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第6話 戦争

「王国万歳!」


声が砦に響いていた。


「魔族を追い返せ!」


「第三砦を取り戻したぞ!」


誰かが酒を持ち出した。


誰かが笑った。


抱き合う兵士もいた。


無理もない。


昨日まで、第三砦陥落の報せに怯えていたのだ。


今日。


砦を奪還した。


さらに王命が届いた。


王国は戦う。


自分たちは見捨てられていない。


安心する理由はいくらでもある。


レオンは輪から離れ、壁にもたれていた。


「混ざらないの?」


ミリアが来た。


「何に」


「みんな」


「酒飲めない」


「そういう話じゃない」


「十七歳なので」


「そういう時だけ年齢を出すの便利ね、いつもは教会でも酒飲んでるくせに」


ミリアが隣に立つ。


中庭ではカイが捕まっていた。


年上の兵士に肩を組まれ、何か飲まされそうになっている。


「未成年!」


カイが叫ぶ。


「一口くらい!」


「嫌です!」


「レオン先生も呼べ!」


「もっと嫌がります!」


「聞こえてるぞ!」


レオンが怒鳴る。


笑いが起きた。


ミリアも笑う。


「ちょっと人気出てる」


「不本意です」


「昨日あれだけ暴れたから」


「普通です」


「普通の治癒術師は魔族を殴って飛ばさないよ」


「治癒術師じゃなくて魔術師です」


「今は教会の治癒術師」


「資格はいっぱい持ってます」


「はいはい、天才天才。すごいですね〜」


レオンが横を見る。


「馬鹿にしてる?」


「褒めてる」


「馬鹿にしてますね」


ミリアの笑みが少し消えた。


「何かあった?」


また。


この人は。


「何も」


「嘘」


「即答やめて」


「昨日も同じこと言ってた」


レオンは中庭を見る。


言うべきか。


命令書。


魔力痕。


魔導器。


魔族の腕輪。


「……まだ分からない」


「そっか」


それだけ。


「聞かないんですか?」


「言えるようになったら言うでしょ」


レオンは少し黙った。


「たぶん」


「そこは『うん』でいいの」


*


祝勝気分は、一時間で終わった。


「特殊魔術中隊、集合!」


命令。


中庭。


兵士たちが並ぶ。


ヴァルナー大佐が前へ。


「先ほどの王命を受け、本軍も戦時編制へ移行する」


静かになる。


「第三砦を前線拠点とし、明日以降、北方地域の偵察および防衛線構築を開始する」


地図が掲げられる。


「魔族軍の所在は依然不明。敵主力が北方に存在する可能性がある」


レオンは腕を組む。


「特殊魔術中隊は――」


ガレスが横で指を一本立てた。


レオンが睨む。


「まだ何も言ってませんよ」


「準備」


大佐が続ける。


「第三砦に残留」


ガレスの指が止まった。


「……あれ?」


「何だ」


「いや」


レオンが少し笑う。


大佐がこちらを見る。


「何がおかしい、アルヴェイン」


「何でもありません」


「お前には別命令だ」


「ほら」


ガレス。


「何で嬉しそうなんです?」


「期待を裏切らんな」


「レオン・アルヴェイン」


「はい」


「ガレス・ヴァルガ」


「俺も?」


「ミリア・エーベル」


ミリアが顔を上げる。


「カイ・ベルナー」


「はい!」


四人。


「以上四名は、明朝、本隊を離れる」


レオンの眉が動く。


「どこへ」


大佐が言った。


「王都だ」


*


「何で?」


司令室。


レオンは地図の前に立っていた。


「帰りたいと言っていただろう」


大佐。


「言いましたけど」


「なら喜べ」


「怖いんですよ」


「何が」


「話が良すぎる」


「面倒な奴だな!」


大佐が机を叩く。


ガレスが笑う。


「すみません。こいつ疑うことを覚えたばっかりで」


「子供みたいに言うな!」


「十七だろ」


「十七は子供じゃない!」


ミリアが後ろで首を傾げた。


「子供じゃない?」


「少なくとも六歳児じゃない!」


「比較対象そこなの?」


大佐が額を押さえる。


「説明していいか」


「お願いします」


「第三砦で確認された事実を王都へ報告する」


机。


命令書。


封蝋。


例の一枚。


「これも含めてだ」


レオンの顔からふざけた色が消える。


「方面軍司令部には?」


「報告する」


「先に王都へ送らなくていいんですか」


「両方へ送る」


「でも、この命令書を出したのは方面軍司令部ですよ」


「だからだ」


大佐が言った。


「本物なら、向こうには説明してもらう必要がある」


「偽物なら?」


「もっと説明してもらう必要がある」


レオンは大佐を見る。


「あなたも疑ってる?」


「疑う材料がある」


同じ言葉。


ガレスが言った言葉。


「ただし」


大佐は続ける。


「俺は軍を動かせん」


