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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
過去編 虚飾の火
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第四話 来客



 夢を見た。俺の顔が焼かれる夢だ。



□ ■ □



 ガンと扉を叩く音が聞こえて目が覚めた。古ぼけた窓から差し込む薄暗い光が、とうに見飽きた天井を照らしている。この家には時計がないから、朝か夕かはわからない。常識的な来客であれば、前者だろうが。


 最低な夢を見ていた。身体中にじっとりと汗をかいていて、酷く不快な気分だった。起き上がることができない。痛みと、高熱と、吐き気のせいだ。

 微動だにしていないというのに、俺の右足は絶えず痛みを俺に伝え続けている。痛みを感じられるだけ幸いなのだろう。千切れていたって、……いや、死んでいたっておかしくない状況だったのだ。


 さりとて、生きていることを愚直に喜ぶには、身体の状態が悪すぎる。俺は粗末な寝台の上で呻き声をあげた。現状へのちょっとした抵抗のつもりだったが、ただただ乾いた喉を傷めるだけの結果となった。


 ガン、と再び表の扉が叩かれる。もう、そんなに強く叩かなくても聞こえてるってば。返事をしないのは、来客を迎え入れる気がないからだ。


 鳥落としの仕事は俺に幾ばくかの金と、生存の名誉と、数多の傷を残した。金の大半は治療費になったし、名誉なんてどうでもいいし、一週間ほど経った今でも傷は治っていない。


 来客に対応できる状態じゃないよ、そもそも起き上がれすらしないんだから。居留守も許されて然るべきだ。

 ……俺はそう思っていたんだけど。でも、来客の方は、理屈が通じる相手じゃなかったらしい。


 ガン、と三度目の音が鳴った。今までの音とは少しだけ響きが違っていて、嫌な予感が過ったのと同時、一切の躊躇いも無い堂々とした足音が続く。……まさか、入ってきたのか? 家主たる俺の許可も得ず?


「邪魔するぞ」


 狭いこの家は俺に猶予なんてちっとも与えてくれなかった。心の準備の一つも出来ぬまま、聞き覚えのない女の声と共に、寝室の扉が力強く開け放たれた。

 俺は身体が痛むのも構わずに跳ね起きた。不法侵入者に対峙するため、ではない。この場から逃げ出すため、でもない。ただ、グラウスの顔である雷鳥の半仮面を身に着けるためだけに。

 この仮面が無くては、俺はまともに人間と相対することができない。……もっとも、来客の方は、ちっともまともじゃなさそうだけど。


 全身の不具合を押してまでとった行動であった。それなのに、ああ、俺の日頃の行いのせいだろうな。ずきりと胸部が強く痛んで、寝台の下の方でかつんと硬質な音が鳴った。仮面を取り落としたのだと思う、恐らくは。正確なところはわからない。両手を顔から引きはがせないから。


 足音がすぐ目の前から聞こえる。望まぬ来客がそこにいるというのに、俺は寝台の上で体を丸めたまま、動くことも声を出すこともできなかった。

 見たのか。なぁ、お前。俺の顔を、見たのか?


「貴殿がグラウスだな」


 病床に堂々と侵入してきた女は、無様に蹲る俺を前にして、嫌になるくらい落ち着き払った声を出した。はいもいいえも言えない俺は、何の解決にもならないことを分かった上で、ひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。

 細やかな衣擦れの音が聞こえて、顔を覆ったままの俺の手の甲に硬い質感が触れる。仮面だ。認識したその瞬間に、俺は女の手から仮面を奪い取っていた。一も二も無く身に着けた仮面の冷たさが、どうにか俺の頭に冷静な思考を取り戻してくれた。


 仮面越し、ようやく開けた視界の中に微笑む女が映り込む。定義をなぞったかのような、型に嵌まった笑顔であった。

 装飾も何もないシンプルな黒の衣服の上に、首から下がったタリスマン。……テレジア教の祭服だ。俺の記憶が正しければ、あの装身具は、身分のある人間のもの。


「初めまして。私の名はフルクエ。聖篝火教会の祭司長をしている者だ」

「……どうも。俺の紹介は、必要ないよね」


 無論だ、とフルクエと名乗る女は一つ頷いた。


 祭司長だって? 俺はテレジア教にはあんまり詳しくないが、祭司長といえば、地方教会のトップだか二番手だかそんな役割じゃなかったか。それもこの都市メルキルエトで一番でかい聖堂である聖篝火教会所属ときたもんだ。

