夜
馬を止めたのは、日が傾き始めてからだった。
街道を外れ、林の奥へ入る。
四頭とも息が荒い。
カイは馬から降りるというより、落ちた。
「っ……」
地面に膝をつく。
「大丈夫?」
ミリアが駆け寄る。
「足が……」
「怪我?」
「震えてます」
「それは知らない」
レオンも降りる。
肩が痛んだ。
服をめくる。
矢傷。
塞いだはずの傷が、少し開いている。
「見せて」
ミリアが来る。
「自分でできます」
「魔力残ってる?」
「……あります」
「嘘」
腕を掴まれる。
抵抗する気力もなく、座った。
ミリアの手が傷へ触れる。
淡い光。
「深くない」
「だから言ったでしょう」
「でも雑に塞いでる」
「戦闘中だったから」
「じっとして」
レオンは黙った。
少し離れた場所。
ガレスが馬を木へ繋いでいる。
「追手は?」
レオンが訊く。
「今んところナシ」
「来ると思います?」
「来るだろ」
「ですよね」
「相手は勇者だからな。諦めが悪い」
知っている。
追跡。
索敵。
野営。
全部一緒にやった。
「街道は使えないな」
ガレスが地図を広げる。
「南へ行けば王都。でも検問張られたら終わりだ」
「森を抜ける?」
カイ。
「遅い」
「でも見つかりにくいですよ」
「魔力探知されれば同じだ」
レオンは地図を見る。
王都まで。
まだ遠い。
「馬も返さないと」
カイが言った。
三人が見る。
「何です?」
「今それ?」
レオン。
「借りたんですよね?」
「……そうですね」
「盗んだんじゃないですよね?」
沈黙。
「先生」
「王都着いたら返します」
「どうやって?」
「お金も払います」
「犯罪者が律儀だな」
ガレスが言った。
「犯罪者じゃない」
レオンは即答した。
誰も何も言わない。
軍命令への抵抗。
拘束からの逃亡。
軍用馬の持ち出し。
形式だけなら、即重罰には十分だった。
「……まだ」
レオンが言う。
「犯罪者じゃない」
今度は少し小さかった。
*
日没。
火は使わなかった。
街道から離れた森。
パン。
干し肉。
水。
軍務局から持ってきた食料ではない。
馬車に積んでいた自分たちの荷物を、逃げる直前にガレスが回収していた。
「よく持ってこれましたね」
「お前らが暴れてる間にな」
レオンは鞄を開く。
資料。
ある。
命令書の写し。
黒い金属片。
魔導器の部品。
ヴァルナー大佐の報告書。
全部。
「それ、本当に王都まで持ってくの?」
ミリア。
「そのために逃げたんです」
「誰に見せる?」
レオンの手が止まる。
「……考えてます」
軍務省。
王立魔導技術局。
宮廷。
昔なら。
王に直接会えた。
十一歳で勇者になってから、何度も謁見した。
戦果報告。
作戦。
褒賞。
叱責。
王はいつもレオンの話を聞いた。
少なくとも。
そう思っていた。
「王様は?」
カイが言った。
レオンが顔を上げる。
「会えるなら」
「知り合いなんですよね?」
「一応」
「王様と知り合いって何なんですか」
「昔の仕事」
それ以上は言わなかった。
会えるのか。
そもそも。
会っていいのか。
「技術局を先に調べたい」
レオンは黒い金属片を指で転がす。
「これが本当に、俺がいた頃の試作品と繋がってるなら記録がある」
「消されてたら?」
ガレス。
「消した記録が残ることもあります」
「どういう意味?」
カイ。
「書類を一枚抜けば、その前後がおかしくなる。予算だけ残る。部品の発注が残る。担当者が急に変わる。全部綺麗に消すのは難しい」
「なるほど」
「それに」
レオンは金属片を見る。
「俺が覚えてる」
試作品。
見た。
触った。
疑問を持った。
聞いた。
答えはなかった。
調べた。
止められた。
それでも調べた。
そして追い出された。
あの時、何を見落とした?
