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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十八話 人間にしかできない行為


 やおら歩き出した従者を追って、俺達は聖篝火教会を出た。後陣の瀟洒なステンドグラスにも側廊に飾られた優美な絵画にも、従者は一切の興味を示さなかった。鑑賞のために来たわけじゃない。そのことがこの状況の気味悪さをいや増していた。

 静謐な空間を出た観光客らが口々に感想を語り合う騒めきに混じって、俺は目の前を歩く従者の背に問いかけた。


「ねぇまさかとは思うけれど、テレジア教の信徒になりたいの? 従者殿が?」

「……今の俺に入信の儀が難しいことは理解している。だが気持ちの上では、今も信徒のつもりだ」

「なんで、どうして。女神テレジアは、人間を守護する神様なのに」


 人間を、と殊更に強調して言うと、従者はぴたりと足を止めた。教会の敷地を出て大通りを一つ外れた、細い通りであった。角の向こうからは人々の楽し気な、あるいは期待に弾む声が聞こえている。


「テレジアは従者殿を救わないよ。その信心も祈りも、無意味だ。だってお前は、魔物なんだから」


 怒らせるつもりで言った。腕の一振りで俺の首を刎ねるでも、龍に変貌してこの都市を滅茶苦茶にするんでもいい。なんだっていいから、この男が人間でないことを今すぐこの場で証明したかった。

 祈りは、信仰は、人間にしかできない行為だ。ならこの男は人間か? ……俺はそれを、どうしても認めることができない。何かが間違っているのなら、それはこの男であるべきだと、そう思っていないといけない。


 もしも認めてしまったら、その時は――その時は、どうなる?


 俺の煽りを受けた従者は、やたらと緩慢な動きで俺に顔を向けた。その表情は、憎らしいほどに無感情であった。


「……無意味と言うが、」

「はっきり言ってよ。分かりにくいんだよ、従者殿の言葉は」

「祈る行為自体が、意味なんじゃないのか」


 なんだよ、それ。

 と、心の内だけに留めたつもりだったのに、俺の思考は音を伴って口からまろび出ていった。自分を繕うことがどんどん難しくなっている。こいつのせいだ、魔女のせいだ。こいつらが、意味が分からない言動ばっかりするせいで。


「祈ること自体が目的なんだ。無意味でも、届かなくとも、俺は救われている」

「意味がわからない。そんなのは欺瞞だ。世界平和とか魔物根絶とか、叶えたい願いがあるから祈るんだ、人間は。祈りを聞き届けてくれないってわかったうえで祈るなんて、」


 土塊に祈っているのと、何が違うんだ。

 最後の最後に口を閉ざせたことで、俺は自分の理性を確認することができた。従者はというと、俺の言葉をこの上なく丁寧に飲み込んだうえで、


「世界平和。魔物根絶。……次は願ってみる」


 ありがとう、と従者は言った。それきり、話は終わったとばかりに黙り込んで、じっと俺の事を見ていた。


 ……あーあ、馬鹿らしい。


 彼の祈りに人間性を見た俺が間違えていたんだ。こんな奈落のような祈り方、普通の人間はしない。だからこいつは人間じゃない。そうに決まってる。


 俺はそれらしい理屈をつけて、胸の内に溢れていた不可思議な焦燥感を抑え込んだ。ただ、何か足元が崩れていくみたいな不安は、ちっとも薄れてくれなかった。

 何とかしないといけない。何とかしないといけない。俺は服の内側に下げていた魔物除けを取り出した。


「持って」

「わかった」


 素直に頷いた従者の左手に木製の魔物除けを置いた。触れた部分から皮膚が静かに爛れていく。掌から手首へ、赤黒い滲みがゆっくりと広がっていく。

 従者は何も言わず、ただじっと手の上の魔物除けを見下ろしていた。俺が魔物除けを取り去ってからも、しばしの間そのまま手を動かすことはなかった。


「痛い?」

「痛い」 


 魔物除けから解放された瞬間から、彼の爛れた皮膚はみるみるうちに再生していった。その様子を見て、俺はようやく心の底から安堵することができたのだ。


 ああよかった。こいつは確かに、化物だ。


□ ■ □


「時間はまだあるけど、他に行きたいところはある?」

「テレジア教の教会に行きたい」


 聖篝火教会を離れ、目的もなくふらふら歩く道すがら。このまま意味もなくこの男と仲良く散歩を続けるなんて悍ましいので、俺は早々と次の目的地を訪ねた。足も止めることも、従者を顧みることもしなかった。

 聖篝火教会での滞在時間は短かった。時刻はまだ昼も回っていない。観光の時間は十分にある。どこにだって行けるよって、伝えたんだけどな。


「……もう見たよね。教会」

「メルキルエトには他にもあるだろう」

「ああ、あるよ、沢山。小さいところも含めればね。だからって、また教会? 他にはないの、行きたいところ」

「…………」


 後ろを歩いている従者が無言になったので、俺は渋々肩越しに振り返った。ほんのりと眉間に皺を寄せた従者が、必死に言葉を探している。……探し物、見つからなそうだな。


「……じゃあ、行こうか。教会。教会ならどこでも良いよね?」


 従者は頷いた。俺はこれ見よがしに溜息を吐きながら――こっそり吐こうにも、どうせ従者の耳にはバレてしまうから――メルキルエトの北側へと足を向けた。

 向かうはこの都市で最も新しい教会。第十三テレジア教会である。



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