生存者
本隊が第三砦へ到着したのは、昼過ぎだった。
先頭を進む王国旗を見ながら、レオンは腕を組んでいた。
「そんな顔するな」
隣でガレスが言う。
「どんな顔です」
「敵を見る顔」
「味方ですよ」
「そう思ってる奴の顔じゃねえって言ってんだ」
レオンは答えなかった。
門が開く。
兵士たちが次々と砦へ入ってくる。
ヴァルナー大佐は馬から降りるなり、中隊長から報告を受けた。
敵影なし。
人間兵の遺体多数。
生存者一名。
そして。
「砦守備隊が先に越境した?」
大佐が訊き返した。
「はい」
「本人がそう言ったのか」
「俺が聞きました」
レオンが答える。
大佐の目が向く。
「容体は」
「安定してます。ただ、長時間の尋問は無理です」
「話せるか」
「少しなら」
「案内しろ」
*
生存者は旧医務室に寝かされていた。
大佐。
副官。
レオン。
ガレス。
ミリア。
それだけ。
「カルナという集落で間違いないか」
大佐が訊く。
兵士が頷く。
「はい」
「命令は誰から」
「砦司令官です」
「その命令を、司令官は誰から受けた」
「分かりません」
「命令書は見たか」
「いえ……ただ」
兵士が眉を寄せる。
「何だ」
「変だったんです」
「何が」
「司令官が」
全員が黙る。
「命令が届いた日の夜、揉めてました」
「誰と」
「副官です。俺は廊下にいただけで……全部は」
「覚えていることだけでいい」
兵士は目を閉じる。
「『こんな命令はあり得ない』って」
レオンとガレスが目を合わせる。
「司令官が?」
「はい。副官が、『王都の正式な命令です』って」
「それで?」
「次の日、偵察隊が出ました」
「偵察?」
「そう聞いてました」
兵士の声が小さくなる。
「でも帰ってきた奴が、集落を焼いたって」
「なぜ」
「分かりません」
沈黙。
「その後?」
「魔族が来ました」
「第三砦を攻撃した?」
「はい」
「軍旗は」
兵士が考える。
「……黒かった」
レオンが反応する。
「紋章は?」
「そこまでは」
「古い意匠じゃなかった?」
「レオン」
大佐が止める。
「誘導するな」
「でも」
「証言を取っている」
正しい。
レオンは黙った。
大佐が続ける。
「砦が落ちた時、何があった」
「戦って……途中で通信が切れました」
「魔導器を破壊された?」
「分かりません。突然です」
「その後は」
「司令官が死んで……俺は地下へ」
兵士の呼吸が荒くなる。
ミリアが前へ出た。
「ここまでです」
大佐は少しだけ考えた。
「分かった。休ませろ」
「はい」
「それと」
大佐が兵士を見る。
「よく生き残った」
兵士が目を開く。
大佐はそれ以上何も言わず、部屋を出た。
*
「どうします?」
廊下でレオンが訊いた。
「どうするとは」
「握り潰します?」
大佐が止まる。
ガレスが額を押さえた。
「お前、もう少し言い方ってものを」
「大事でしょう」
「レオン・アルヴェイン」
大佐が振り返る。
「お前は俺を何だと思っている」
「まだ決めてません」
「……」
「痛っ」
ガレスに頭を叩かれた。
「何するんです!」
「今のは俺でも腹が立つ」
大佐が息を吐く。
「報告する」
レオンが黙る。
「砦守備隊による越境攻撃の可能性。命令系統の異常。すべて上へ送る」
「本当に?」
「何を驚いている」
「いや」
「俺は王国軍人だ」
大佐の声が低くなる。
「だからこそ、王国軍が勝手に戦争を始めた可能性は看過できん」
レオンは大佐を見る。
疑っていた。
この男も。
召集。
配置。
危険任務。
全部に関わっている。
でも。
「……すみません」
「何が」
「疑いました」
「今もだろ」
「ちょっと」
「正直で結構だな」
大佐が歩き出す。
「ただし、まだ可能性だ。証言一つで決めるな」
「分かってます」
「それから」
大佐が振り返る。
「お前が何か隠していることも分かっている」
レオンの表情が止まる。
「何の話です?」
「その顔だ」
「顔?」
「分かりやすいぞ、お前」
後ろでガレスが吹き出す。
「笑うな!」
*
指揮所。
机の上に、砦から回収された書類が積まれた。
命令書。
補給記録。
兵員名簿。
通信記録。
レオンは椅子に座って、一枚ずつめくっていた。
「何でお前がいる」
副官が訊く。
「大佐の許可を取りました」
「いつ」
「さっき」
「俺は聞いてない」
「大佐には聞きました」
「そういう意味じゃない」
「邪魔なら静かにします」
「すでに邪魔だ」
紙。
紙。
紙。
つまらない。
「何かないのか」
補給。
食料。
魔石。
武器。
「先生」
カイが扉から顔を出す。
「何」
「飯です」
「置いといて」
「三時間前も言いました」