*
夜。
眠れない。
レオンは一人、木にもたれていた。
みんなとは少し離れて。
ガレスが起きている。
「寝ないんですか?」
「見張り」
「交代しますよ」
「あとでな」
沈黙。
虫の声。
「……俺」
レオンが言った。
「今日、間違ってました?」
ガレスが見る。
「何が」
「逃げたこと」
「知らん」
「そこは何かあるでしょう」
「正解を知ってたら苦労しねえよ」
「でも一緒に来た」
「俺が来たいから来た」
「俺が間違ってても?」
「そん時は一緒に間違えたってことだな」
レオンは顔をしかめる。
「最悪」
「何が」
「もっと頼りになること言ってください」
「ガキに人生の正しさを説教できるほど賢くねえよ」
「ガキじゃない」
「そこかよ」
また沈黙。
レオンは膝を抱える。
「アルトたち」
「うん」
「本気じゃなかった」
「お互いな」
「……俺が逃げるの、分かってたのかな」
「どうだろうな」
「逃がしてくれたのかな?」
「さあな」
レオンは答えを探した。
見つからない。
最後に会った頃の三人なら。
分かった。
今は。
知らない技が増えていた。
知らない時間があった。
自分も。
たぶん同じだ。
「俺のこと、信用してなかった」
「そうか?」
レオンが見る。
「だって捕まえに来た」
「それでも自分たちで来たんだろ」
「……」
「本当に信用してなきゃ、もっと人数連れて囲んでる」
レオンは何も言わなかった。
「まあ」
ガレスが続ける。
「信用と賛成は別だ」
「……知ってます」
「ならいい」
知っている。
頭では。
*
深夜。
レオンは物音で目を覚ました。
ガレスも同時に起きる。
「何だ」
暗い森。
馬が落ち着かない。
カイが起きる。
ミリアも。
レオンは立ち上がった。
耳を澄ます。
遠く。
馬蹄。
一頭ではない。
「来た?」
カイが囁く。
「静かに」
レオンは地面へ手を置いた。
振動。
数。
距離。
近づいている。
街道ではない。
森へ。
真っ直ぐ。
こちらへ。
ガレスが低く言う。
「早いな」
レオンは答えない。
荷物を背負う。
「移動します」
「馬は?」
「使う」
「暗いですよ」
「ゆっくりでいい」
四人が動く。
その時。
森の向こう。
光。
一瞬。
白。
レオンは知っていた。
「伏せて!」
全員が地面へ。
直後。
頭上を光が走った。
木の幹が裂ける。
轟音。
鳥が一斉に飛び立つ。
カイが青ざめる。
「今の……」
レオンは立ち上がった。
「警告です」
当てる気なら。
当たっていた。
木々の間。
遠く。
白い光がもう一度灯る。
セイルの魔術。
「見つかった」
ガレスが拳を握る。
「どうする」
レオンは馬へ向かう。
「逃げる」
「また?」
「戦う理由がない」
手綱を取る。
「王都に着けばいい」
背後。
二発目。
今度は空へ。
白光。
高く上がり。
夜空で弾けた。
照明。
森が昼のように白く染まる。
レオンの顔も。
四人の姿も。
隠れる場所が消える。
そして。
別の方角。
遠くから。
鐘。
さらに。
もう一つ。
王国軍の警戒鐘。
カイが言った。
「先生」
レオンも気づいていた。
セイルは。
自分たちを攻撃したのではない。
居場所を知らせた。
「……近くの部隊まで呼んだか」
森の外。
街道。
複数の灯りが動き始める。
前。
王都。
後ろ。
国選第三勇者パーティ。
左右。
王国軍。
ガレスがレオンを見る。
「さて」
レオンは地図を開いた。
一瞬だけ見て。
閉じる。
「東」
「王都は南だぞ」
「知ってます」
「東に何がある」
レオンは馬に乗った。
「国境河川」
「渡るのか?」
「違う」
手綱を引く。
「その先はエルフ領です」
四頭が。
東へ走り出した。