「大佐なのに?」


「大佐だからだ」


「?」


「証拠もなく上官を反逆者扱いして部隊を動かせば、反逆者になるのは俺だ」


レオンは黙った。


「だから証拠を送る。調べる権限を持つ人間に」


「王都の誰に」


「軍務省と王立魔導技術局」


技術局。


レオンの眉が動く。


「俺を行かせる理由は?」


「この魔力痕を発見したのがお前だからだ」


「それだけ?」


「それだけで十分だ」


「俺、技術局に嫌われてますよ」


「知ってる」


「入館禁止に近い扱いですよ」


「知ってる」


「喧嘩になりますよ」


「知ってる」


「じゃあ何で」


大佐が笑った。


初めて。


「だからガレスをつける」


「こいつは止められませんよ」


ガレスが言った。


「努力しろ」


「ボーナス金が欲しいな」


「軍務だ」


「俺は今無職なんだが」


「召集中だ」


「世知辛い世の中だな」


「ミリアは治療担当。カイは魔導器の現役運用者として同行」


カイが胸を張る。


「任せてください!」


レオンが見る。


「何を?」


「現役運用者!」


「半年でしょう」


「半年もです!」


「俺、六歳から魔術の仕事してるけど」


「比較対象がおかしい!」


大佐が机を叩く。


「うるさい! 全員早く出ていけ!」


*


夕方。


レオンは砦の屋上にいた。


北。


山。


その向こう。


魔族領。


「帰るのか」


ダグだった。


「王都に」


「聞いた」


「あんたは?」


「残る」


「……前線?」


「そうなるだろ」


レオンは少し黙る。


「嫌なんですか?」


「何が」


「戦うの」


ダグが鼻で笑った。


「嫌に決まってんだろ」


「ですよね」


「でも金が出る」


「……」


「仕事もなかった」


ダグは自分の手を見る。


「久しぶりだ」


「何が」


「魔術師として金になる仕事すんのは」


レオンは何も言えない。


「皮肉だよな」


ダグが笑う。


「魔導器のせいで仕事なくして、戦争始まったらまた必要ですってよ」


「……必要」


「何だ」


「いや」


レオンは北を見る。


ダグが言う。


「俺はお前みたいな天才じゃねえ」


「知ってます」


「そこは否定しろよ」


「嘘になる」


「本当に可愛くねえな!」


肩を殴られる。


「痛い!」


「でもな」


ダグの声が少し落ちる。


「昨日は楽しかった」


レオンが見る。


「戦争が?」


「違う」


ダグは首を振る。


「俺の魔術で、後ろの奴が助かった」


「……」


「まだ使えた」


その顔。


嬉しそうだった。


だから。


レオンには何も言えなかった。


「じゃあな、元勇者様」


「また戻ってきますよ」


「そうか」


「死なないでください」


「お前もな」


ダグは去った。


レオンだけが残る。


必要とされる。


それは。


嬉しい。


分かっている。


誰よりも。


*


翌朝。


馬車。


四人。


「狭い」


レオン。


「お前の荷物が多いんだ」


ガレス。


「研究道具です」


「半分置いてけ」


「嫌です」


「この箱何?」


カイが触る。


「触るな!」


「うわ!」


「爆発します」


「え!?」


「嘘」


「先生!」


ミリアが笑う。


馬車が動く。


第三砦が遠ざかる。


王都まで数日。


レオンは鞄の中を確認した。


命令書の写し。


黒い金属片。


壊れた魔導器から外した部品。


そして。


大佐から預かった正式な報告書。


「先生」


カイ。


「何」


「王都ってどんなところです?」


「人が多い」


「それだけ?」


「建物も多い」


「行ったことある人の感想じゃない!」


「住んでましたから」


「どこに?」


「学院の寮。そのあと宮廷近く」


「宮廷!?」


「うるさい」


「先生って本当に偉かったんですね」


「今さら?」


カイが窓の外を見る。


「楽しみだなあ」


レオンも見る。


道。


王都。


何年も暮らした場所。


六歳で連れてこられた。


魔術を学んだ。


仕事をした。


国選第三勇者パーティに選ばれた。


褒められた。


使われた。


そして。


追い出された。


「俺は」


レオンが呟く。


「全然楽しみじゃない」


馬車は南へ進んだ。


その頃。


彼らの背後。


第三砦の通信室に。


一通の命令が届いていた。


宛先。


ヴァルナー大佐。


発信元。


北方方面軍司令部。


内容。


――第三砦における越境作戦に関する証言、および関連資料を機密指定。


――当該情報の王都への伝達を禁ずる。


そして。


――レオン・アルヴェイン以下四名を、直ちに拘束せよ。

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