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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
過去編 虚飾の火
39/51

第一話 鳥落とし


 鳥落としという仕事がある。読んで字のごとく、鳥の魔物を倒す仕事だ。


 世界に蔓延る魔物の脅威から身を守るために、人々は居住区に高い壁を築いた。安寧と不自由とを天秤にかけるこの目論見は、現在のところ大変うまく機能しているが、完璧というわけでもない。

 

 魔物除けの魔術を施した大壁は、人類の生活を守る最大の砦ではあるが、所詮はただの壁に過ぎない。魔物除けの効果は上空までは及ばないのだ。

 つまり、空からやって来る魔物に対しては、大壁はいっそ面白いくらい無防備。都市に住んでいる人々は、毎日毎日致命的な弱点を仰ぎ見ながら日々の生活を送っているのである。


 とはいえ、弱点であることは既に知れているのだから、対策は可能だ。鳥に襲われるのが怖いのなら、俺達が先に鳥を襲ってやればいいわけだ。


 それが鳥落とし。毎年毎年夏のくる前に行われる、都市メルキルエト恒例の魔物狩りである。



■ □ ■



 都市メルキルエトより南部。とりわけ日差しの強い昼の空の下、広大な湿地帯の中を俺達は進んでいた。ぼこぼこと不規則に迫り出した太い樹の根と泥濘の中、進行する人間の影が十一。今年の鳥落としに従事する、憐れで訳ありな冒険者達である。


 鳥落としというのは、言うなれば公共事業に近い。誰かがやらないといけない仕事だ、例えそれがどんな危険なものであっても。

 じゃあそれをやるのは一体誰か? ……毎年毎年生じる問題だ。この仕事、正直、誰もやりたがらないんだよな。


 冒険者ギルドにおける規定違反のペナルティだったり、冒険者等級を迅速に上げたい野心家の足掛かりだったり、単純に金目当てだったり。鳥落としの従事者は、そんな切実な理由を抱えている者ばかりだ。

 あるものは酷く億劫そうに、またあるものは成り上がりを夢見て漲る活力を有り余らせて。俺はそんな十人十色の背中を見ながら黙々と歩みを進めていた。

 見たくて見ているわけじゃない。ただ俺が一行の殿を務めているというだけの話である。


 べちゃりと足元で泥が跳ねた。熱と湿気が不快でならない。もう一時間ほどぐしゃぐしゃの沼地を歩いているけれど、目的地がまだずっと先であることを俺は知っている。


 今年の臨時パーティのリーダーは大層やる気のある男で、後方を顧みる様子も見せずに前へ前へと進行を続けていた。そのせいで俺達の成す列は中程で分断されつつあって、もっとも後方にいる俺の目からはリーダーの背が遠くに辛うじて見えるばかりだ。


 今年も苦労しそうだな。

 最後尾であるのをいいことに、俺はそっと溜息を吐いた。そうしてさらに三歩ほど歩みを進めたあたりで、


「あの、グラウスさん、ですよね」


 俺の前を歩いていた男が、不意にこちらに振り返った。もしかして、俺の溜息、聞かれていたかな。


「そうだよ。俺がグラウス。よろしくね」

「あの、オレ、ジャスターって言います。よろしく」


 知ってるよ。顔合わせの時に互いに自己紹介しただろ。

 なんて余計なことは言わずに、俺は口元だけで笑顔を作った。彼が俺に話しかけてきた理由に、さっぱり心当たりがなかった。


 ジャスターは今年の鳥落とし従事者の中で最も若い見た目を持つ、誠実そうな男だ。規定を破ったり金に困ったりする性格には見えないので、恐らく何らかの野心を持って鳥落としに参加した手合いだろう。

