第八話 化物のくせに
二の句が継げずに固まってしまった俺を見て、魔女は不思議そうに数回目を瞬かせた。
「どうしました? グラウスさん。いいんですよ、タダで。遠慮なさらず! あ、アルセダ顔料はいただきますけど」
「……リリエリ。流石にタダは、気が引けるんじゃないだろうか」
漂っていた奇妙な空気を変える助け船は、意外な方向から現れた。先ほどから彫像のように控えていた従者が、視線を俺から動かさずにほとんど独り言じみた声をあげた。
「タダって、あんまり嬉しくないですか? じゃあ、……どうしましょう」
「俺達はあまり南方には行かないだろう。これは、良い機会だと思う」
「なるほど?」
「地図を見るに、メルキルエトはとても大きい都市だ。ここらの都市とは全然違う。きっと何でも揃っている」
「確かに、そろそろ買い物をしておいてもいいかもしれませんね。……となると問題は、私達がどうやって都市メルキルエトに入るか、ですけど」
ちらりと魔女が視線を俺に移す。やや迂遠で分かりにくいやり取りであったが、この辺りでようやく俺も彼女らの要望を察することができた。ねぇ、まさか、もしかしてだけど。
「対価として、あんたらをメルキルエトに招き入れる手引きをしろって言うつもり?」
「はい。私達、身分を証明する物の一切を持ってないですが、……できますか?」
できるとかできないとかじゃないよ。だってあんたら、人間じゃないんでしょ。
悠久の時を生きるとされる魔女と、それに仕える謎の従者。人の姿をしているだけのよくわからない存在を、南方最大規模の居住区たる大都市メルキルエトに招き入れるわけにはいかないだろ、常識的に考えたら。
「できるよ」
「ではもう一つの対価はそれで」
「オーケー、俺に任せておいてよ」
でもあれだ、背に腹は代えられないからね。俺は無辜のメルキルエト市民の皆さんに心の中で手を合わせた。無償とかいう恐ろしい契約を結ぶくらいだったら、メルキルエトに妥協をしてもらう方がずっとマシ。よもや市内で大暴れをしたいってわけでもないだろうし……ないよね?
「一応確認しておくけど、メルキルエトで何をするつもり?」
「買い物です」
「……食事と観光」
本当にそれが目的なら、メルキルエトはうってつけの都市だろうね。
「二人をメルキルエトに案内することと、アルセダ顔料一瓶。これで俺の願いを叶えてくれるんだね?」
「はい。できる限りのことは、やってみます」
交渉成立。魔女はにこやかに、友好の証とばかりに右手を差し出した。社交的で、愛想が良くって、人を疑うことを知らないような、そんな笑顔であった。
「……ねぇ、一つ聞いてもいいかな」
「もちろん。なんでもどうぞ」
俺は差し出された白い手を眺めた。
「どうしてタダで依頼を受けるだなんて言ったの? そんなの、魔女殿には何のメリットもないよね」
「グラウスさん、困っていたから。助けたいなって思ったんです」
「……なんで?」
「人が互いに助け合って生きていくのは当然のことじゃないですか!」
……俺は可能な限りの笑顔を浮かべた。丁度目の前にあるお手本を真似る、そんな気分で。
〝互いに助け合うのは当然〟。美しいね。言っているのが、邪龍を従えた龍の魔女でさえなければ。
気分一つで峰をも潰せる存在が、転移結晶に拒まれる生命が、まるで空想上にしか存在しない理想の善人のように振る舞う。……ああ、きっと人間の真似事を楽しんでいるんだ。そう思えば、このやたらと丁寧な暮らしぶりも、傷ついた客人へのもてなしも、ストンと抵抗なく腑に落ちた。
……人の形をしているだけの、化物のくせに?
理解ができない。不気味でしょうがない。ともすれば錯覚してしまうほどに彼女の振る舞いが完璧に見えることが不快でならない。人間の領域に侵食されたような嫌悪感が、俺の胸の内を波立たせている。
いいよ。俺の願いを叶えてくれるんだったら、少しくらいはその人間ごっこに付き合ってやってもいい。どうせ長くは続かないんだ、だってお前達は人間じゃないから。いつかどこかで剥がれる化けの皮なら、俺の目の前で剥がせばいいさ。
証明してみせるよ、所詮化物は化物なんだって。
「……ありがとう、魔女殿、従者殿。どうか俺の願いを、よろしくね」
俺は魔女の小さな手に応えた。見た目相応に小さく柔らかい掌であった。
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