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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
過去編 虚飾の火
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第三話 君の行動は正しい


 夏忌鳥なっきちょうが飛んでいる。

 真っ青な真昼の空を覆い隠さんとする大翼。見上げた俺の視界のほとんどを埋め尽くす、黒い影。すぐそばで金切り声を上げている魔物と同じ魔物だとは思えなかった。一方は今もなお絶命の一途を辿っているというのに、どうしてアレは悠々と空を飛んでいるのだろう?


「グ、ラウス、さん」


 背後から小さな声が聞こえて、俺は自分の思考が止まっていたことを自覚した。いけない。こういうとき咄嗟に動けなくなってしまうから、俺は怪我が絶えないんだ。


「静かに。そこの樹の影に入って」


 ジャスターの背を押すようにして、俺達は背の高い草むらの中、空からは容易に見えない場所へと身を隠した。その間にも、ガチガチと石同士をぶつけ合うような音が絶えず空から落ちてくる。同族の悲鳴で気が立っているんだろうね。マジで、本当に、心底、最悪。


 なんで元気な夏忌鳥が我が物顔で羽を広げているのかな。どこかの組がヘマをしたのか、あるいはそもそも巣の数が過少報告されていた? 配られていた毒薬が粗悪品だったのかもしれない。

 人災なのは間違いないけど、でも、咎める相手も余裕もないな。俺達二人じゃ、アレの相手は無理だ。


 空から威嚇を繰り返していた夏忌鳥は、姿の見えない同族殺しをより真剣に探すためか、どさりと巨体を湿地の上に落とした。巣の中で眠っていた個体をさらに二匹ほど混ぜ合わせたかのような体躯は、明らかに一歳や二歳ではきかない年数を生きている。

 ……耐性?

 

「逃げましょうよ。ねぇ」

「賢明だね。でも、ちょっと、先に周りに異常を伝えた方が良いかも」

「そんなの、今することじゃない。急いで逃げて、どこか別の組に合流すりゃいいでしょう」

「下手に動いてアレに気づかれる方がリスクだよ。俺達だけじゃアレに追われたら逃げられない。浮巣の奴らが喧しいうちに合図を出して、救援が来るまで隠れている方が良いと思う」


 問題は、それをどうやって行うかなんだけど。

 光を放つ紋章魔術は使ってしまったし、この喧騒の中では警笛を鳴らす意味もない。あの夏忌鳥に気づかれずに遠くにいる鳥落とし隊に合図を送ることが、果たして可能なのだろうか。


 ジャスターの言うように今すぐここから離脱するのが正解か? その一案は、怒り狂う夏忌鳥が俺達の隠れ潜む七つ隣の大木に体を叩きつけたことで、完全に無いものとなった。

 うーわ、粉々。木々も沼地も障害にならない相手に対して鬼ごっこなんて仕掛けるべきじゃないよ。まだかくれんぼの方が勝機があるんじゃないかな、たぶん。


「グラウス、さん」

「なに」

「なんで、笑ってるんですか」


 笑ってないよ。

 俺の返事は、次なる大木の爆散する音によってかき消えた。……かくれんぼも時間の問題だな。ここからどうする。どうしよう。どうすればいい。


「……オレの夢はS級冒険者になることです」


 ぐるぐると回り続ける思考の渦を、震えと怯えと決意の混じった声がせき止めた。


「誰よりも強くなって、オレを馬鹿にした奴らを全員見返してやるんです。絶対に」

「……ジャスター?」

「だからオレは、こんなところで犬死にするわけにはいかない」

「……」

「グラウスさんは、誰かの役に立ちたいんでしょう」


 そうだねって言おうとした。そのたった四文字すらも言えなかった。

 どんと強く胸部を押されて息が詰まる。視界がブレて、気がついたら目の前には真っ青な空が広がっていた。複雑に絡まる木の根に足をとられながら、俺の体が草むらの外へ、夏忌鳥の眼前へと投げ出されていく。


「だったら、オレの役に立ってください」


 嫌にゆっくりと流れていく視界の奥に、小さくなっていくジャスターの背中が見える。俺を囮に逃げ出していく、ジャスターの姿。


 ……まいったな。それ、最適解かもしれない。


 俺の体が重たげな水柱をあげた。手当たり次第に周辺環境を破壊していた夏忌鳥の動きが止まって、代わりにがちがちと嬉しそうな威嚇の音が聞こえてくる。毒にまみれた奴らの断末魔は、いつの間にやら聞こえなくなっていた。


 前後左右すら不覚の泥の中で、俺はがむしゃらに体を跳ね上げた。今日ほど仮面に感謝したことはないかもしれない。仮面を外すだけで泥土から視力を取り戻すことができるから。


 沼から体を起こした俺の視界に飛び込んできたのは、直近まで俺が沈んでいた場所に嘴を突き刺す夏忌鳥の姿であった。

 避けられたのは偶然だ。俺の身体能力じゃあ、たぶん二度目はなさそう。


 泥に塗れた夏忌鳥の目が俺を捉える。剥き出しになった俺の素顔をあげつらうような、やめろ、見るな。魔物にだってこの顔を見られたくはない。やめろ。見るな。見るな。


 がちがちと余裕ぶった威嚇音が聞こえる。俺を嘲っているのか。なぁ、お前も俺の醜態を笑うのか。


 ぞぶりと水音が立った。次の瞬間には、俺の体が強かに打ち据えられていた。

 無様に転がった俺の姿を夏忌鳥が見下ろしている。餌箱の雑穀を啄む鶏みたいな調子で嘴の先端を俺の右足に突き刺していく。


 ああ、もう、最低だ。俺は革製のグローブの下に仕込んでいた一枚の紋章魔術符を取り出した。

 この湿地では火気厳禁。所々に可燃性のガスが溜まっていて、小さな火種でも爆発的に広がってしまう危険性があるから。周囲の味方を巻き込んでしまわないための、最低限の配慮。


 俺には一切関係のないルールだ。だって俺に、味方はいないし。


 指先で紋章魔術の欠けた部分を覆う。指向性のある火花がばちりと夏忌鳥の眼前で爆ぜる。

 意図していない小爆発が二、三回。それから派手な光と爆音を立てて、夏忌鳥の左方の空間が吹き飛んだ。


 幸運なことに俺への影響は殆ど無かった。けれどその分威力も十分ではなかったらしい。濛々と立ち上る黒い煙と肉の焦げる嫌な臭いの中、平然と体を起こす夏忌鳥の姿が見える。


 なんとかなってはくれないか。でもここまで大騒ぎすれば他の人達も異常に気づいてくれるでしょ。

 後は救援がくるまでどうにかこうにかアレから逃げ続けるだけでいい。簡単過ぎて笑えてくるね。この体で? この右足で?


 喉からくぐもった笑い声が溢れた。自嘲、諦観、それから厭世。

 ……生きて帰れたらいいよね、本当に。


 



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