 そんな立場の人間が、どうしてわざわざ俺のところに。やましいことは数あれど、手落ちの心当たりはない。何かの間違いだと思った。それか、質の悪い夢の続きだ。


 この家、見ての通り、祭司長サマをご案内できるような空間じゃないけど? 肺とか痛めちゃう前に立ち去った方がいいんじゃないかな。

 そんな皮肉を言う元気も無くて、俺は寝台から起き上がった姿勢のまま、無言でフルクエを睨みつけた。針のように輝く長い銀髪に、ジョークの一つも解したことがなさそうな冷たい目。満身創痍の俺の前に立つこの女からは、総じて金属じみた印象を受けた。


「貴殿に話があるんだ。構わないか」

「構うよ。見ての通り、ちょっと具合が悪くてさ。今日のところはお帰りいただけないかな。余裕ができたら、俺の方から改めて聖篝火教会に伺うよ」


 当然伺う気なんてこれっぽっちも無かった。それを見透かされていたのかはわからないが、


「聞いていたより元気そうでなによりだ。では、手短に話そうか」


 フルクエは部屋の隅に倒れていた木の椅子を起こし、ドアを塞ぐ位置に座った。帰るつもりなんてさらさらないと見せつけるかのように、優雅に足まで組みやがって。祭司長って人の話を聞けなくてもなれるんだ? 俺も目指してみようかな。


「貴殿の活躍、よくよく聞き及んでいる。泥食みの駆除に、廃都シエガの一次掃討戦。直近では鳥落としだったか。枚挙にいとまのない、目の瞠るような戦果を上げていると」

「活躍? その結果が今の俺だけど。それに、どれも十数人でやった依頼だ。俺はただの賑やかしだったよ。戦果だなんて、言えたもんじゃない」

「賑やかし。ふふ、そうかもな。いずれも貴殿の実力を越えた仕事だ。誰もやりたがらない厄介な役目を積極的に請け負って、その度に貴殿は死にはぐっている」


 そこまで知っていて、活躍だの戦果だのといった言葉を使ったんだ。良い性格してんね。


「俺を嘲るのもお仕事の一環? お勤めご苦労様。出口は貴方の後ろにあるよ、祭司長殿」

「気分を悪くさせたならすまない。もちろん、本題は別にあるとも」


 すまないだなんてちっとも思ってないだろお前。どうにか文句を言ってやりたかったが、ぐわんと大きく視界が歪んで、俺は薄っぺらい毛布にしがみつくので精一杯だった。


 一番酷い部分は毛布の下に隠れているけど、それでも俺の惨状は分かるよな。溶けそうな程の熱に苛まれていること、見ただけでも伝わるよな。

 祭司長だかなんだか知らないけど、帰れよ、帰れよ、帰れよ。二度と顔を見せるな、二度と俺の顔を見るな。


 頭の中に渦巻く言葉は、どれ一つとして声に出すことは出来なかった。こんな時でも俺はグラウスらしい台詞を整形しようとしていて、いくつもの言葉を取り落としている。負荷のかかった脳味噌が熱で焼き切れ、思考が途切れる工程を二度ほど繰り返した後、俺は全てを放棄した。この不躾な来訪者相手に言葉を弄するのも馬鹿らしく思えた。


「無理をさせるつもりもないよ。貴殿は私の話を聞いて、ただ頷くだけでいいんだ。それで私の話は終いさ」

「じゃあ、さっさと、言えよ」


 そうだな、とフルクエは銀色の髪をさらりと揺らした。頷きとも身じろぎともつかぬ動作であった。

 何を言われても断るつもりだった。どうせろくでもない話に違いないから。だから俺は、言うなれば、油断していたのだろう。決定的な敗因を一つ選ぶとするなら、きっと彼女の話をまともに聞いてしまったことである。


「貴殿に篝火隊の隊長を任せたいんだ」


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