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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第二話 何でもは無理ですね


 自称龍の魔女に招き入れられた部屋は、ごくありふれた家庭的な空間であった。ぐつぐつと煮え立つ大鍋もなければ、皮を剥がれた獣が吊るされてるわけでもない。代わりにドライフラワーが飾られていたり、保存食の瓶が並んでいたりして、長い間丁寧に暮らしていることが一目で読み取れた。


「魔女は山頂に住んでるって聞いてたんだけど」

「あはは、まさか。山頂なんて、人の住めるところじゃないですよ。あの場所、魔物が沢山湧いて大変なんですから」


 ここも人が住めるところじゃないよ、という言葉を俺は寸でのところで飲み込んだ。そうして、それは大変だねなんて知ったような顔で頷いた。困っちゃいますよねなどとはにかむ少女を見ていると、何気ない世間話でも交わしているような気分になった。


 彼女は本当に龍の魔女なのだろうか?

 魔女ってのはもっと猟奇的で威圧的なもんだとばかり思っていたのに、俺の目に映る少女の印象は真逆だ。ごく普通の、どちらかというと騙しやすそうなタイプに見える。

 少女は旧知の友を歓待するみたいな調子で俺をソファに座らせながら、


「外は寒かったでしょう。今温かいお茶を淹れますからね」

「お茶も嬉しいんだけどさ、実は怪我の具合が悪くて。良かったら先に俺の事、助けてくれないかな。こう、……魔法とかで」

「え? ……ああ!」


 ティーセットを準備していた少女は、振り返ってまじまじと俺の姿を見た。たった今俺の負傷に気がついたかのような態度だ。血みどろなんだけどね、俺。当たり前のようにソファに案内されたけどさ。


「すみません、普通に歩いてらしたので、てっきり返り血かなにかかと」

「見栄を張ってるんだ。左肩の辺りとか、結構酷いよ。見せようか」


 俺は無残に抉れた外套の襟ぐりを引っ張った。真っ赤に染まった俺の体を見た少女は、目を大きく見開いてお手本のような驚きの表情を作り、


「ちょっと待っててくださいね。治せそうなものを探してきます」

「魔法でぱぱっと治せたりしない? 魔女なんだろ?」

「えっと、私、魔法は使えなくって」


 魔女なのに?

 盛大に眉を寄せた俺の顔を、しかし彼女が見ることはなかった。さっさと俺に背中を向けて、ろくに使われてなさそうな開き戸の奥を慌てた様子で漁っている。

 ……彼女は本当に、龍の魔女なのだろうか?


 警戒心一つなく晒されている小さい背中を、俺は大きな猜疑心と共に見つめた。十代後半、いいや半ばかもしれない。武芸に秀でた様子はない。その上魔法も使えないらしい。俺の目からは、この少女がかの厄災ヒュドラを鎮められる人物とは到底思えなかった。


「あった! ありましたよ、えっと、」

「俺、グラウスっていうんだ。よろしくね」

「グラウスさん、ですね。私はリリエリと言います。よろしくお願いします」


 少女は手に大判の布を抱えて戻ってきた。布には全面に精緻な刺繍――紋章魔術が記されていた。

 紋章魔術。人類の編み出した、魔法の模造品。

 無から火を生み出す。損傷した人体を回復させる。このような奇跡――所謂魔法は、才能のある一部の人間しか使えない。そんな魔法現象をなんとか真似るために生み出された筆記技術。それが紋章魔術である。


 俺は学がないんで詳しい原理は分からないんだけど、複雑な図形や文字を良い感じに組み合わせると魔法っぽい現象が発生するらしい。どこぞの偉い学者が作り出した紋章を剣やら服やらに描き入れるだけで、あっという間に誰でも使える魔道具が完成するってわけ。便利だね。

 便利だが、所詮は魔法の模倣に過ぎない。弱かったり、長持ちしなかったり。欠点はいくらだって挙げられる。


「ええと、それ、治癒の紋章魔術布?」

「はい。結構前に買ったものなんですけど、たぶんまだ使えますよ」


 ……魔女が魔法を使えるのなら、紋章魔術もぞうひんなんて買わないよな。

 俺の懐疑的な目線に気づく様子も無く、少女は負傷部位に手早く布地を巻きつけた。ぐるりと布が一周する度に痛みが軽くなっていくのが感じられた。良い品だ。良い品だけど、全く魔女らしくはない。


「少しの間安静にしていれば治りますよ。それまで、この家でゆっくりしていってくださいね」

「ありがとう。助かったよ。ゆっくりついでに色々聞いてもいいかな」

「どうぞどうぞ。帰り道ですか?」

「あんたが邪龍ヒュドラを使役してるって本当の話?」


 駆け引きもなんもないストレートな発言に、少女はぴたりと動きを止めた。そうして困り顔で俺を見上げ、ああともうんともつかぬ奇妙な声を漏らした。……否定じゃないんだ。


「龍の魔女に対価を渡せば何でも願いを叶えてくれるって噂、知ってる?」

「……えっと、」

「俺ね、どうしても叶えて欲しい願いがあってここまで来たんだ」

「あ、あの、」

「それなりの対価は持ってきてるからさ。俺の願い、叶えてくれない?」

「ま、待ってください。そんな一気に聞かないで、一つずつ答えますから」


 少女は両手を挙げて降参するみたいなポーズをとった。胡乱な客人の不躾な発言なんて無視してもいいだろうにきちんと答えてくれるんだ。龍の魔女なんて呼ばれてるくせに優しいね。


「ええと、邪龍を使役なんてしてない、です。噂ってなんですか? 願い事を叶えるというのも、」

「だよね。こんな話、荒唐無稽すぎるよね。ごめん、変なこと言っ」

「何でもは無理ですね」


 ……何でもじゃなきゃ、いけんの?


 俺は少女の顔をまじまじと見返した。困ったように笑う表情の中に、うっすらと商人じみた鋭さがある。もっと言うなら、こう、がめつい感じの。


「とりあえずお話を伺えますか? その、対価とやらの」


 少女は人差し指と親指を擦り合わせた。いわゆる金のジェスチャーであった。

 なんか、思っていたよりも俗っぽいね。これなら心臓を要求されずに済みそうだ。


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