦争ですから」
「魔術師も」
「……はい」
少し離れたところ。
男たちが話している。
「やっぱ魔術師は強えらしいぞ」
「第三砦も取り返したんだろ?」
「だったら最初から使っときゃよかったんだ」
「最近は魔導器ばっかだったからな」
別の男。
「でも魔術師って金食うだろ」
「戦争なら仕方ねえよ」
レオンは布告を見る。
必要になった。
また。
ダグの顔が浮かぶ。
――まだ使えた。
「先生」
カイ。
「何」
「行きましょう」
「どこに」
「飯」
「いらない」
「ミリアさん」
「レオン」
「はい、食べます」
「ミリア嬢がいるとラクだな」
ガレスが笑った。
*
午後。
街道。
馬車が止まった。
「何?」
カイが窓を見る。
前方。
騎兵。
五人。
王国軍。
こちらへ向かってくる。
先頭の騎兵が叫んだ。
「第三臨時混成軍団所属、王都派遣班か!」
御者が答える。
「そうです!」
騎兵が近づく。
「停止せよ!」
ガレスの顔が変わった。
レオンも。
「何かあった?」
ミリア。
「分からない」
馬車が止まる。
軍人が降りる。
若い将校。
二十代後半。
「レオン・アルヴェイン」
「はい」
「ガレス・ヴァルガ」
「いる」
「ミリア・エーベル」
「はい」
「カイ・ベルナー」
「はい!」
将校が四人を見る。
「全員いるな」
レオンが訊く。
「何です?」
将校は答えない。
紙を出す。
封。
軍印。
「北方方面軍司令部命令」
ガレスの目が細くなる。
「内容は」
将校が紙を開く。
一瞬。
躊躇した。
「第三砦で発生した軍事機密漏洩の疑いにより」
読む。
「以上四名を拘束。第三砦へ送還する」
沈黙。
カイが最初に言った。
「……え?」
レオンは将校を見る。
「理由は」
「今読んだ」
「具体的な容疑」
「知らん」
「証拠」
「知らん」
「命令発令者」
「北方方面軍司令官」
「いつ」
「今朝だ」
早い。
レオンは考える。
第三砦を出たのも今朝。
ほぼ同時。
「大佐は?」
ガレスが訊く。
「ヴァルナー大佐の指揮下を離れ、方面軍司令部預かりとする」
「本人からの命令は」
「ない」
ガレスとレオンが目を合わせる。
将校が言う。
「武器を預けてもらう」
「嫌です」
レオンが即答した。
「先生!」
カイ。
将校の後ろ。
兵士たちの手が剣へ。
ガレスが低く言う。
「レオン」
「だっておかしいでしょう」
「分かってる」
「なら」
「落ち着け」
「落ち着いてます」
「お前がそれ言う時は、大体落ち着いてねえだろうが」
将校がレオンを見る。
「抵抗するのか」
「質問してるだけです」
「命令だ」
「命令なら何でも従うんですか」
「軍人ならな」
「じゃあカルナを焼いた兵士も正しいと?」
将校の顔が動いた。
「何?」
レオンは気づく。
知らない。
「……第三砦の件、どこまで聞いてます?」
「軍事機密漏洩の疑い。それだけだ」
「カルナは?」
「何の話だ」
本当に知らない。
レオンは口を閉じる。
将校が苛立つ。
「説明しろ」
「説明したら俺が機密漏洩したことになるんじゃないですか」
「お前な」
「だから困ってるんですよ!」
ガレスが間に入った。
「隊長さん」
「何だ」
「俺たちはヴァルナー大佐の命令で、第三砦の調査結果を王都へ届ける途中だ」
「聞いていない」
「だろうな」
「書面は」
レオンが鞄を押さえる。
「あります」
「見せろ」
「嫌です」
「レオン!」
今度はミリア。
「だって!」
「ちょっと黙って」
「はい」
レオンは黙った。
将校が頭を抱える。
「本当に元勇者か?」
「そうらしいです」
困ったようにカイが答えた。
*
結局、街道脇にて、王国軍五人とレオンたち四人に御者も交えて十人で話し合うことになった。
「俺は命令に従う」
将校が言う。
「だが、事情を知らずにお前たちを犯罪者扱いするつもりもない」
「じゃあ通してください」
「それは命令違反だ」
