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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第三十八話 エピローグ


 バルタラと呼ばれる山がある。五十年ほど前に邪龍が住み着いたとされる山だ。

 邪龍のせいかどうかは知らないが、山頂への道は酷く険しい。周辺地域と比べて異常に強い魔物がわんさか湧いて出てくるし、魔力によって変質した妙な植物が我が物顔で生えているせいで歩くことすらままならない。


 一度登った身だからこそ言えることだが、あの場所は人間が足を踏み入れていい土地ではなかった。どれほど深刻な理由があろうと、命と引き換える覚悟を持っていたとしても、けして近寄るべきじゃない。ましてやあの山頂に住もうだなんて、まともな神経してたら空想することすらしないだろうよ。


「だからさ、引っ越しとか考えてみない? 何度もここに来るの、普通にしんどいんだけど」

「いえ、あの、…………なんでまた、いらっしゃったんですか」


 相変わらず雑多で小奇麗な小屋の前、勝手知ったる顔で扉を叩いた俺を迎え入れた魔女は、心底呆れかえったような声を出した。桜色の髪を二つに結わえた、純朴そうな少女であった。壮健そうでなにより、俺と違って。彼女の視線の大部分は、真っ赤に染まった俺の服に注がれている。


「……返り血ですか?」

「いや、自分の血。助けて」

「何をしているんですか!?」


 そう言いながらも、魔女は一切の躊躇もなく突然の来訪者たる俺をてきぱきと家の中へと受け入れてくれた。相変わらず尋常じゃないほどに人が良い。人じゃないのに。人じゃないから。


「でもさ、聞いてよ。前と違って、今回の俺はしっかり準備してきたんだ。質の良い治癒の紋章魔術をね、自分で持ってきた」

「じゃあさっさと巻いてその辺座っててください。ヨシュアさん、ヨシュアさーん!」


 どことなく雑に俺を扱いながら、魔女はばたばたと奥の部屋へと消えていった。俺は懐かしさを感じるあの日と同じソファに座って、だいぶ重症の左腕周りに紋章魔術を巻きつけようとして、……右手も痛めているからうまく巻けない。困ったな。


 魔女に助けを求めようかと顔を上げた時、タイミングよく奥のドアが開いた。ただ、出てきたのは魔女ではなく、従者の方であった。深い沼みたいな暗い目元を湛えた、不健康そうな男だ。こっちは壮健かどうかわからない。


「……?」


 コイツなんでいるんだ? って顔してるね。あんまり表情変わってないけど、それでもなんだか伝わってくるものがある。


「ごめん、うまく巻けないから、手伝ってくれないかな」

「俺が、巻くのか……?」


 包帯を巻くくらい誰でもできるでしょうよ、と思っていたのだが、従者がやたらと恐々紋章魔術を手にするせいでなんだかじわじわと不安が湧いてきた。やっぱり自分で頑張ろうかなって体よく断ろうとした丁度その時、ばたんと勢いよく隣の部屋のドアが開いた。


「痛み止め、何種類か見繕いましたけど。怪我の程度はどのくらいで?」

「ええと、意識が飛びそうなくらい」

「……一番強いのをどうぞ」


 水も拒否権も何もなく口内に怪しげな丸薬が詰め込まれる。その間行動を止め損なった従者が紋章魔術布をなんとまぁ乱雑に俺の体に巻き付けていて、俺は治療されている怪我人と言うよりは捕縛された犯罪者みたいな様態になりつつあった。

 この全体的にズレている感じ、懐かしい。実に一年ぶりのことである。


「こんな怪我をしてまで、どうしてまたバルタラ山に……。あ! また私達に何かを壊させようとしているんですか? 悪いことは、絶対にしませんからね」

「安心して。俺だって悪いことしたいわけじゃないんだ。でも、我慢しすぎたら爆発してしまうかもしれないし、そうなったら皆が困るだろ。だから何とかして折り合いのつくラインを探しているんだ。ラードーンの炎みたいな都合の良いものを見つけてきたら、また俺の事を助けてくれる? 約束したよね。忘れてないよね?」


 俺が一線を越えちゃう前に、頼むよ。ね。その時はお礼だって用意するし、俺の出来る範囲のことなら何でもするよ。ねぇ、魔女殿、あの時助けてくれるって言ったよね。言っただろ。助けて。


 魔女はどこかうんざりしたような表情を見せながら、「そういうの、笑いながら言う事じゃないですよ」と応えた。その指摘、心当たりがないな。俺は誠実に頼んでいるのに。


「グラウスさん、なんというか、あからさまになりましたね」

「二人にだったら自分を見せてもいいって思えるんだ。信頼の証だね」

「はぁ、わかりましたよ。とりあえず話くらいは聞きます。今度は何をしでかしたいんですか?」

「ああ、待って、魔女殿。今日は依頼をしに来たわけじゃないんだ。いや、邪龍の力はいつだって見たいけど、まだ壊していい物を探している途中で」


 では本当の目的はなんです、と魔女は大層疑わしげに腕を組み、じっとりと俺を見据えた。包帯を巻きつけるという大役を終えた従者もまた、魔女の後ろに控える位置に移動して、物言わず淡々と俺のことを見ている。


 少なくとも形だけは疑いのポーズを取っている魔女と従者とを前にして、俺はついつい苦笑を溢した。彼女達には俺がここにいる理由が全く思い浮かばないみたいだ。

 仕方がないことなのかもしれない。こんな危険な辺境で、人間から離れるために窮屈な生活を良しとして、それにすっかり慣れてしまってさ。


 駄目だよ。人間よりずっと優しい化物が、そんな不自由に過ごしているなんて。あまりに理不尽で、不公平で、退屈だろ。


「俺の目的、何だと思う?」


 魔女と従者は互いに顔を見合わせる。わかります? わからない。そんな二人のやり取りを眺めながら、俺はほんの少し先の未来を考えた。南方の都市ならいくらだって紹介できるし、北方にある海とやらにもいつか行ってみたいと思っていたんだ。西方にはメルキルエトより大きい都市があると聞くし、この二人に東方を案内してもらうのも面白いかもしれない。


 死のリスクを負ってまでまたバルタラ山を登ってきたこと。それがこの気持ちの証明だ。


 さて、そろそろ答え合わせをしよう。

 友人を遊びに誘いに来たんだ。そう伝えたら、二人は一体どんな顔をするだろうか。

 



 魔女と邪龍の化物証明 完


____________

 ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。コメント等リアクションいただけると励みになります。


 リリエリとヨシュアの過去編に相当する話も書いております(龍の呪いの殺し方というタイトルです)。完結済みですので、よければこちらも読んでいただけると嬉しいです。


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