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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第十話 人でないもの


「グラウスさん、こんばんは!」


 こんばんは、じゃないよ。大胆不敵にも限度があるだろ。すぐそこに人里があるんだけど、大騒ぎにしたいの? 邪龍を意のままに操れるとは聞いてるけど、邪龍だってこんな使い方されるとは思ってないんじゃないかな。もしかして、馬車かなにかと勘違いしてる?


 などと、言いたいことは山程あったが、俺は全てを飲み込んでにこやかに魔女に手を振った。顔、引き攣ってないといいけど。


 邪龍から降りた人影は一つ。一週間ぶりに出会った魔女は、夜闇に溶けるような黒いワンピースを身に着けていた。相も変わらず壁外に着てくるような服じゃない。万物を腐らせる邪龍の背に乗ってやってくるような存在のくせに、表に見せる姿は街中を歩くごく普通の少女然としているってのは、一周回って如何にも魔女らしい仕草に思えた。


「お待たせしてしまいました、か、」


 にこやかに駆け寄ってきた魔女は、俺の数メートルほど手前で不意に立ち止まった。暗い視界であっても魔女の顔が不快そうに歪んでいるのがわかった。


「どうしたの? 妙な顏してる」

「待って、ちょっと、近寄らないでください。貴方、何か持っていますか?」


 一歩踏み出した俺のことを、魔女は慌てて制止した。そんな狼狽えるようなものに心当たりはないけどな。変な臭いでもしてる? 自分じゃ全然わからない。

 仕方がないから、俺は持ってきていたものを順番に魔女に提示した。冒険者証でしょ、直剣でしょ、魔法式のランタンに行動食、紋章魔術をいくつかと、それから魔物除け。……これか?


「ええと、もしかしてコレのこと?」

「……随分、質の良い魔物除けをお持ちで」


 そりゃあ、壁外を行く人間の命綱だからね。紋章魔術の質を優先したせいで、材質は妥協の木製だけどさ。なにぶん金がないもんで。

 で、そんな魔物除けを魔女が殊更気にしている、と。つまり、


「魔物除け、魔女殿にも効くんだ」

「……思いのほか強力だったので、ちょっと驚いただけです」


 魔女は睡魔を払うみたいに頭を振った。驚いただけという言葉通り、何か深刻なダメージが現れているわけではなさそうだ。でも重要なのは効き目の多寡じゃない。魔物除けを不快に感じる存在なんて、魔物しかいないよ。ってことはさ。


 ……龍の魔女って、魔物なんだ。

 いや、人間じゃないとは聞いてたよ。でも魔物除けが効くってなったら、それはもう完全に魔物そのものだろうが。見た目はこんなに人間然としているのに。言葉だって通じるし、何ならその辺の人間よりも愛想が良いのに。


 動きを止めた俺を不審そうに見上げる魔女は、ほんの一分前の彼女と何一つ変わっていないはずだ。それでも俺からは明確に違う存在になったように思えた。奇妙で、恐ろしくて、どうしようもなく異質ななにかに。


「……魔女殿が不快に感じるのだとしても、この魔物除けは、手放せないよ。俺の生命線なんだから」

「大切な物なんですね。もちろんそんなこと、言うつもりはないですよ。さぁ、さっそくメルキルエトに向かいましょうか」


 夜は冷えますからね、と魔女は言った。向こう側では、幌馬車を二回りほど大きくしたサイズの飛竜が、退屈そうに首を擡げて俺達のやり取りを眺めている。その周辺の大地はぐずぐずと緩んでいて、ゆっくりと腐り落ちているのがわかった。……本当に、邪龍がそこにいるんだな。


「……ここからなら、ラードーンの炎もそう遠くないけど。メルキルエトに向かう、でいいの? 確認とか、いらない?」

「ああ、ここにくる途中で空から眺めてきましたよ。想像以上に燃え盛っていて、吃驚しました」

「すごいよね。あんな光景、忘れようもないよ。……消せそう?」

「あの程度なら、問題なく。でも三日ほど時間を下さい。実はここまで来るのに、結構魔力を使ってしまって」


 魔女は申し訳なさそうに眉を下げた。むしろ三日程度であの現在進行系の焼け野原をどうこうできる方が異常なんだけど、それをわざわざ指摘する必要はあるまい。


「丁度いいので、この三日間でメルキルエトを楽しみます。ご案内、よろしくお願いしますね」


 ではどうぞ、と魔女は手のひらで俺を促した。どこに促したかって、邪龍の方にだ。ふざけんな。


「待って、待って魔女殿。……どうぞって、何?」

「え? 一緒に乗っていった方が早くないですか?」


 俺を邪龍に乗せようってこと?


「無理無理、絶対に無理。アレ、邪龍でしょ。邪龍なんだろ。乗れないよ、触りたくないし、なんなら近づきたくもない」

「彼を邪龍扱いしないで下さい! ……確かに触るとちょっと腐りますけど、敷布越しなら大丈夫です」

「大丈夫なわけないだろ。よしんば大丈夫だったとしても、メルキルエトまでアレで飛んでいけるわけないじゃん。討伐隊でも結成したいわけ?」

「都市までは行かないですよ。手前で降ります」

「それでも駄目。そもそも、何度だって言うけれど、俺は邪龍に触れたくないんだ」


 邪龍がここまで飛んできた時点で既に大事なんだよ。誰かに見られでもしたらどうなるか、この魔女は全く考えていないのか? 武装した冒険者の集団でも見学したいの?


 俺はこれ見よがしに深々と溜息を吐いた。隠す気力もわかなかった。感覚がズレきっているこの魔女に懇切丁寧に教えてやらなくてはいけない。人間が邪龍を、どういう目で見ているのかを。


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