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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第六話 快諾、不信


「簡単に言うと、龍の魔女殿にぶっ壊してもらいたい地域があってね」


 俺はパンの最後の一欠けらをスープで喉奥に押しこんでから、努めて深刻な口調で言った。魔女はほんの少し眉をしかめたが、従者の表情はぴくりとも動かなかった。


「昨日も言いましたよね。私達、人に仇なすような行為はしないって」

「もちろん覚えているよ。俺だって別に、人間に害を為したいわけじゃない」


 俺は食べ終わった食器を脇に避け、空いたスペースに一枚の地図を広げた。この国の南方の地域を記したものである。端が血で汚れていることには目をつぶってほしいな。


「えーと、何から話そうかな。……ラードーンって、知ってる?」


 魔女と従者は二人で顔を見合わせてから、揃って首を横に振った。南方で散々暴れまわっていた魔物なんだけど、アレの悪行は東方の山奥までは知れ渡っていないらしい。


「ラードーンっていうのはとある魔物の呼称でね。岩石で出来た蜥蜴を丘くらいのサイズで想像してもらえれば近いかな。触った物を燃やし尽くす特性を持ってて、いろんなものを駄目にしちゃうんだ」


 邪龍ヒュドラの害悪性と比べると、可愛いものとすら言えるけど。


「そのラードーンとやらを私達に討伐してほしい、という依頼ですか?」

「いいや違う。ラードーンはもう倒されてる。テレジア教の魔物殲滅部隊がね、かっこいい最新の魔術兵器を導入して、ドカンと」

「良かった、解決したんですね。……あれ? じゃあグラウスさんは私達に何を?」

「それがねぇ、ラードーンの奴、死に際に辺り一面を炎の海にしてさ。これがどうも普通の火じゃないみたいで、水をかけようが土をかけようが消えないんだよ。もうかれこれ半年くらい、燃え続けてる」


 俺は持ち込んだ地図の一点を指し、くるりと一つ円を描いた。小さい村なら端から端までが炎に沈んでしまう、そんな大きさの円だ。


「……広い、ですね」

「燃え広がっている様子はないのが幸いだよ。でも、いつまでも燃えられていては困るんだ」


 ここを見て、と俺は両手の人差し指を使って二か所を指し示した。ラードーンの火に分断されるようにして存在する二つの都市。炎にほど近い一方の都市の名をクグエク。もう一方、地図上で最も大きく描かれている都市を、メルキルエトといった。


 この世界は少しばかり人間に厳しく出来ている。

 いつからか湧き出るようになった魔物のせいで、人々の生活は大いに制限されている。具体的に言うと、街を大きな壁で囲ってその中に引きこもるような生活を、人類はそれはそれは長い間強制されているのだ。


 大壁に囲まれた安全な居住区を、あるいは人々を守り閉じ込める檻を、俺達は都市と呼んでいる。

 都市というのは毒の大海に浮かぶ孤島みたいなものだ。壁外は魔物の脅威に満ちていて、都市から都市へ移動するにはとてつもない労力と、困難と、命の危険を伴う。人類は散り散りにされた孤島の上で、ひたすらに息を潜めて怯え暮らしている――ってわけでも、実はないんだ。理不尽な世界に抗うために、人間だって結構頑張っている。


 最たる例が転移結晶。任意の地点に人を瞬間移動させる性質を持つ奇跡の鉱石。この技術のおかげで、俺達人間は壁外を経由することなく都市から都市へと直接移動することができる。転移結晶がなければ、今日のような人類の発展は到底望めなかったろう。


 魔物どもに煩わされることのない日々の到来を夢見て。人類は、狭く苦しく限りある縄張りをどうにかして広げようと藻掻いている最中なのだ。

 都市クグエクと都市メルキルエト間だって、あるいは。


「この場所、交易路の開発計画が立ってたんだ。ラードーンを倒して安全になったら、クグエクとメルキルエトを繋ぐ道ができるかもって、そういう話で」

「壁外に道、ですか? 転移結晶があればそんなもの作らなくったって安全に移動できるじゃないですか」

「転移結晶だって無限じゃないだろ。今の技術じゃ、大人数の転移はできない。それにアレは人間しか使えないしね。道が繋がれば有事の際に住民全員で避難することもできるし、馬や羊とかの家畜を生きたまま輸送することだって」

「なるほど。つまりグラウスさんは、交易路計画のために炎を消そうとしている、と」


 俺は真剣に、厳かで、沈痛な、とにかくそういう感じの表情で頷いた。


「どうか、邪龍の力でラードーンの炎を消してほしい」


 魔女は真意を量るためか、何も言わずにじっと俺の目を見つめていた。じわりと湧き出した緊張に固唾を飲んだと同時、魔女が自身の右後ろに立つ従者の顔を仰ぎ見た。


「どうしますか?」

「いいんじゃないか」

「じゃあ、やってみますか」


 うまく喜ぶ顔を作れなかった。呆気ない魔女の快諾に、驚きと不安が勝ったからだ。決断が早すぎる。怖いくらいだ、まさか妹の話をする前に快諾されるなんて。


「……その、良いの? なんというか、そんなに簡単に決めちゃって。俺からしたら、そりゃあ、……嬉しいけど」

「だって、お困りなんですよね? 私達が助けになれることなら頑張りますよ。いいじゃないですか、交易路。きっと便利になるでしょうね」


 にこにこ。あるいはキラキラ。一片の曇りもない、真昼に浮かぶ太陽に似た笑顔だった。誰も彼もが彼女の善性を疑わない、そんな笑顔。


 嘘を吐いている、と思った。

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