第三十一話 願わくば化物然とした答えを
「なのに、どうして魔女殿はここに来たのかな」
「この場所を指定したのは、グラウスさんじゃないですか」
明後日。
最初にネシュの森で出会った場所で、と約束をしていた。ただし時刻は夜でなく、太陽の傾きつつある昼下がりであった。
俺は転移結晶を介して森の近くまですぐに移動できる、魔女と従者とは違って。だから都市を出るときは別行動だと予め伝えていた。今となっては、彼女達と顏を合わせずに済む理由があって良かったと思った。夜が明けるまでネシュの森で待ちぼうけて、ああやっぱり二人は来なかったって後悔したかったんだ。そのはずだったんだけどな。
約束の場所で待っていた俺の目に映り込んだのは、ぱんぱんに荷物を詰め込まれた真新しい荷車と、その傍らに立つチグハグな、しかしもはや見慣れた二人組であった。半仮面を被った俺の姿を認めるや否や、魔女はにこにこと人好きのする笑顔を浮かべながら俺に大きく手を振った。
なんだこいつら。なんでこの二人は普通に待ち合わせ場所にやってきたの? 警戒心も錆跳通りで売り払ってきたの?
仮面越しにも伝わるほどに奇妙な表情を浮かべた俺を見て、魔女は如何にも気遣わし気に首を傾げた。
「グラウスさん、どうされました? お疲れですか?」
「今ね、どうしたらいいのかを考えているところ。そうだな、ええと、荷車を新調したんだね」
「お気づきになりましたか。実は持ってきた荷車が一昨日の夜に盗難に遭いまして。でも、偶然通りかかった親切な商人の方が、私達に新しい物を売ってくれたんです」
「運が良かった」
「ラッキーでしたね」
いやぁ、どうかな。嬉しそうに顔を見合わせているあんたらには伝えにくいけど、俺の予想では一連の流れは全部、その商人によるマッチポンプだぜ。
「出発準備は万端です。グラウスさんも問題ないですか? 例の成功報酬、ちゃんと持ってきていますか?」
「……ああ、持ってるよ」
俺は腰に下げた革鞄から小さな小瓶を取り出した。アルセダ顔料三番。中に詰まった深い緑色を確認し、魔女は「ばっちりですね」とやたらと元気な声を上げた。
「さぁ、ラードーンの炎を消しに行きましょう!」
魔女が何も考えていないのか、従者が何も伝えていないのか。真意を測りたくて従者の表情を窺えど、そこに答えが書かれていようはずもなく。思考を纏める時間もないまま、軋む荷車に急き立てられるようにして俺は歩き出した。向かうはネシュの森最奥。その先に燃え盛る、ラードーンの消えない炎。
どうせ俺は黙っていられない。彼女達への問いかけを、我慢することなんてできない。
願わくば化物然とした答えを。魔女と従者が人間から遠く遠くかけ離れた存在である証左を、俺は今でも諦められないでいる。
■ □ ■
待ち合わせ場所もラードーンの炎も、地図の上では共にネシュの森の範囲だ。だからって近いわけじゃない。ここからさらに二、三時間は歩く必要がある。
疎らな樹幹から差し込む陽光の下を、俺達はあたかも仲の良い冒険者パーティかのように横並びになって歩いていた。現地についてから魔女と従者が行う行動の全てを、俺は一切聞かされていない。
「ねぇ、日暮れに合わせて現地についていたいって言ってたのはなんで? 魔女殿や従者殿にとっては、夜に移動する方が都合がいいんじゃないの」
荷車の上から、魔女がひょこりと顏を上げた。
「そりゃあ、だってグラウスさんもいるんですから」
「……俺のため?」
「炎のところまで、私達と一緒に来て下さるんでしょう? ヨシュアさんがいれば滅多なことにはなりませんが、万が一はありますからね。なるべく安全な昼間の方がいいかなって。……まぁ、消火自体は夜じゃないと駄目なので、妥協の夕方ですけど」
「あの規模の炎を消すのは、陽の下では難しい。調子が出ない」
現場についてから夜を待ち、それから邪龍の力を使って炎を消すのだと魔女は語った。具体的な方法には全く触れられなかったが、きっと彼女達にとってその部分は考える必要もないほどの些事なのだろう。
俺は「へぇ」だの「うん」だのといった気の無い返事を挟みつつ、ひたすらに前へと歩き続けた。先ほどから聞こえている規則的な硬い音は、俺が仮面を爪で叩く音であったと、今になってようやく気がついた。
自分がどんな表情をしているかわからないから、隠すために仮面をつけていた。まだ外せない。俺はまだ、二人の答えを聞いていない。
「ねぇ魔女殿。森と草原の境って、なんだと思う?」
「難しいことを聞きますねぇ。大昔にカートグラファーの真似事をしていた時は、空の半分が葉っぱで覆われていたら森だって教わりましたけど」
「じゃあここは、完全にネシュの森の中だね」
かちかちと耳元で音が聞こえる。会話を止めてはいけないと、何かが俺を絶えず急かしている。
「人間と魔物の境って、なんだと思う?」
「……難しいことを、聞きますねぇ」
「難しいよね。俺も、つい最近難しいなって思い始めた」
「あはは、気を使って欲しいわけじゃあないですよ、私達」
がたがたと喧しい荷車と、普段と比べて気味が悪いほどに静かなネシュの森。何も言わずに荷車を引き続ける従者と、その荷台に乗って穏やかに笑っている龍の魔女。それから、人の姿をした化物の隣を歩く俺。
「……一つ、どうしても聞きたいことが、あるんだけどさ」
俺は一つ大きく息を吸い、服の内に隠した魔物除けの上に手を置いた。
魔女は今でも俺の願いを叶えてくれようとしている。出会った時と変わらない、人の良い態度のまま。俺によって傷をつけられたはずの従者は、まるでそんなこと忘れてしまったかのように振る舞っている。
ならこれ以上余計な事は言わない方が良い。こいつらは願いを叶えるための道具なんだと割り切って、俺はただ己の望みを果たせばいい。三日前のグラウスならば、きっとそれが出来た。
……今の俺には、それができない。
「二人はどうして、まだ俺の願いを叶えてくれようとしているの?」