「頭が固いですね」
「お前に言われたくない!」
ガレスが訊く。
「第三砦へ戻ったら?」
「方面軍司令部から人員が来る。それまで拘束」
「いつ来る」
「二日以内」
「その後は?」
「知らん」
レオンは地図を見る。
第三砦。
方面軍司令部。
王都。
「王都へ行かせたくない」
「何?」
将校。
「この命令」
レオンが言う。
「俺たちを捕まえるのが目的じゃない」
「どういう意味だ」
「王都へ情報が届くのを止めたい」
将校の表情が硬くなる。
「根拠は」
「第三砦で見つけた命令書」
「レオン」
ガレスが止める。
「もういいでしょう」
レオンは続ける。
「方面軍司令部名義で、第三砦に越境許可が出てた」
将校が黙る。
「その結果、魔族領の集落が焼かれた可能性がある」
「……」
「その命令書に異常な魔力痕があった」
「何の」
「それを調べるために王都へ行くんです」
将校がしばらくレオンを見る。
「証拠は」
レオンは鞄から報告書を出す。
渡さない。
見せるだけ。
ヴァルナー大佐の署名。
軍印。
将校が読む。
顔が変わる。
「本物か」
「大佐に聞いてください」
「通信する」
「第三砦の通信魔導器、例の経路が切断されてます」
「例の?」
「そこから説明すると長い」
「……」
将校が深く息を吐いた。
「最悪だ」
「俺もそう思います」
「お前のことだよ」
「なんで!」
*
将校は部下と離れた。
相談。
レオンたちも。
「どうする」
ガレス。
「突破?」
レオン。
「却下」
ミリア。
「じゃあ拘束?」
カイ。
「それも嫌」
「先生わがままですね」
「捕まるのが好きなヤツがいるか?」
「大佐を信じるなら戻る手もある」
ガレス。
レオンは考える。
ヴァルナー大佐。
信用できる。
少なくとも今は。
だが。
大佐より上から命令が来た。
「戻ったら」
レオンが言う。
「大佐まで拘束されてるかもしれない」
「あり得るな」
「王都へ行く」
「どうやって」
「逃げる」
ミリアが即答した。
「駄目」
「何で」
「あなた、追放された時と同じことしようとしてる」
レオンが止まる。
「命令がおかしい」
「うん」
「俺が正しい」
「まだ分からない」
「……」
「だから」
ミリアが言う。
「一人で全部決めない」
レオンは黙る。
痛い。
非常に。
「じゃあどうするんです」
「考える」
「俺も考えてます」
「みんなで」
「……」
ガレスが笑った。
「苦手そうだな」
「うるさい」
*
将校が戻ってきた。
「決めた」
全員が見る。
「俺は命令に従う」
レオンの手が杖へ。
「ただし」
止まる。
「第三砦には戻らん」
「……はい?」
「最寄りの軍務局へ向かう」
「命令違反では?」
「拘束しろとは書いてある。拘束場所までの経路は指定されていない」
ガレスが笑う。
「屁理屈だな」
「お前らに言われたくない」
「それで?」
「軍務局から王都と第三砦、両方へ通信する。ヴァルナー大佐本人に確認を取る」
「方面軍司令部は?」
「当然確認する」
「もし命令が本物だったら」
将校はレオンを見る。
「その時は拘束する」
「俺が逃げたら?」
「追う」
「勝てます?」
「……」
将校がレオンを見る。
十七歳。
元国選第三勇者パーティ。
昨日の戦闘報告。
「そういう問題じゃない!」
「ですよね」
「腹立つな、お前!」
*
一行は街道を外れた。
最寄りの軍務局。
半日。
馬車の中。
カイが言った。
「先生」
「何」
「よかったですね」
「何が」
「話し合いで解決しました」
レオンは窓を見る。
「まだです」
「でも逃げなかった」
「ミリアがうるさいから」
「人のせいにしない」
正面から返ってくる。
ガレスが笑う。
「成長だな」
「それ今日何回目?」
「今度は本当」
「馬鹿にしてるでしょう」
「ちょっとだけな」
馬車が進む。
夕暮れ。
遠くに町。
軍務局の無愛想な建物が見えてきた。




