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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第三十話 境界線のこちら側


 従者は思いの外早く戻ってきた。


 話の流れで教会の敷地を出ていた俺は、そのまま裏通りの影で従者のことを待っていた。外で待つなんて一言も伝えていないが、従者はなんの躊躇いもなく俺の前へと現れた。


「満足した。ありがとう」

「良かった。案内した甲斐があったよ」

「……なんだか、疲れていないか」

「話を故意に引き延ばすのって、結構神経使うんだ」


 流れもわかっていないだろうに、「大変だな」と従者は言った。俺は返事をしなかった。この男だって大概返事をしない。それに対する意趣返しの気持ちが無いと言ったら嘘になる。


「何を祈ったの」

「世界平和と魔物根絶」

「はは、叶うといいね」

「それで、篝火隊というのはなんだ」


 なんだ、忘れていなかったのか。


 一昨日の酒場でも、従者はテレジア教の話に突っかかってきたっけ。あの時は邪龍故の警戒だと思ったが、今にして思えば、信徒としての興味に基づいたものだったのかもしれない。……どうでもいいか、従者の内面の違いなんて。

 歩きながら話そうよ、と促して俺達は移動を始めた。次の行き先を尋ねていないが、どうせまたテレジア教の教会に行きたいと言い出すに違いない。彼の意向を聞かないまま、俺は従者を外街の教会に案内するつもりでいた。


「ええと、篝火隊っていうのはね、」


 適当に嘘を吐く選択肢が頭を過ったが、俺はなんとかその誘惑を突っぱねた。従者の耳がどれほどの情報を拾っているのかを、俺は判断することができない。この状況で嘘を吐くのはリスクが大きい。


「……篝火隊は、テレジア教のメルキルエト教区が有する魔物殲滅部隊の通称だよ。冒険者の自由意思に任せてたら誰も手を出さない厄介な案件を解決するために結成された、テレジア教の武力組織だ」

「それでラードーンの討伐に駆り出されていたのか」

「篝火隊の人らには気の毒だけど、俺みたいな一市民にとってはありがたい話だよね。面倒事をぜーんぶ任せられるんだからさ」

「……どうしてグラウスが、そんなことを言うんだ」


 どうして? そんなの決まってるでしょ、ラードーンがその辺うろついている状況でぐっすり安眠できるわけがないじゃん。篝火隊が、魔術兵器が無かったらこの都市の端っこくらいは焼け落ちていたかもしれないんだよ。


 そのようなことを、半歩後ろを歩く従者の顔も見ないまま、俺は長々と捲し立てた。左手の爪が目元に当たって、小さな痛みを俺に伝える。そういえば今日は仮面をつけていないんだった。教会なんぞを巡ったせいで、そんなことも忘れていた。

 苛々する。いいや、この感情が苛立ちというよりも恐怖に近いものだと、本当は分かっている。どうにかして自分を騙していたかった。従者が俺に疑問を抱いたその意味に、必死に気づかないふりをしている。


 「そうではなく、」と言い淀む声は変わらない。俺がこんなにも心臓を働かせている傍らで、従者の言葉は平坦だった。それでも俺は、彼が次に口にする言葉を予想することができた。あるいは、言わないでくれと切に願っていた。


「篝火隊の隊長は、グラウスのことじゃないか」


■ □ ■


 従者の言葉に返事をしないまま、俺はただただ歩む足の動きを速めた。

 人の行き交う道を行き、中街と外街を隔てる壁を越え、俺達は都市の外側に向かう。第二の大壁が近づく程に、華やかだった街並みがどんどん殺風景になっていく。

 壁外に近いこの場所は、中街に置いておけないものを追いやる空間として作られた。特にこの辺りは裕福でない者の居住地や、音や臭いを伴う作業場や、ゴミ捨て場と見紛うような倉庫が雑多に詰め込まれた地区だった。真昼間だというのに、先ほどからずっと人間に出会うことがないのだ。もっとも、俺がそういう道ばかり選んでいるわけなんだけど。


 金属同士を叩きつける音がどこかの工房から響いている。天井を高くとった建物と建物の隙間にできた、薄暗く冷ややかな通りであった。

 ガシャンとけたたましい音が鳴って、俺は足を止めた。馬鹿みたいな話だけれど、こんな状況でも俺は、無言に耐えることができない。


「さっきの人達、俺の名前、出してた?」


 往生際の悪い俺の問いかけに従者は頷いた。落胆に似た諦めが、俺の胸中を満たしていった。


「どこまで聞いた?」


 テレジア教の擁する魔物殲滅部隊、篝火隊がラードーン討伐作戦を実行したこと。討伐には成功したが、その際魔術兵器の範囲内にラードーンをおびき寄せる役を担った数名が負傷したこと。それから、


「本件で酷い深手を負ったグラウス隊長が、長らく姿を見せていない、と」

「……恥ずかしい話を聞かれちゃったな。魔女殿には、内緒にしてもらえる?」 

「それは、…………無理だ」

「そうだよね」


 ガンと鈍い音が鳴った。従者の体を、通りの壁に叩きつけた音であった。


「そうだよ。俺が篝火隊隊長のグラウス。よろしくね」

「……よろしく」


 胸ぐらを掴まれて薄汚れた壁に押し付けられている状況というのに、従者は馬鹿正直に挨拶を返してみせた。喉が押し潰されているせいかやや掠れてはいたものの、その声に感情の類はない、ように思えた。


