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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十六話 日和


「……おはよう」


 翌朝、〝明け鳥の寝床〟前。約束していた時間に現れたのは、いかにも眠そうに目をしょぼしょぼさせる従者一人であった。なーんか既視感のある光景だ。昨日もこの場所この時間にこんな感じで化物の片割れと出会ったな。で、今日はもう一方の片割れと。


「おはよう。良い朝日だね。魔女殿は?」

「リリエリはもう出た。確か、……市場調査と」

「一人で行ったの? 従者殿は?」

「アンタが案内してくれるから、一緒に観光に行けと言われた」


 ははぁ、なるほど。三日間という限りのあるメルキルエト観光だ。昨日お休みしていた従者が都市を十分に楽しめるように、魔女が別行動を提案したというわけか。……いや、単純に市場調査の場にこいつがいると邪魔なだけかもしれないけど。

 従者も従者で朝日にすこぶる弱いようで、ただでさえ不健康そうな顔色に目つきの悪さや眉間の皺が追加され、今ではすれ違う子供が軒並み泣き出しそうな悪人面が出来上がっている。この顔を引き連れていては、商いどころじゃなくなっちゃいそうだ。


「従者殿も朝日に弱いんだ」

「…………」


 従者は何も言わなかった。俺の軽口に応える元気もないのかもしれない。難儀な体質だね、可哀想に。


「そういうことなら、今日は二人で観光しようか。どこか行きたいところはある?」


 従者は何も言わなかった。そよそよと心地よく吹く風が、彼の髪の毛やシンプルな衣服の裾を微かに揺らしている。それ以外の部分は微動だにしない。精巧に作られた人形だと言えば信じちゃう奴もいるかもしれない。


「メルキルエトの観光名所と言えば錆跳さびはね通り……は昨日魔女殿を案内したから、他の場所にしよう。第一の大壁に構えられた監視塔とかどう? 今ではただの展望台になってて、メルキルエトの都市を一望できるよ」


 従者は何も言わなかった。陽光を煩うように細められた目が俺に向けられている。怒っているわけじゃない、と思うけど。


「ええと、ここから正反対の場所になるんだけど、外街の農業区とか。魔物の肉の天日干しを大規模にやってて、壮観だよ。……共食いになっちゃうかな、あはは」


 従者は何も言わなかった。目を開けたまま寝ている可能性を、俺は一概に否定できない。


「……またどこかの酒場にでも行く? 朝からやってる店も、質を選ばないなら案内できるよ」


 従者は何も言わなかった。


 …………無理だよこれ。この男と二人きりで観光するのは、無理だよ。

 そもそもメルキルエトに来たいって言ったのは、観光したいって言ったのは従者だったはずだ。それに魔女が賛同して、俺に入都の手引きをさせたんだよね? それなのにどうして何も言わないんだよ。急に自我の全てを失ったのか?


 彫像みたいな男にかけるべき言葉が見つからなくて、俺はほとほと困り果てた。魔女は一体どうやってこの男と意思の疎通を行っているのだろうか。その術こそが、魔女の魔女たる魔法なのだろうか。


「じゃあ、俺が独断でそれっぽいところに案内しようか」

「……教会に」

「え?」


 しびれを切らした俺が適当な落としどころを探そうとした、丁度その時だった。従者の口が僅かに開いて、何事かの言葉を発した。よく聞こえない、いいや聞こえてはいたんだけどよく理解できない。

 俺の再びの問いかけに対し、従者は感情という感情の一切を欠いた表情のまま、ぽつりと零すように言った。


「テレジア教の教会に行きたい」


 ……なんで? 壊すの?


□ ■ □


 壊したいわけじゃないらしい。

 どうもこの従者、純粋に心の底から観光を目的として、テレジア教の教会に行きたいと宣っているらしかった。


 俺は確かに言ったよ。メルキルエトにはテレジア教の大きい教会があるって。中でも都市のほぼど真ん中に建てられた聖堂は、美しい外観と荘厳な装飾でとても有名だ。日ごろから観光客向けに開放されていて、時間が合えば説教や勉強会なんかにも参加できたりする。敬虔な信徒でなくとも一度は訪れたい、由緒正しい立派な観光名所である。

 でも俺はこの場所を観光候補には上げなかった。理由が要る? こいつが魔物だからだよ。


 テレジア教は人類平等を第一の理念に掲げる、極めて親人間的な宗教団体である。と同時に全ての魔物の根絶を掲げる、極めて反魔物的な宗教団体でもある。

 従来のテレジア教は思想の啓蒙や教育、文化の担い手としての側面が強かったらしい。だが人々の魔物に対する排他的な感情は年々苛烈さを増しており、昨今では都市毎に魔物に対する武力部隊を擁すまでに至っている。


 そんな奴らの本拠地に邪龍を連れていこうだなんて普通は思わないよ。というか、そもそも行きたいとすら思わないもんじゃないの?


「従者殿、テレジア教って知ってる?」

「知っている」

「ああ良かった。じゃあ結論だけ言うけど、諦めて。テレジア教は従者殿のような……人間じゃない存在を毛嫌いしてるんだ。転移結晶とか魔物除けとか、嫌なものが沢山あるよ。楽しくないと思う」

「それでも、行きたい」


 従者はやけに頑なだった。さっきまで希薄だった自我の全てが、ここに集中しているかのようだった。あの無言の時間はこの意思を示すための助走期間だったとでも?


 ああいいよ。そこまで言うんなら連れて行ってあげよう。俺は別に、従者がぶっ殺されようがメルキルエトが全壊しようが、それはそれで構わないんだ。どちらにしても、最後まで見届けてやるからさ。


「わかったよ。案内するよ。でも、面倒事は起こすな。従者殿が死にそうになっても俺は助けないし、従者殿が暴れたくなっても俺は殺さないでね」

「約束する。俺は死なないし、暴れない。アンタのことも、殺さない」


 いたって真面目に、真剣な顔で従者が言うもんだから、俺はついつい笑ってしまいそうになった。当然そうあるべき常識を改めて約束する可笑しさと、それすらも懸念されるような化物相手に約束を交わす俺自身に。


「じゃあ、楽しんでね。観光」


 従者は頷いて、俺の言葉を復唱するみたいに「楽しみだ」と呟いた。

 天気良好。気温快適。化物と都市を徘徊するには、うってつけの日和であった。



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