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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十九話 篝火


 正直に言って、第十三テレジア教会は全くもって観光に適した場所ではない。見た目も広さも一般的な教会の枠を出ず、使用用途も専ら信徒のためのもの。催し物の最中でもない限り、部外者は中に立ち入ることすらできないんじゃないだろうか。

 それでも俺がこの教会を次の目的地に選んだのには理由があった。近いんだ、現在地から、一番。あちこち移動するのも面倒だったし、なにより、俺は従者の失望を期待していた。


 本当はテレジア教会なんて行きたくないんだ。テレジア教には仮面グラウスの知り合いが少なくない。素顔の俺を仮面グラウスと結びつける人間はほとんどいないとはいえ、この奇怪な男を連れ歩いている姿を知り合いに見られたくはない。


 見どころのない第十三テレジア教会にがっかりして、教会巡りをやめてくれると嬉しいな。そんな下心を抱えながら、俺は従者を引き連れて昼前のメルキルエトを歩いていた。


「従者殿はさ、どうしてテレジアを信仰してるの」


 教会までは徒歩十分ほどの距離があった。意思の疎通ができる相手と共にいて、このような時間を無言で過ごすのは、俺にとっては酷く苦痛だ。それが例え僅かな時間であっても、相手が化物であったとしても。

 ただ、この従者が自ら言葉を発することには全く期待できない。だから仕方がない。だから聞くんだ。従者殿がもっと積極的にお喋りしてくれれば、こんなことを言う必要はなかったのに。


「何度だって言うけど、テレジア教は人間の為の教えだ。なんで従者殿が、そんなものを信じてるんだよ」

「……元々信徒だったからだ。変わる必要がなかった」


 魔女も同じようなことを言っていた。元より人間だったから、その時のままだって。

 穏やかで人当たりの良い魔女。無口で心の内が見通せない従者。正反対な印象の二人だが、その実、彼等はとても似通っている。


「ずっと昔の人間だった頃の救いを、未だに求めているんだ。それじゃあ、さぞかし魔女が憎いんじゃないの」

「憎い? どうして」

「元は人間なんでしょ? で、魔女殿が従者殿に邪龍を封印したんでしょ? つまり、従者殿がそうなっちゃったのは魔女のせいだ」

「違う。本当は俺一人で邪龍を封じ込めるはずだった。できなかったから、一部をリリエリが担ってくれた。助けてもらったんだ」

「へぇ。だから従ってるの? 何年も、何十年も。恩があるから」

「……概ね、そうだ」


 大変だね、という俺の気遣いめいた皮肉に、従者は何も言わなかった。


 別にこの二人の成り立ちに興味があるわけじゃなかった。ただ魔女を貶めてやれば怒ってくれるんじゃないかって、そう思っただけ。結果はどうだ。従者は何も変わらない。俺がひたすら空回りしているだけで、彼の心が波立つ気配は微塵もない。

 意図的に不愉快な言葉を選んでいるというのに、それが一切意に介されないのは、この男にそのような機微がないからだろうか。あるいは単純に俺のことを路傍の石とでも思っているのか。


 俺がわざわざ魔女と従者の観光に同行を申し出たのは、彼女らの化けの皮が剥がれるところをこの目で見届けるためだった。魔物のくせに、化物のくせに、こいつらは自らを人間なんだと主張する。それがあまりにも馬鹿らしいから、否定してやりたくなった。邪龍の力を使って私利私欲のために秩序を曲げるところを見ていてやりたかった。


 なのに、それは未だに成し遂げられていない。それでも俺は間違えていない。そのはずだ。間違えていない。


「……グラウス」

「なに?」

「教会の看板を、通り過ぎたが」

「……ごめん。考え事してた」


 やや後方で立ち止まった従者の示す指の先。気持ちばかりの緑に囲まれた真新しい石の建物が、物言わず俺達を見下ろしていた。第十三テレジア教会。人気の少ない静かな教会が、歓迎するかのように鉄製のフェンスの一部を開けている。


 ……俺の知識の限りでは、平日の今日は教会を開放していないはずだったんだけど。予想に反して第十三テレジア教会はその門扉を快く開いていた。テレジア教の祭服を纏った人間の他にも、如何にも客然とした平服を着ている人間が数人視界の中にいる。平素より明らかに活気がある。


「おかしいな。開いているとは思わなかった」

「……閉まっているはずのところに、俺を案内したのか?」

「そうだよ」


 開いているなら、案内しないといけない。ここまで来てやめようとも言い出せず、俺は渋々教会の敷地内へと足を踏み入れた。その間にも教会の建物からはぽつりぽつりと人が出入りしている。なんでこんなに人がいるの? 今日は祭日だったっけ?


