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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第九話 誤算


 バルタラ山には噂がある。

 山頂には龍の魔女が住んでおり、対価次第でどんな願いでも叶えてくれるそうだ。


 ある老人は、バルタラ山で行き倒れそうになったところを魔女に助けられたのだと語る。邪龍の力で周囲の魔物を千々に引き裂いて、その手で彼を山の麓へと案内したらしい。

 恐ろしく、されど優しい龍の魔女。まるで出来の悪い御伽噺だ。化物が人を助けるなんて、あるはずがないだろ。


 それなのに、俺が出会った魔女もまた、まるで人間の善性側だけを集めたかのような振る舞いをするんだ。いいや、人間ですらああも善くはあれないんじゃないか。……なにか別の魂胆でもない限り。


 魔女の真意はどうでもいいよ。大切なのは、彼女が厄災たる邪龍ヒュドラの力を意のままに行使できる存在だってことだけ。


 ごっこ遊びだろうがなんだろうが、願いを叶えてくれると言うなら、ありがたく使わせてもらおうじゃないか。腐らせている邪龍の力が、人類の――俺の役に立つんだから、そっちも本望だろ。


□ ■ □


 一週間後にネシュの森で。


 あれから、俺達はそんな約束を交わした。転移結晶が使える俺とは違って、彼女達には壁外を移動するための時間が必要だった。


 にしても一週間後ってのは、ちょっと計算がおかしい。バルタラ山とメルキルエトとは遠く遠く離れている。遠すぎて、正確な距離を把握している人間がこの世にいないくらいには。でもたった一週間で移動できる距離じゃないってことくらいはわかるよ。実行どころか思い付きすらしないだろうね、常識があれば。


 でも約束は約束だ。合意をしてしまった以上は守らなければならない。だから俺もまた、大人しく魔女と従者の到着を待っているのだ。……周囲から絶えず聞こえてくる獣の息遣いから、必死に逃げ隠れしながら。


 メルキルエト近郊、ネシュの森中央。時刻は宵の口。身の丈を優に超えた三つ目の狼が草むらから飛び出したのは、俺が命からがら大樹の洞に逃げ込んだ直後のことであった。狼はしばらく鼻を鳴らしながら辺りをうろついていたが、諦めたのかやがて森の奥へと消えて行った。


 ……こんなのがあと一時間も続いたら、俺はあっさり死んじゃうよ。

 壁外は夜に出歩くところでは断じてない。魔物ってのは陽光で弱る存在なんで、リスクを減らすために壁外での活動は日中に行うのが基本のキ。そこいらの子どもでも知ってることだし、ごろつき崩れの冒険者だって背かないことだ。


 それなのにどうして俺は夜の森の中で一人震えているんだろうね。いや、そういう約束をしたからなんだけども。

 極近距離から木々を折り砕くような音が聞こえ、俺は首から下げた魔物除けをぐっと握りしめた。短剣を模した木製の首飾りだ。刀身に当たる部分に緻密な紋章魔術が施されており、文字通り魔物を遠ざけたり弱らせる性質を持っている。バルタラ山でぶっ壊してしまったのを機に新調した物だった。


 これがなければ今頃どうなっていたか。少なくとも、いつ、どの辺にやってくるかも知れない魔女を夜通し待つのは不可能だったろう。

 ……というか、今夜この森でと約束したはいいけどさ、具体的にはいつ頃来るわけ? 真夜中? 丑三つ時? まさか明け方じゃないよね?


 ネシュの森は森を名乗るには木々が疎らで見通しが良いが、狭くはない。木の根の隙間に身体をねじ込んでありとあらゆる脅威から身を隠してる俺のことを、果たして魔女は見つけることが出来るんだろうか。


 でもここから動きたくもないな。魔女に会う前に死んじゃう。

 握りしめた魔物除けの効果か、辺りに漂っていた魔物の気配は知らない間に随分薄くなっていた。ごうと強く風が吹いたのを合図に、大型の鳥なんかが遥か頭上の木の枝から飛び立つ音が聞こえてくる。一先ずは難を逃れただろうか。


 安堵の息を吐いたと同時、ぼたりと何かが地面に落ちる音がした。恐る恐る窺ってみれば、大量の枝葉が空から降り注いでいるのが見えた。飛び立つ魔物にはたき落とされたのか? にしては、多すぎる気もするんだけど。


 嫌な予感がして、俺はそっと樹洞から這い出し空を見上げた。疎らな樹冠の向こう側には静かな星空が広がっている、はずだった。


 ――空に穴が空いている。


 違う。黒い何かが空に浮いている。光という光を全て吸収せんとするその影は、俺の頭がイカれてさえいなければ、あの日見た邪龍の姿に酷似しているように見えた。


 ……そりゃあ、一週間で良いって言うわけだ。邪龍に乗って堂々と空を飛んでくるなんて、ちょっと豪胆が過ぎるでしょうよ。

 都市近郊の森なんかで見れるはずのない光景に酷い頭痛に苛まれるような心地を覚えながら、俺は天に向けて手を翳した。


フロクス


 火柱と呼ぶには弱々しい光が、一瞬だけ手から弾けて空に登る。一応、魔法だ。俺には全然才能が無いから、薪に火を点ける以上のことはできない。できないけど、この暗い森の中でなら、目印の代わりくらいにはなる。


 頭上の影が音も無く羽ばたき、強い風が周囲の枝葉を乱暴に撫でつけた。空が滴るように目の前に落下した生物は、御伽噺の中の翼竜によく似ていた。至近距離に顕現した邪龍らしきソレは、暴れだすようなこともなく、訓練された犬のようにぺたりと黒翼を地面に降ろす。その上から小柄な人影が、滑るようにして降りてくる。


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