「じゃあそこにあるでしょう」
机の端。
冷えたスープ。
固いパン。
カイが呆れる。
「食べないと死にますよ」
「死なない」
「十七歳が言う台詞じゃないですよ」
「年齢関係ある?」
「育ち盛りでしょう」
「うるさい」
「ミリアさん呼びます?」
レオンがパンを取った。
「卑怯者」
「ありがとうございます」
カイが去る。
副官が笑いを堪えている。
「何です」
「いや」
「言ってください」
「お前、本当に国選第三勇者パーティにいたのか」
「いましたよ」
「もっとこう……」
「何ですか」
「威厳があるものかと」
「あります」
「そうか」
「書類を読むので静かにしていただけますか」
書類へ戻る。
そして。
手が止まった。
「……あった」
「何が」
一枚。
第三砦への命令書。
国境北東部の敵性活動を調査。
必要に応じて越境。
敵性拠点を発見した場合、排除。
「これ」
副官が覗く。
「正式な命令書だな」
王国軍の印。
発令番号。
署名。
「誰の?」
「北方方面軍司令部」
「王都じゃない」
「方面軍司令部も王国軍だ」
「生存者は『王都の正式命令』って聞いたと言ってた」
「伝聞だろう」
確かに。
レオンは命令書を見る。
何か。
引っかかる。
「この紙、いつ届いたんです?」
「日付は六日前」
「そうじゃなくて」
紙を持ち上げる。
「これ、原本?」
副官が見る。
「そうだろう」
「通信魔導器で命令を受けて、現地で出力したものじゃなく?」
「封蝋されている。伝令だ」
「六日前」
「それが?」
レオンは地図を見る。
北方方面軍司令部。
第三砦。
距離。
「早すぎない?」
副官の顔が変わる。
「……早馬なら」
「何日?」
「通常三日」
「発令日から到着まで記録上は一日」
沈黙。
「中継地を使えば」
「可能?」
「……かなり急げば」
まただ。
可能。
説明はつく。
でも。
レオンは封蝋を見る。
王国軍章。
綺麗。
「これ、借ります」
「駄目だ」
「見るだけ」
「今見てる」
「別の場所で」
「もっと駄目だ」
「ケチ」
「軍の機密文書だぞ!」
「俺も元軍関係者です」
「元だろうが!」
レオンは命令書を置いた。
その瞬間。
指先に何かついた。
黒。
「……何これ」
封蝋の縁。
ごく薄い。
黒い粉。
煤ではない。
魔力。
微弱。
レオンが指を近づける。
「触るなよ」
「触っちゃいました」
「お前!」
「ちょっと静かに!」
集中。
残留魔力。
細い。
見覚えがある。
魔導器。
魔族兵の腕輪。
あの黒い金属片。
全部にあった。
外へ伸びるような。
あの感覚。
「副官」
「何だ」
「この命令書」
レオンは封蝋を見る。
「誰にも触らせないでください」
「なぜ」
「まだ分からない」
「またか」
「でも」
レオンは立つ。
「たぶん、かなり大事です」
*
夕方。
ガレスに話すと、最初に返ってきたのはため息だった。
「また繋がったのか」
「まだ繋がってません」
「魔導器」
「はい」
「魔族の腕輪」
「はい」
「砦の試作部品」
「はい」
「今度は命令書」
「はい」
「十分繋がってるだろ」
「同じ魔力痕があるだけです」
「それを繋がってるって言うんじゃねえの?」
「原因が同じとは限らない」
ガレスが頭を掻く。
「面倒くせえな、研究者」
「大事なんです」
「で、どうする」
レオンは答えなかった。
命令書。
正式な軍印。
なのに異常な魔力。
もし。
命令そのものに何か仕掛けられているなら。
「王都に戻りたい」
「は?」
「調べたいものがあります」
「何を」
レオンは少し迷った。
「昔の魔導器開発記録」
「お前が追放された原因の?」
「……はい」
ガレスの顔から笑みが消える。
「残ってるのか」
「たぶん」
「どこに」
「王立魔導技術局」
「入れる?」
「普通には無理」
「じゃあどうする」
レオンは考える。
数秒。
「忍び込む?」
ガレスが頭を叩いた。
「痛い!」
「成長してねえ!」
その時。
砦の鐘が鳴った。
一度。
二度。
三度。
敵襲ではない。
伝令。
王都からの緊急通信。
兵士が走る。
「全将校、指揮所へ!」
レオンとガレスが顔を見合わせる。
「何だ」
ほどなく。
別の兵士が叫んだ。
「王命だ!」
砦中の視線が集まる。
「魔族による国境侵犯を受け――」
読み上げる。
「王国全軍に、第一次戦時体制への移行が命じられた!」
歓声。
兵士たちが武器を掲げる。
誰かが叫ぶ。
「魔族を押し返せ!」
別の誰か。
「王国万歳!」
声が広がる。
レオンだけが。
動かなかった。
魔族による国境侵犯。
その言葉を、そのまま信じることなどもうできなかった。