「……新型の魔術兵器の模型を展示しているため、部外者にも開放しているそうだ」

「展示物? 魔術兵器? なんで従者殿がそんなことを知ってるの?」

「話している声が聞こえた」


 遠くでなにやら会話をしている人々に視線を向けた。観光客然とした二人が、教会関係者らしき人物と楽しげに語りあっている。ただの人間である俺の耳では、単語の一つすらも聞き取れない距離であった。彼の異常な聴力に、俺は内心で舌を打った。

 

 メルキルエトにおいて魔術兵器という言葉が指すものは現状ただ一つである。ラードーンの討伐作戦で初めて実戦に導入された、固定式自動魔術砲台。見た目は礼拝堂の屋根を越えるほどの石塔だ。表面の全てに克明な紋章魔術が施されており、周辺の魔力を水分として高速で射出することが可能である。


 特筆すべきは、自動であること。魔物の捕捉、環境魔力の収束と変換、そして攻撃の全てを、魔術兵器は独りでに行う。壁外に設置しておくだけで勝手に魔物を駆逐してくれる、そんな人々の期待を一身に背負った、最先端技術の結晶である。 


 実際のところはそんな夢のような代物ではない。

 一基作るのに莫大なコストを必要とするし、ラードーンの炎に巻かれただけで動作を完全に止めてしまうほどデリケートだし、命中精度も極めて悪い。期待されている活躍ができるのは、もっとずっと未来の話になるだろう。


 それでもこの魔術兵器の開発と実践投入が人々にもたらした希望は大きい。対魔物への機運を落とさないために、ここ第十三テレジア教会にて魔術兵器の模型の展示を始めた――ってところかな。間が悪い。


「魔術兵器……。ラードーンを殺すために作った兵器か」

「うん。結果は大成功。あれなら従者殿も殺せるかもしれないね」

「……俺は、難しいと思う」


 大した自信をお持ちで。俺は肩を竦めた。この発言が虚勢じゃないと俺は知っている。死をも覆す再生能力と、近づくもの全てを崩壊せしめる腐食能力。ラードーンの炎で壊れちゃう程度の技術レベルでは、かの厄災ヒュドラを葬り去るのは到底無理だ。それがこうして大人しく人間の枷に収まっているってのは、人類にとっては紛れもなく奇跡なんだろう。


 さっきから俺、ずっと従者のことを揶揄しているけれど、人間社会の継続を思えばやめるべきなんだろうな。わかっているけど、もう歯止めが効かない。


「ラードーン討伐作戦において初の実戦投入。篝火隊の尽力もあり、無事ラードーンの討伐に成功。被害は隊長含む数名に留まり――」

「もういい、もういい! 俺への説明はいらないよ。ほら、折角開いてるんだからさ、中に入ろう?」

「グラウス、篝火隊ってなんだ」

「後で説明するから。ね、さっさと祈ってきなよ」


 会話の内容をご丁寧に伝えてくる従者の口を止めさせて、半ば無理やり従者を教会の建物内へと押し込んだ。俺は行かないよ。大して広くもない教会だ、同行する必要はないだろうし、ついていったって退屈なだけ。この男はどうせ長々祈りを捧げる。

 そんなことより、と俺は立ち話を続けている三人組に意識を向けた。教会の入口まで近づいたため、俺の耳でも彼らの会話を拾うことができた。彼らは今もなお魔術兵器とラードーンの話題を続けている。


 従者にも魔女にも、余計なことは何一つとして教えたくはなかった。だがそれ以上に聞きたくなかった。ラードーンの話も、魔術兵器の話も、俺の話すらも。

 だから仕方がない。俺は怠惰な気持ちを溜息に乗せて全部肺から押し出した。そうして、楽し気にお喋りを続ける彼らに対して努めて人畜無害そうな微笑みを貼り付けながら、


「失礼ですが、お三方。この辺りで銀の髪飾りを見かけなかったでしょうか? 亡き母の大事なものでして――



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