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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
過去編 虚飾の火
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第九話 誰も貴方を肯定しない


 ざり、と足元の土が乾いた音を立てた。

 外部の者の目を遮るための高い木の柵と、それに切り抜かれた月の無い夜空。設置されている紋章魔術式のランタンは、今は俺達の周りだけが灯されている。

 閉塞感があった。聖篝火教会の鐘楼が、まるで監視するみたいに俺の事を見下ろしているからかもしれない。


「ラードーンの名は聞いたことがあるか?」

「知ってるよ。メルキルエトのずっと南で発生した準厄災級の魔物でしょ。山火事の中から現れたデカい火蜥蜴」

「……貴殿はこの手の話題に関しては、異様なまでに耳が早いな。説明の手間が省けて助かるが」


 ここは冷えるだろう、とフルクエは教会への扉を示したが、俺は彼女の申し出をきっぱりと断った。汗が冷えるまでフルクエと話をするつもりなんて毛頭なかった。


「で、俺に何をさせたいの。いつも通り沢山怪我しながらラードーンを倒してくればいい?」

「いいや。今回は少し特殊な討伐になる。詳細は後日、篝火隊全員を集めた場で改めて共有するよ。今日のところは、仕事が近いということだけ把握しておいてくれればいい」

「ああそう。なんだって従いますよ、祭司長殿」


 投げやりにそう言い捨てると、フルクエはほんの少しだけ眉を顰めた。


「私が貴殿に望んでいるのは、人々の希望の象徴たる振る舞いだけだ。……貴殿の自由意志を剥奪するつもりは、ないのだが」

「周りはそうは思っていないかもよ。俺が巷でなんて呼ばれてるか知ってる? フルクエの犬だって」

「そういった話は確かに時折耳にする。しかし好意的な意見だってあるだろう。貴殿は少し、情報の取捨選択が恣意的すぎやしないか」

「うるさいな。事実だろうが」


 フルクエは物言いたげに口を開いたが、結局何も言わなかった。俺はお前の期待に応えてる。応えようと努力してる。それで十分でしょ。文句を言われる筋合いなんて、これっぽっちもないはずだ。


「言いたいことはそれで全部? 今回だって身を粉にして働きますよ、市民の皆様の安寧のためにね」

「……期待しているよ。グラウス」

 

 ではまた、とフルクエは来た時と変わらない規則正しい足取りで訓練場を出て行った。俺は彼女の背中がすっかり見えなくなったのを確認してから、左手につけていた革のグローブを取り去った。

 醜い手だ。薄暗いランタンの下でもよくわかる。身を庇う際に左手を前に出す癖のせいで、他の部位よりも一等傷跡がついている。どうせ何度も怪我をするからと、左手を治すのは一番最後と決めていた。

 この腕さえ治れば、人目につく場所の古傷は全て消えてなくなる。新しい傷もいくつか増えてはいるけれど、昔のものさえ無くなるのなら、後は別にどうだっていい。

 

 "上手に"ラードーンを倒すことができれば。そうしたら、俺はこの馬鹿馬鹿しい茶番劇から降りることができるはずだ。

 ……そうなることをずっと望んでいた、はずなのに。どうしてか、俺には仮面を外せる未来が見えない。顔はすっかり綺麗になっているのに、俺は未だに仮面を外すことができない。

 体が全部治って、フルクエと縁を切って、それで俺は救われるのか。無謀な依頼を受けて傷ついて帰ってくるだけの繰り返しに戻るだけなんじゃないか。頼る当ても縁も無く、いつかどこかで野垂れ死ぬのを待つだけの人生。

 だったらこのままここで使い潰された方が、俺は。


 ……どうかしている。

 俺はズレてもいない仮面を丁寧につけなおし、左手にグローブを嵌めた。落ちた木剣を拾い上げ、ランタンに刻まれた紋章魔術の意匠を動かし明かりを落とす。そうして俺は僅かな星明りのみを頼りに訓練場を後にした。努めて何も考えないようにしながら。



□ ■ □



 数日後、フルクエから正式に篝火隊の召集が下された。

 新型の魔術兵器を使用した、ラードーンの討伐作戦。設置型の魔術兵器の射程内にラードーンをおびき寄せることが、篝火隊に課された任務であった。


 強大な魔力の塊を感知して、水弾を射出する魔術兵器。成人男性一人分ほどの高さを持つ柱状の石組みに精緻な紋章魔術をびっしりと施した人間の技術の結晶。設置するだけでほぼ自動的に魔物を駆逐してくれる夢のような兵器……の卵。

 

 攻撃力こそ備わってはいるものの、それは実践投入を目前に控えてなおもいくつかの欠点を抱えたままであった。

 一基あたりの生産コストが高いこと。設置式のため安易に動かせないこと。攻撃と攻撃の間隔が広いこと。命中精度が悪いこと。

 でも、これらの欠点を補って余りあるほどに、人々は新型兵器に期待を寄せている。


「ラードーン討伐作戦には三基の魔術兵器が導入される。メルキルエトとクグエクの中間地点に設置が予定されていて、この場所にラードーンをおびき寄せることが私達篝火隊の仕事となる」

「その場所、些か都市が近すぎやしないですか、祭司長殿。ラードーンのルートが少しでも逸れたら、メルキルエトに突っ込んできますが」

「少しも逸らすな。……とのお達しだよ、グラウス隊長。魔術兵器の輸送等の兼ね合いで、あまり離れたところへの設置は難しいそうだ。この場所だって、譲歩の末に決められている」


 お上のご意向ってやつね。了解了解。

 左手の指先が仮面の端にぶつかって、とんとんと柔らかい音を立てた。聖篝火教会祭壇横に設けられた第二礼拝室は、総勢十三人の篝火隊が使用するには広い部屋だ。俺の手癖が立てる音を聞き咎められることはないだろう。


 説教を行う祭司よろしく祭壇に立って作戦を説明するフルクエは、背伸びをしながら壁に掲示したメルキルエト周辺の地図の数点に印をつけた。


「いくつかの地点でラードーンの注意を惹いて、こちらの意図通りに動かす算段だ。斥候の調査によると、少し攻撃を加えるだけで十分こちらに気を向けてくれるらしい」


 ラードーンの接近に合わせて、数人ずつの組でちょっかいをかけつつ誘導する。話だけ聞く分には随分とシンプルな作戦だ。


「目標地点で待機する組は少しばかり面倒な動きをしてもらう。今回の討伐は魔術兵器のお披露目の役割を持っていてね。私達が手を下すのでなく、魔術兵器がラードーンを打ち倒すのを待たなくてはいけない」

「……それが成されるまで、ずっとラードーンの相手をし続けろと。そういうわけですね、祭司長殿」

「話が早くて助かるよ、グラウス隊長。この役割は貴殿が適任だと考えているのだが、……やってくれるだろう?」


 フルクエはお手本じみた笑顔を作った。お前もこの顔を作れと強制されているような、いつだってそんな錯覚に陥る。

 いいよ、作るよ。それが"希望の篝火"なんでしょ。

 俺はとうに慣れきった表情を浮かべながら、フルクエの望む台詞を、一言一句違えず口にした。


「もちろんです、祭司長殿。必ず成し遂げてみせます。例え自分を犠牲にしてでも」



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