「俺、魔物が嫌いでさ。だから隊長なんかやってて、だからお前らに会いに行ったんだ。どうにかして魔女と邪龍を殺してやろうって思って」

「……」

「俺は弱っちい人間だけれど、ここは都市の中で、魔物除けだってある。今だったら、俺だってお前を殺せる」

「……少し、落ち着かないか」

「従者殿の次は魔女殿だ。抵抗しなよ。俺を殺せば解決するよ。できるよね。できるだろ、なぁ、やってみせろよ!」


 首元に突きつけた短剣型の魔物除けが、従者の皮膚をじりじりと焼き始めている。垂れ下がったままの従者の手がぴくりも動かない。従者が俺を見下ろしている。

 その目に感情が宿っているのを、俺は初めて見た。怒りでも恐怖でもない。……困惑だ。


「……やめよう。俺はグラウスを殺さない。グラウスだって、そんなことはしない」

「俺を知ったつもりでいるんだ? しないかどうか、証明しようか。今すぐに」


 ガシャンとまた一つ遠くで金属音が響いた。魔物除けの侵食は今や口元まで到達している。従者は何かを言おうと口を開いて、結局何も言わずに閉じて、それきり動かなかった。

 魔物除けの切っ先が、グズグズになった男の皮膚に少しずつ埋もれていく。払い除けるくらいはしたっていいのに、それすら。


 足元で魔物除けが跳ねた。冗談みたいに軽い音がした。……俺が手放したからだ。


「……俺の負け。ごめんね、今のは全部嘘」

「全部、というと」

「全部は全部だよ。俺が隊長だってことも、あんたらを殺したいって思ってることも、全部嘘だ。怒らせてみたくてさ。従者殿が、あんまりにも冷静なものだから」


 降参。俺は両手を顔の横に挙げた。


「隊長だったのは昔の話。大義があったわけでもない。昔の蛮勇が取り立てられて、扇動の旗印を任されてただけ。なんて言えばいいかな、替えの利く便利な人間として、矢面に立たされていたんだ」

「……それは、」

「隠してたわけじゃないんだ! いや、嘘、隠してたんだけど、悪気はなかった。やめたとはいえ、俺がテレジア教徒の関係者だったってあんたらが知ったら、気分を害すると思ってさ。ほら、テレジア教徒がいきなり魔女の家に押しかけて行ったら、警戒されちゃうだろ。罠かもしれないって、普通は思うだろ」


 かんかんと金属音が警告のように響き渡っていた。会話を止めてはいけないと、何もかもが俺を急き立てていた。


 従者は俺が捲し立てた言葉を受け止め切れていないのか、ひたすら黙って俺を見ている。目元まで広がっていた火傷じみた損傷は既にきれいに消えていた。

 何でもいいから話し続けないといけない。動揺を繕わなければならない。首に埋もれていく魔物除けの感触が手から離れない。刃すら持たない木片が彼の首を貫こうとしていた。その上で従者は俺を止めなかった。


 おしまいだ。俺の負け。こうまでしても彼らの化物性を証明することはできなかった。どうしようもない衝動のせいでこんなことまでしてしまって、きっと願いも叶わない。叶えてもらおうとすら思えない。


 でもそれ以上に、魔女と従者の人間性を否定できないことが苦しい。……どうして俺は、ここまでこの二人に固執しているんだろうか?


「違うんだ。もし、もし俺があんたら厄災をどうこうしたいと思っていたなら、そもそもメルキルエトに案内しない。俺はただ邪龍にラードーンの炎を消してもらいたくて、……本当に、それだけのはずで」

「もういい」


 従者が制止の声を上げた。丁度その時、遠くの空から鐘の音が響いた。昼時を告げる教会の鐘の音であった。

 テレジア教会が近いためか、がらんがらんと喧しい音が通り中を反響している。この喧しさのお陰で、ようやく俺は強迫観念じみた思考から逃げだすことができた。


「……この鐘は、テレジア教会のものか?」

「そう、だよ」

「なら、ここから先は俺一人でもいけそうだ。案内してくれてありがとう」


 従者は丁寧に頭を下げた。背格好は天と地ほども違うと言うのに、その動きは、不思議と魔女のものによく似ている。


「リリエリから言伝を預かっている。『明日はヨシュアさんとメルキルエトを回るので、ご案内は結構です』だそうだ」

「……うん。わかったって、魔女殿に伝えて」

「それじゃあ、また」


 それだけ言って従者は俺に背を向けた。結局俺を詰ることも殺すこともしないで、散歩の続きみたいに気負いなく曲がり角の先に消えた。俺達の観光の終わりは、こんなにもあっけない。


 急に虚空に放り出されたような心地だった。去っていく従者に追いすがる理由もなくて、さりとてここから動けるわけでもなく、俺はぼんやりと誰もいない道の上に立ち尽くしたまま。

 こめかみを覆い隠すように置いた左手が、じりじりと爪を突き立てていた。痛みを感じてはいるけれど、力を抜くことができなかった。


 また、と従者は言ったけれど、その時はたぶんやってこない。俺がテレジア教の関係者だと知ったら、未遂とはいえ従者を殺そうとしたことを知ったら、魔女はどう思うだろうか。想像に容易い。いくらお人好しな魔女といえども、大切な相棒を傷つける相手を信じやしない。あの無邪気な表情を沈めて、「これ以上グラウスさんと一緒にいるわけにはいきませんね」と呟くのだ。従者は黙ったまま魔女に頷いて、それきり。極普通の人間となにも変わらない、そんな在り様で。


 嫌だなと思った。俺は一つの仮説にいきついた。


 彼女達を人間だと認めたくなかった。人間でないはずの二人を、人間なんかに貶めたくなかった。

 恐らく俺は、魔女と従者を嫌いになりたくなかったんだ。


 かんかんかんと金属が鳴る。境界を踏み越えていたのは、どうやら俺の方だったらしい。



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