左翼
左翼。
地獄だった。
「下がれ!」
「負傷者を!」
「無理だ!」
兵士が一人倒れる。
魔族の槍。
レオンが割り込む。
素手で掴む。
「遅い」
折る。
相手の顔へ肘。
次。
炎。
消す。
横。
剣。
避ける。
足払い。
倒す。
「集まれ!」
レオンが叫ぶ。
味方の兵士が見る。
「俺の後ろ!」
「誰だ!」
「レオン・アルヴェイン!」
一瞬。
反応がある。
「あの勇者レオン?」
「説明はあと!」
前へ。
「障壁、俺が張る! 槍兵は左右! 魔導器持ちは三歩下がって射撃!」
兵士たちが動く。
完全ではない。
遅い。
でも動く。まともな訓練を受けている。
「撃て!」
光。
魔導器から魔術が飛ぶ。
敵が崩れる。
「次!」
「充填中!」
「遅い!」
「量産型なんですよ!」
「じゃあ交互に撃て! 二列! 学校で教わらなかったか!?」
若い兵士が叫ぶ。
「一列目、撃て!」
光。
「二列目!」
光。
レオンが障壁を前進させる。
「歩け!」
全員で進む。
敵が下がる。
「押せ!」
兵士たちの声。
「押せ!」
一歩。
二歩。
十歩。
左翼が戻る。
*
「レオン!」
背後。
ガレス。
「戻れ!」
「何です!」
「中央が――」
音。
大きい。
振り返る。
障壁。
白髪の老人が張っていた巨大な結界。
ひび。
「……まずい」
レオンが走る。
間に合え。
敵の魔法。
集中。
一発。
二発。
五発。
全部同じ場所。
狙っている。
老人が耐える。
「まだじゃ!」
結界が軋む。
周囲の魔術師が魔力を送る。
一人。
膝をつく。
二人目。
鼻血。
「下がって!」
レオンが叫ぶ。
老人が振り返る。
「持ち場はどうした!」
「戻しました!」
「なら次行け!」
「そこ代わります!」
「要らん!」
「死にますよ!」
老人が笑った。
「戦場じゃろうが!」
次。
衝撃。
結界が割れた。
レオンが手を伸ばす。
間に合う。
そう思った。
老人が杖を横へ。
「来るな!」
「何で!」
「お前は攻めろ!」
最後の結界。
一枚。
老人一人。
「わしらを」
声。
不思議と聞こえた。
「役立たずにするな」
レオンの足が止まった。
一瞬。
それだけ。
敵の魔法が来た。
レオンが叫ぶ。
「じじい!」
光。
爆発。
*
音が消えた。
耳鳴り。
土煙。
レオンは立っている。
自分が張った障壁。
ぎりぎり。
間に合った。
老人は。
「……生きてる」
膝をついていた。
杖が折れている。
腕から血。
でも生きている。
「何勝手に殺しとる」
老人が言った。
「紛らわしいこと言うからでしょう!」
「誰が死ぬと言った!」
「死ぬ流れだったでしょうが!」
「知らんわ!」
レオンが老人を引っ張り起こす。
「後ろ行って!」
「まだ――」
「行け!」
老人が睨む。
レオンも睨む。
「今度は若い奴に任せろ!」
沈黙。
老人が鼻を鳴らした。
「生意気な」
「知ってます」
「昔からか」
「たぶん一生変わりません」
老人が後ろへ下がる。
レオンは前を向く。
敵。
まだいる。
「さて」
指を鳴らす。
「続きか……」
*
夕方。
敵が退いた。
勝った。
そう呼んでいいのかは分からない。
街道には死体が並んでいる。
人間。
魔族。
両方。
レオンは座り込んでいた。
魔力が残り少ない。
ミリアが目の前に立つ。
「腕」
「平気」
「腕」
「ちょっと痛いだけ」
「腕」
「はい」
差し出す。
ミリアが治療する。
「骨、ひび入ってる」
「でかい奴殴ったので」
「殴られたんでしょ」
「受けたんです」
「同じ」
「全然違う」
ミリアが治療しながら訊く。
「何人?」
「何が」
「今日、助けた人」
「知りません」
「倒した方は?」
レオンが黙る。
「数えてない」
「そっか」
それ以上訊かなかった。
少し離れた場所。
白髪の老人が寝かされている。
生きている。
ダグも。
ガレスも。
カイも。
ひとまず。
レオンは息を吐く。
「先生」
カイが来る。
額に包帯。
「何」
「これ」
紙。
「何です?」
「今日の損害」
「もう出たの?」
「暫定」
受け取る。
中央。
特殊魔術中隊。
四十名。
死亡六。
重傷十一。
左翼歩兵。
死亡十二。
右翼。
魔導歩兵第一中隊。
死亡一。
軽傷七。
レオンの目が止まる。
「……少な」
「右翼、ほとんど戦闘してないらしいです」
「何で」
「予備戦力として温存されたって」
レオンは紙を見る。
特殊魔術中隊。
最激戦区。
元魔術師が多数。
ガレスが後ろから来る。
「二回目」
レオンが顔を上げる。
「何が」
「数えとけって言ったろ」
ガレスが紙を取る。
見る。
「一回目、偵察」
指。
「二回目、中央」
レオンは黙る。
「まだ偶然か?」
「……配置として説明はつく」
「そうだな」
「中央は魔術攻撃が激しかった。対抗できる魔術師を置くのは合理的です」
「そうだな」
「魔導歩兵を温存するのも、装備が高価なら」
「そうだな」
ガレスは全部肯定した。
それが余計に腹立たしい。
「何ですか」
「何も」
「その顔やめてください」
「どの顔だ」
「俺が物分かりの悪いガキみたいな」
「言ってない」
「言ってる」
ガレスが紙を返す。
「次も見よう」
「……次?」
「三回目」
レオンは紙を握った。
*
夜。
捕虜が目を覚ました。
簡易牢。
両手を拘束。
兵士二人が見張っている。
レオンは少し離れた場所から見ていた。
ガレスが隣にいる。
「聞かないのか」
「何を」
「さっきの続き」
「訊きますよ」
「なら行け」
「今は無理」
「何で」
レオンは見張りを見る。
「軍の尋問が先です」
「律儀だな」
「勝手に捕虜と話したら怒られるでしょう」
ガレスが笑う。
「昨日まで軍用魔導器を勝手に分解してた奴が?」
「それとこれとは別」
捕虜が顔を上げた。
こちらを見る。
レオンと目が合う。
何か言った。
小さな声。
魔族語。
見張りには分からない。
ガレスも眉を寄せる。
レオンだけが。
意味を理解した。
――王の命令ではない。
レオンは表情を変えなかった。
捕虜が続ける。
――私たちは騙された。
レオンは黙っている。
「何て言った?」
ガレスが訊く。
「さあ」
「お前、魔族語分かるだろ」
レオンが横を見る。
「……何で知ってるんです?」
「勇者時代、お前が捕虜と喋ってるの見たことある」
「忘れてください」
「何で隠す」
レオンは捕虜を見る。
見張り。
兵士。
その向こう。
軍の幕舎。
「今は」
少しだけ声を落とす。
「俺が分かるって知られない方がいい」
「誰に」
レオンは答えなかった。
捕虜がもう一度こちらを見る。
今度は何も言わない。
ただ。
目だけで。
何かを訴えている。
レオンは視線を外した。
今日一日。
合理的な命令。
合理的な配置。
合理的な損害。
全部。
説明はつく。
だからこそ。
気持ちが悪かった。