 俺の苦手なタイプだ。真顔で性善説を説いてくるような、そんな感じ。そんな男が、どうしてか俺との会話を望んでいるらしい。お小言かな。


 壁外でおしゃべりなんて、本当はするもんじゃないんだけど。話せる相手が近くにいるのに会話をしないでいることは、俺にはとても難しい。

 わざわざ殿を引き受けていたのもそういう理由あってのことだが、……向こうから来られちゃったら、どうしようもないな。

 俺は笑顔を浮かべたまま、どうしたの? なんて白々しくジャスターに水を向けた。


「グラウスさんの名前、聞いてます。昔泥食みの討伐要請も受けてましたよね」


 泥食み。懐かしい名前だ、と思った。

 あれはおよそ二年前、都市クグエクの北側に巣食っていた魔物だ。丁度今歩いているような泥濘の中に棲息する、魚と虫を半々で混ぜたような奴だった。


「ああ、泥食み。覚えてるよ。人手が足りなかったおかげで、俺も末席に入れてもらえたんだよね。それが?」

「オレ、尊敬してて」


 尊敬。およそ俺に向けられた言葉だとは思えなかった。

 ジャスターの歩みが故意に遅くなって、俺の隣に並ぶ。彼の視線が俺の顔――雷鳥の仮面に突き刺さっていて、とても居心地が悪かった。


「……どうして? あの時の俺、結構目も当てられない感じで帰還してきたように記憶してるんだけど」


 泥食みという名は、個体ではなく集合を指している。異常気象によって生まれた尋常でない数の魚虫が、泥という泥の中を埋め尽くしていたから、泥食み。

 最悪な討伐だった。人の腕ぐらいの大きさの魔物が何体も何体も何体も体に取りついてきて、……あまり思い出したくはない光景だ。あれは本当に楽しくなかった。


「酷い怪我を負って帰ってきたのは、グラウスさんだけじゃなかった。そういう人達は冒険者をやめたりとか、そうでなくても、もう二度とあんな依頼は受けないって人ばかり。でもグラウスさんは違う」


 少しずつ強くなる彼の口調と、泥を蹴る足。前を行くパーティメンバーの背中までは、少しばかりの距離がある。俺は意図的に歩調を速めた。


「あの後だって、デカい依頼があれば積極的に参加してるし。鳥落としだって毎年じゃないですか。普通にできることじゃない。オレ、本当にスゲェって思ってて」

「そっか。嬉しいな」


 嬉しいわけないだろ。怪我を負っても挫けてないからスゴい。頑張っているからスゴい。……だからなんだっていうんだ。

 それらの討伐で立派な戦果の一つでもあげられていたら、話はまた違ってくるんだろうが。冒険者としての俺の実力は平々凡々で、今に至るまで数合わせ以上の役に立てた実感はない。


 お前だって本心では俺のこと、不相応な依頼ばかり受ける馬鹿な奴だって思ってるんだ。そんなこと、俺が一番よく知っている。


「グラウスさんは、なんでそんなことが出来るんですか?」

「……そういう君はどうなの。例えば今回の鳥落としとか、どうして参加しようって思った?」


 質問を質問で返すのは、少し意地の悪いやり方かもしれない。だがジャスターは気を悪くした様子も見せず、むしろきらきらとやる気に満ちた瞳を一層輝かせた。


「そりゃあもちろん、手柄を立てるためですよ! オレの夢はS級冒険者になることです。オレ、まだB級だけど、こういう依頼を沢山受けて誰よりも早くA級に上がりたくって」


 今回の討伐対象たる夏忌鳥なっきちょうは、本来A級相当の実力が求められる相手である。ただ、鳥落としのように大規模で実施される依頼は、とにかく人数を揃えたいがためか冒険者等級の制限が緩く、B級冒険者でも受注が可能なケースが多いのだ。

 要は、上位の魔物と相対できる格好の機会。ここで経験を積み実力を示すことができれば、手っ取り早くA級に上がれる……って魂胆か。


 素晴らしいね。やる気があって、野心に満ちてる。有望な若者だ、俺とは違って。

 そんな人間が、俺を尊敬? あり得ないな。本気なのだとしたら、彼が俺という人間を見誤っているということだ。


「君みたいな冒険者がいるなら、メルキルエトも安泰だね」

「それで、グラウスさんはどうなんですか? グラウスさんはどうして鳥落としに?」

「俺? うーん、理由を言葉にするのは少し難しいけど……」


 なんて悩む素振りを見せながらも、俺の答えはとっくに定まっていた。ジャスターみたいなことを聞いてくる奴、結構いるんだ。だから俺は毎回同じ言葉を返している。薄っぺらくて扱いやすい、ただひたすらに耳障りの良い言葉を。


「俺みたいな人間でも、少しは誰かの役に立てるって思いたいから、かな」

「……グラウスさんみたいな冒険者がいるから、メルキルエトは安泰なんでしょうね」


 俺は曖昧な笑顔を見せた。上辺を適当に取り繕っただけの会話も、ジャスターの調子の良い態度も、メルキルエトの平和すらも、俺にとっては大して興味のないことである。


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