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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第五話 昼食、少しの悪意を添えて



「今日はもう遅いですから、泊まっていってください」


 魔女の有り難い申し出を受け、俺は自分の血で汚れに汚れたパッチワークのソファの上で一夜を明かすことになった。


 邪龍の力は本物だった。つまり、この家は龍の魔女の根城であることが確定したわけだ。いくらなんでもこんなところで素直に眠りこけるほど俺は浅はかな男ではない。

 ……つもりだったんだけどね。ちょっと目を閉じて開いたら、不思議と太陽が昇りきっていたんだ。魔法かな。


 嘘みたいに長閑な光を目覚ましにしてソファから起き上がると、食事を用意している最中の少女と目が合った。瞬間、花が咲くように微笑む彼女は、たった一言で峰を跡形もなくかき消した龍の魔女その人である。


「おはようございます! といっても、もう昼なんですけども。良く眠れたようで何よりです」


 なんかやたらと機嫌が良いね。俺はぺたぺたと自分の身体の具合を確かめた。とりあえず心臓はありそうだ。


「怪我の調子はいかがですか?」

「どうだろう。痛みはないけど」


 巻いていた紋章魔術布を引きはがすと、そこには見慣れた皮膚があった。動きにも問題はない。一晩で治る傷とは思ってなかったけれど、随分出来の良い紋章魔術布だったようだ。


「あれ?」ひょこりとパントリーから顔を出した魔女が、俺のひきつれた左腕――火傷跡を見ながら言った。「傷跡、残ってしまいましたか?」


 か弱い人間にとっては至極残念な話だが、魔法は万能の奇跡じゃない。死を覆すことも千切れた手足を生やすこともできない。ましてや模造品に過ぎない紋章魔術の効力なんて、言わずもがなだ。あまりにも深かったり時間が経ってしまった傷は完治しないのだ。この火傷跡みたいに。


「ああ、これは別件の傷だよ。昨日の怪我はもうばっちり。ありがとうね」


 そうでしたか、と魔女は安心したかのようにへにゃりと眉を下げた。龍の魔女だなんて仰々しい呼び名の持ち主とは到底思えない表情であった。

 空恐ろしいね。指一本動かさないで山一つを融かした龍の魔女が、にこにこと笑って俺を見ているんだぜ。裏では何を考えているのやら。

 答え合わせは遠くない。俺はこれから、龍の魔女と取引を交わすのだ。


「ダイニングテーブルに食事を用意しています。ご一緒できなくて申し訳ないですが、どうぞ先に食べていてください」


 かちゃりと食器を置く音を立ててから、魔女は奥にある扉の向こうへと消えた。なんだか忙しそうにしている。あの中で俺用の大鍋がぐつぐつ煮えていたらどうしようね。

 にしても、まさか食事まで出してくれるとは。……魔女の手料理。正直言って怖いけど、用意してくれたものを見もせずに無下にするわけにはいくまい。寝起きの怠さが残る身体を動かして、俺は示されたダイニングテーブルに向かった。


 パンとスープとサラダと果物。……と、男。


「うわ」


 つい間抜けな声をあげてしまった。ダイニングテーブルにあった二脚の内の一つに、見知らぬ男が座っている。


 不健康そうな男だった。深い沼みたいに暗い目元とそれを縁取る黒い隈。麗らかな朝の食卓を前にしているとはとても思えない、感情の概念を削ぎ落としたかのような無表情を顔面に張り付けている。座っていても分かるほどに上背があるせいか、あるいは病人みたいに茫洋とした佇まいのせいか、実態以上に痩せ細った印象を受けた。


 男はちらりと俺を一瞥し、そのまま何事もなかったかのように食事を再開した。穏やかでない雰囲気だ。全然冗談が通用しそうにない感じ。

 なんだこの男。魔女の召使い?


「あー、ええと、初めまして。俺、昨日から厄介になってるグラウスってもんだけど、そちらは?」

「……ヨシュアだ」


 淡々とした最低限の言葉だった。怒っているわけではなさそうだけれど、あのやたらとフレンドリーな魔女と比べると殊更冷たい態度に感じられた。

 ヨシュアと名乗った男は既に食事を進めていて、テーブルの上には空になった皿が数枚重ねられている。男の向かい側に並んだ手つかずの料理は、俺に用意されたものだろうか。


 パンが二つに、見たことのない素材が使われたサラダ。それから湯気の立った透明なスープ。品目こそシンプルだったが、ここがバルタラ山であることを思えばあまりにも豪勢な食事であった。


 ……魔女に出された食事を食べることに抵抗がないわけではないけれど。そもそもあの時彼女に助けて貰えなければ俺は今頃魔物の餌になっていたはずで、だったらこの食事を警戒することにどれほどの意味があるだろうか。仮に毒が仕込まれているのだとしても、死ぬ前に満腹になれる分だけお得だね。

 試しにパンを口に入れてみた。柔らかくて素朴な味がして、ここ最近食べたものの中で一番美味しいものに思えた。


 かちゃりかちゃりと控えめなカトラリーの音だけが食卓に響いている。ところで、俺は無言の時間が嫌いだ。人が二人向き合っているのに黙り込んだままでいるなんて、俺にはちょっと理解できない。会話をせずにはいられないんだ、例え相手が無言で食事を続ける不愛想な男であったとしても。

 少しは我慢もしてはみたけど、限界は早々訪れた。


「あのさ、君はバルタラ山で何をしてるの? もしかして龍の魔女の従者かなにか?」

「……そうだ」

「へぇ」


 会話終了。つまんない男だ。俺はコップに注がれていた水を一息で飲み干して、不満を胃の底へと押し込んだ。

 従者、従者ね。こんな山の中で暮らしていくには、確かに従者の一人や二人はいてほしいかもね。魔女は魔物の相手どころか普通の動物にも負けちゃいそうだし、力仕事なんかはたぶんこの男が担当しているんだろう。……従者ってのが本当の話なら。


