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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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3/9

第三話 変なの。


 ことり、とソファ前のローテーブルに紅茶が置かれた。スパイシーな香りを振りまくソレに手を伸ばす気にはなれなかった。


「それで、その、何をお持ちされたんです?」


 小さなスツールに腰かけながら、少女が性急に切り出した。


「アルセダ顔料三番、って言えばわかる? それを、二瓶」


 俺の言葉にさっと少女の顔色が変わった。拾った小石が金塊に変わったかのような、喜びよりも驚きが勝った様子であった。


「へ、へぇ。アルセダですか。アルセダを二瓶。なるほど。それは、なかなか、貴重なものを。……本当に?」


 一つ咳払いを挟んでから、さも関心の無さそうな口調でそんなことを言う。そのくせ目線は俺の身に着けた鞄にちらちら向けて、なんて分かり易い態度だろうか。そんな調子じゃ会う人会う人に騙されてしまいそうで心配だよ。


 ここらで信頼を稼いでおこうと、俺は腰元の革鞄から小瓶を一つ取り出した。成人男性の親指程度の大きさしかない、灰褐色に濁った瓶だ。中には深い緑色の染料が、吹けば消えちゃいそうな分だけ入っている。

 コレ一本で三ヶ月分の生活費だ。初めて価格を知った時はぼったくりだと思ったし、なんなら今でも疑ってる。


「中身、確認してみる?」

「では、失礼して」


 少女は俺なんかよりずっとコレの価値を理解しているようで、小さな掌で恭しく瓶を取って照明に翳した。すぐにテーブル上に小瓶を戻す仕草なんて、恐れ多くて長くは持っていられないとでもいうようだった。


「本当に、アルセダ顔料だ……」


 どうやらお眼鏡に適ったみたいだ。こんな物のどこに魅かれるのか、俺にはさっぱりわからないけど。


 アルセダ顔料三番とは、主に紋章魔術に使用される深緑色の染料である。なんでも魔力遮断性とやらが随一に優れているらしく、高度な紋章魔術を構築するには必要不可欠なんだそうだ。

 ざっくり言うと、すごく便利な高い粉。俺みたいな肉体労働者にはさっぱり縁のない、なんか知的な高級アイテムだね。


「……私達は、何を叶えてほしいんですか」


 少女は熱心に小瓶に注いでいた視線を俺に向けた。話が早くて助かるよ。


「難しいことじゃないよ。ちょーっと邪龍とやらの力を俺に貸してほしいだけ」

「邪龍の力、ですか。どうしてそんなものが必要なのかは知りませんが、私達、人に仇なす行為はしないですよ」

「そういうの気にするなんて、意外だな。大丈夫、安心してよ。俺は世のため人のためになるような……そう、人助けをお願いしたいんだ。でも、そうだな。詳細を話す前にさ、」


 本当に邪龍を従えてるんだってこと、証明してくれない?

 俺の言葉に、少女はそれはそれは嫌そうに顔をしかめた。ころころと良く変わる表情は彼女の内面をこれでもかと言うほどに示してくれている。


「私は邪龍を従えている、わけでは……」

「残念だな。それじゃあこの話はここでお終いだ。その瓶、返してもらってもいいかな」

「う、」


 取りあげられまいとしてか、少女は慌ててテーブルの上の小瓶を両手で覆った。駆け引きが下手すぎる。バレちゃうぜ、この顔料がどうしても欲しいんだって。


「俺の願いを叶えるには、とても大きな力が必要なんだ。それこそ森の一帯を軒並み焼き払えるくらいの、強い強い力が。魔女殿にそれができるのか、知りたいなぁ。今すぐに」

「でも、あまり、見せたくないと言いますか」


 魔女は小瓶を胸元に抱えて、困ったように視線をあちらこちらに泳がせた。それが欲しいんだよね? だからしっかり握りしめているんだよね? それなのにどうしてそう頑ななのかな。力があるなら、使えばいいのに。それが持つものの振る舞いじゃないの?


 それとも、実はそんなもの、持ってないの?


「邪龍が恐ろしく強いってのは聞いてるよ。古い書物や歌の中でね。今でもそうなのか確認しないと、そうでなきゃ、わざわざお願いする意味がないだろ。お願いだよ魔女殿。俺、魔女殿しか頼れないんだ。……そうだ、その一本を前払いにするっていったら、やる気がでる?」

「前払い……いや、でも、」

「邪龍ヒュドラは今だって、魔女殿以外には制御できない厄災のままなんでしょ? 近づく全てを腐り落とす、不死の化物のままなんでしょ? 実はもう邪龍なんていないとか、言わないよね。あんたはその力を、扱えるんだよな?」

「扱える、というか、」


 矢継ぎ早に投げかけた言葉に少女はしどろもどろになって、ただでさえ小柄な体をさらに小さく縮こめた。

 交渉の場は明らかに俺が優勢だった。本来なら俺は頭を下げてお願いする立ち場だっていうのに、この少女は全く気がついていないんだ。


 アルセダ顔料欲しさにつけいられた、可哀想な魔女殿。俺はお人好しじゃないよ。自分の願いを叶えるためだったら、なんでもしようって思ってる。そのために、邪龍とやらの力を見るために、俺はこんな地獄まで登ってきたんだ。


「正直に言うとね、俺はあんたが本当に龍の魔女なのか疑っているんだ。ちゃんと証明してくれないと、信じられないよ。どうしたら邪龍の力を見せてくれるの? 有事の事態になったら、邪龍の力を使ってくれる? ……もし、今、魔女殿に危険が迫ったとしたらさ、」


 最後まで言うことはできなかった。ドスンと一つ、山ごと落っことされたかのような衝撃が足元に響き渡ったためだ。机に平積みされていた本が、壁に吊るされていたタペストリーが、温かいままの紅茶とカップがガタガタと音を立てて床の上を埋めていく。


 例えばこの家の地下に邪龍が飼われているとして、ソイツがちょっと強めに尻尾でも振り回したらこんな感じになるのかもしれない。例えばだ。あくまで仮定、もしかしたらの話なんだけど。


 ……一線超えちゃった?


 揺れるソファにしがみつきながら、俺は少女の動きを慎重に窺った。彼女が何かしたようには見えなかった。少女は今も小瓶を大事そうに抱えながら、眉をしかめて天井を仰いでいる。……どうして「しまった」って顔をしてるんだろう。たった今俺に脅されていたってことに、気づいてないのかな。

 しっちゃかめっちゃかになった部屋の中を眺めて、少女は一つ溜息を吐いた。


「……わかりました。見たいと言うなら、なんとかしてみます。その代わり、もう露悪的なことは言わないでくださいね」

「肝に銘じるよ」


 太い釘の一つや二つくらい、甘んじて受け入れよう。大切なのは、魔女の魔女たる証明を、従えた邪龍のその力を、俺に見せてくれる気になったってことだけ。


「それから、……」


 唐突に言葉が切れた。悩んでいる、言うべきかどうかを。無言で続きを促すと、彼女は二度ほど口を開け閉めしてから、葉っぱが落ちるくらいの小さな声でぽそりと言

った。


「できれば、怖がらないでくれると、嬉しいです」


 俺は肯定も否定もせずに、ただ笑顔だけを返した。

 変なの。人間はとっくに、邪龍が怖いよ。


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