診察
「痛みますか」
「痛いです」
「ここは?」
「痛い」
「ここ」
「もっと痛い!」
「じゃあ折れてますね」
「そんな軽く言うなよ!」
診療台の上で、石工の男が叫んだ。
レオンは男の腫れ上がった左手を持ち上げ、指先に魔力を集める。
薄青い光が皮膚の表面を走った。
骨。
腱。
血管。
魔力を細く伸ばし、内部をなぞる。
第三中手骨に亀裂。
位置は悪くない。
「朝、石材が落ちてきたって言ってましたっけ?」
「ああ」
「魔導器は?」
「使ってたよ。補助腕輪。あれがなきゃ腕ごと潰れてた」
「へえ」
レオンは男の手首に巻かれた革製の器具を見る。
銅線と小さな魔石を組み合わせた、安価な身体強化用魔導器。
第三世代量産型。
市場に出て三年。
初期型より魔力損失が十五パーセントほど少ない。
値段は半分。
よくできている。
腹立たしいほどに。
「何だよ」
「別に」
「魔術師って、こういうの嫌いなんだろ?」
「誰に聞いたんです、それ」
「さあな、酒場か。みんな言ってる」
「酒場の話を医学より信用するなら、酒場で治してもらってください」
「愛想ねえなあ」
「無料診療に愛想まで求めますか?」
「無料ってったって教会が払ってるだろ」
「じゃあ神さまに愛想を求めてください」
後ろで誰かが咳払いした。
レオンは振り返らなかった。
誰かは分かっている。
「患者さんに喧嘩を売らない」
「売ってません」
「いま売ってたでしょう」
「値札は付けてません」
「ミリアちゃん、こいつ喧嘩売ってるぞ」
白い修道服の袖が視界に入った。
ミリアが横から男の腕を支える。
レオンより一つ年下。
淡い銀色の髪を後ろでまとめ、首から銀色の聖印を下げている。
この救護院で育ち、十五の頃から負傷者の世話をしている。
レオンがまだ宮廷にいたころからの知り合いだった。
つまり、レオンが偉そうなのは昔から知っている。
「固定する?」
ミリアが訊いた。
「いや。これなら癒着させる」
「魔力足りる?」
「誰に言ってるんです?」
「そういうところ」
「何が」
ミリアは無視した。
レオンは骨折部へ魔力を流し込んだ。
治癒魔術は、単に傷口を塞ぐ魔術ではない。
人体が本来持つ修復過程を読み取り、それを魔力で加速する。
無理に治せば歪む。
速ければいいというものでもない。
細胞、血流、炎症に組織の接続。
どこまで促進し、どこから人体自身に任せるか。
「いってぇ……」
「動かないでください、長引きますよ」
男が慌てて腕を動かすと、レオンは術式を微修正する。
青白い光が男の手を包む。
数秒後、レオンは手を離した。
「握って」
男がおそるおそる拳を作る。
「……おお」
「強く」
「痛くねえ」
「今日は重い物を持たない。酒もやめる」
「酒も?」
「嫌ならもう一回折ってください」
「何でだよ」
「治癒直後は血流が――」
「ああ分かった分かった」
男は笑いながら診療台を降りた。
そして扉の前で振り返る。
「ありがとな、勇者様」
レオンの指が止まった。
男に悪意はなかった。
たぶん。
「……どういたしまして」
扉が閉じた。
ミリアが帳簿に何かを書き込みながら言った。
「怒らなかった」
「何が」
「勇者様」
「別に怒ることじゃないでしょう」
「昨日は薬屋のおじさんに怒ってた」
「あれは言い方がムカついたんです」
「一昨日は?」
「あいつは明確に馬鹿にしてた」
「三日前」
「そんな昔のこと、覚えてない」
「毎日じゃない」
「うるさいな」
ミリアは帳簿を閉じながら笑った。
しかし石工が出ていった扉を見て、その笑いが消える。
「あの人さ、今日働けなかったら、明日は仕事がないかもしれない」
レオンは他人事のように言った。
「戦時中です、仕事は腐るほどありますよ。それに」
レオンは次の患者票を取った。
「言われたことを素直に聞かない人のことなんて、俺は知りません」
そのとき、窓の外で小さな歓声が上がった。
子供たちだった。
通りの向こうで、行商人が実演販売をしている。
掌ほどの箱型魔導器。
男がつまみを回すと、箱の上に小さな炎が灯った。
「ほら! 薪も火打石もいらない! 魔力を込めて押すだけ!」
子供が歓声を上げる。
母親らしい女が銅貨を数える。並の男より太い腕と腰だった。
「料理にも使える?」
「もちろん! 火力調整は三段階!」
「前の型より安いわね」
「大量生産ってやつですよ!」
レオンは窓から目を逸らした。
「顔」
ミリアが言った。
「何です」
「すごい嫌そう」
「別に」
「嫌いなんでしょ、魔導器」
レオンは少し考えた。
「……あれは良いやつですよ」
「え?」
「旧式は燃焼術式が不安定だったけど、あの型は二重弁になってる。子供が使っても暴発しにくい」
ミリアは目を丸くした。
「詳しいね」
「専門だったから」
「じゃあ嫌いじゃないんだ」
レオンは答えなかった。
窓の外では、小さな女の子が母親から箱を渡されていた。
初めて会ったペットに触れるように、恐る恐るボタンを押す。
ぽっ。
炎がつく。
女の子が笑う。
昔なら、それだけのことにも魔術師が必要だった。
何もないところに火をつけただけでみんなが褒めてくれた。
屈強な男三人がかりで運べないような大荷物を、軽く手を振るだけで運んで驚かれた。
生まれつき魔力の多い者だけができたことを、今では誰でもできる。
良いことだ。
間違いなく。
「……次、呼んでください」
レオンは言った。