 魔女は大変扱いやすそうだったけど、この男はどうだろう。


「ねぇ知ってる? パンって五十回以上咀嚼すると、甘味が増すらしいよ」

「そうか」


 にべもない返事だった。が、従者が次に手を伸ばしたのはパンだったし、咀嚼の回数は明らかに増えていた。……なんか、問題なさそうだ。人里離れた山で暮らすとこんなにも純粋でいられるんだな。悪質な商人とか、来なさそうだもんね。


「従者殿はなんでこんなところで従者なんてやってるの? 魔女殿が巷では龍の魔女って呼ばれてるの、知ってる? 昨日魔女殿に邪龍の力を見せてもらったんだけど従者殿も見てた?」

「…………」


 従者は困ったように視線を一度だけ泳がせて、……結局何も答えなかった。無視された、のかな。俺と彼とは、ちょっとかなりとても相性が悪いのかもしれない。

 室内は再び静寂に包まれた。窓の外、遠く遠くの空から甲高い鳥獣の喚く声が聞こえている。


「助けてもらったんだ」

「……ん?」

「龍の魔女というのは、知らない。昨夜の峰の件なら、知っている」


 唐突で訥々とした言葉を、俺はすぐには受け止められなかった。食事の手を止めて、従者の顔を見つめて三秒。それでようやく、彼の言葉が先ほどの質問の答えであると気がついた。どうやら無視されたわけではなかったらしい。

 ……口下手すぎやしないか。てっきり嫌われちゃったのかとばかり。


「龍の魔女のことを知らないのに、魔女の従者をしてるんだ。彼女がなんて噂されているか、聞きたくない?」


 従者は一瞬だけ食べる手を止め、視線をフォークの先から俺に移した。そうして、新鮮なサラダを温かいスープで流し込めるほどの時間をかけて思考した後、ゆっくりと一つ頷いた。気になるよね。そうだよね。


「凶悪な邪龍ヒュドラを従えた龍の魔女が、ここバルタラ山に住んでいるんだって。なんでも迷い込んだ人間を生きたまま煮て食べるとか、内臓を抉り出して魔法の材料につかうとか、気に入らない奴がいたら都市ごと腐らせちゃうとか、そういう噂を沢山聞いてる」

「…………」

「合ってる?」

「……あまり」


 従者は表情一つ変えずに食事を再開した。うーん、やっぱりつまらない男だ。


「ごめん、今のは嘘。本当はそんな恐ろしい噂じゃないんだ。邪龍を大人しくさせた魔女が住んでて、対価次第で願いを叶えてくれるって、それだけ。飲み屋のジジイの与太話の一つさ」

「さっきの話と、随分印象が違うが」

「従者殿がつまらなそうに食事しているから、少し吃驚させてみようと思って。俺なりのコミュニケーションのつもりだったんだ。もうしないよ、女神テレジアに誓って」


 つまらなかったし。

 従者は食べる手を止めないまま、訝しむような目をこちらに向け、……やっぱり何も言わなかった。彼の性格のせいかもしれないし、奥の扉が開く音が聞こえたからかもしれない。


「すみません、お客様がいらしているのに、席を外してしまって」


 扉から現れたのは話題の中心たる魔女であった。何が嬉しいのやら、魔女は向かい合って座る俺と従者とを交互に眺め、にこにこと明るい笑顔を深めた。


「その様子だともう紹介の必要はなさそうですね」

「おかげさまで、すっかり打ち解けたよ。彼、魔女殿の従者だってね」

「……従者?」


 魔女は大きく目を瞬かせた。それから酷く苦々しい顔をして、静かに食事を続ける従者に目を向けた。イタズラの瞬間を目の当たりにした保護者みたいな表情だ。


「私、ヨシュアさんを従者にした覚えはありませんけど。一体どんな紹介をしたんですか」


 従者じゃないんだ。……じゃあ、何?

 自称従者は食事の手を止めることもせず、魔女の問いかけを華麗に無視した。端っから答えるつもりがなさそうな態度だった。こいつ、主人相手にもこういう感じなんだ。いや主従関係じゃないんだっけ? 俺にとってはどっちでもいい話だが。


「ええと、彼はヨシュアさんといって、私の相棒なんです。一緒に助け合って暮らしてるんですよ」


 魔女の捕捉に、従者――ではないらしいが――は小さく頷いた。従者? って聞いた時に肯定したのはこいつなりの冗談? それとも、俺、適当にあしらわれてた?


 多少の抗議を視線に乗っけて従者を見つめてみたが、俺の気持ちが伝わった気配は微塵もなく。やがて従者はかたりと音を立ててカトラリーを置き、食べていた皿を下げに席を立った。まだ食事が残っている様子だったが、……ああ、なるほど。魔女が空いた椅子に座ったことで、俺はこのテーブルには二脚しか椅子がないことに思い至った。


「食事は口に合いましたか?」

「ああ、うん、とても美味しいよ」

「良かったです。じゃあ、さっそくで恐縮ですけども、」


 依頼の話をしましょうか。

 笑顔のままテーブル越しに俺に向き合う魔女と、その後ろに控えるように立つ男。主人と従者の関係じゃないとは言っていたけど、その振る舞いは十分にらしいものじゃないか。

 二人はまっすぐに俺を見ていた。そこに敵意が一片もないことが、かえって不気味でしょうがなかった。話が早いに越したことはないけども、ちょっと呑気に食べていられる雰囲気じゃなくなっちゃったな。


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