第十話 ラードーン
遠くの空に火柱が上がった。青空の下でも煌々と輝く、目を焼くような光であった。
「うひゃー、やってますねぇ」
「やってるね」
フルクエの召集からラードーンの討伐作戦の実施までは、おおよそ一月ほどの期間が設けられた。
魔術兵器の構築、ラードーンの誘導ルートの設定、火止めの紋章魔術の設置、など。準厄災級の魔物を相手どるとはいえ、ここまで大規模かつ入念な準備が可能だったのは、ひとえにテレジア教の介入のお陰に他ならない。
人間の知恵と研鑽によって作り上げられた討伐劇。その締めを飾る大役こそが、フルクエによって作り上げられた篝火隊だ。
ラードーンの討伐任務の成功はつまり、フルクエの理想の体現に等しい。
決められたルートを通りながらラードーンを魔術兵器の範囲内まで誘き寄せること。それが俺達に与えられた至上命題。
たった十三人で構成された篝火隊はさらに四つの組に分けられて、ルート上のそれぞれの持ち場に待機していた。ラードーンの意識が分散しないよう、少人数で気を惹き確実に誘導する算段であった。
上がった火柱の位置を鑑みるに、恐らく今は二番隊が交戦している頃だろう。四番隊としてトリを任された俺達の出番はまだしばらく先になりそうだ。
俺と同じく四番隊――ハズレくじを引かされた隊員の一人たるレッティは、先ほどからずっと暇そうに遠くの空のラードーン模様の実況を続けている。
レッティは赤毛の癖っ毛を雑に一つに束ねた、闊達な若い女性であった。正直、彼女がどうしてテレジア教に所属しているのか、俺は未だに分からないでいる。レッティの信仰心、見たことないんだよな。
「ラードーン、マジで歩みが遅いッスね。蜥蜴じゃなくて亀なんじゃないですか、亀」
「かもね。どっちであっても、俺達がやることは変わらないよ。歓迎の準備をしておかないと」
俺の目の前には本日の主役たる魔術兵器の一基が無音で鎮座ましましていた。俺にはさっぱり分からない複雑な紋様に包まれた最新型の兵器の卵は、ラードーンの到着を今か今かと待ちわびているようにも見えた。
第三部隊にラードーンが渡ったことを確認次第、目の前のコレを含めた三基の魔術兵器を起動するように指示されていた。別のところに配置された二基の魔術兵器にも隊員が一人ずつ待機していて、つまりコイツらの起動のために四番隊は三人もの手数を割いている。
で、四番隊最後の一人のお仕事が、起動までの微妙な空き時間にラードーンの気を惹く囮役だ。
「隊長、たまにはフルクエさんに文句言ったほうがいいスよ。弱っちいのにいつも前線張らされて」
「祭司長殿にもお考えがあるんだよ。俺達みたいな普通の人間には分からない、ご立派な考えがね。それに、弱っちくても、俺は一応隊長だから」
「起動が確認できたら直ぐに助けに行きますからね〜。アタシらが合流するまで、死なないで下さいね」
レッティはケラケラと楽しそうに笑った。こんな状況に置かれてもなお、彼女は大道芸でも見物しているかのような態度を取り続けている。彼女はいつだってこんな感じで、だからこそ篝火隊なんぞに組み入れられてしまったんだろう。
どぉんと大きな音が響いた。だだっ広い草原の向こう側に、新たな火柱が立ち上っていた。
歩む道の全てを焼き尽くすラードーンの誘導は大変な困難を伴う。あちらこちらに炎が延燃したならば、あっという間にメルキルエトの周辺は焦土と化してしまうだろう。……何の対策も打っていなければ。
今俺達が炎に巻かれていないのは、予め丁寧に準備された火止めの紋章魔術とやらのおかげだ。紋章魔術が彫り込まれた杭が等間隔に地面に突き刺さっていて、その範囲内では炎は殆ど燃え広がらない、らしい。
とはいえ、紋章魔術の外側が燃やされたら何の意味もないんだけど。技術側の問題のため、ラードーンの移動ルートはメルキルエト近傍にあるネシュの森の縁ギリギリを通る形となっている。
森の木々に火が移っちゃったらどうしようね。始末書とか書くのかな? フルクエが。
そんな俺のどうでもいい考えを笑うみたいなタイミングで、再び破裂音が響いた。いやほんと大丈夫かなコレ。第ニ部隊の人達も、ネシュの森も、あと俺も。
「また爆発した! 第二部隊、楽しそうッスね」
「それ、第二部隊の人達には言っちゃ駄目だよ。俺の目にはひたすら大変そうに見える」
「えー。でも、隊長だって、ああいう派手なの好きでしょ。いつも突っ込んでいくじゃん……じゃないスか」
「……好きだから突っ込んでるわけじゃないんだよ」
嘘だぁ、とレッティは分かりやすい懐疑の声をあげた。ちゃんと状況を見ててよと俺が彼女の奔放を咎めたその瞬間に、空に真っ赤な光が一条。
第三部隊にラードーンが渡ったことを示す合図だ。
「来たよ。魔術兵器の起動、よろしくね」
「了解ッス。グラウス隊長も、ご無事で」
俺としては、無事じゃないほうが嬉しいんだけどね。
なんて本音を隊員の前で漏らせるはずもなく。頑張るよ、なんて当たり障りのない言葉が無意識のうちに喉の奥から出ていった。
さぁ、交戦開始だ。
今度こそ俺は自由になりたい。自由になりたいと、そう願っていたい。




