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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十五話 何より恐れるもの


 それからもいくつかの店を回り、八冊の本と七つの薬品、三種類の紋章魔術に二瓶の香辛料を新たに荷車に積んだ辺りでようやく魔女は満足を示した。邪龍を従えている不老不死の女だから魔女だなんて呼ばれているのだとばかり思っていたけれど、本当は強欲が理由だったりする?


「今日はどうだった? 欲しかったものは買えた?」

「ええ、それはばっちり! 最後に寄った紋章魔術のお店とか、すごく楽しかったです。予定になかった物まで買っちゃいました。湯沸かしの鍋に、錆落としの手巾に、氷室を作り出す石とか」

「満足してもらえたようで、良かったよ」

「グラウスさんがいなかったら、今日をこんな風には過ごせなかったでしょうね。本当に、ありがとうございます」


 良く言えば歴史のある石畳の道を、がたがたがたと音を立てながら荷車が進む。帰路であった。都市の中心からはもう随分と離れていて、人通りはまばらだ。並び歩く魔女の小奇麗なワンピースが、時折吹く風によって柔らかに揺れている。荷物を抱えた老婦人に道を譲る彼女の仕草などは、陽の当たる都市の中では殊更人間じみたものに見えた。


「……貴方様はもしや、グラウスさんでしょうか?」


 すれ違いざま、老婦人が声をあげた。その目はしっかりと俺を、顔面の半仮面を見ていた。

 見知らぬ老婦人であった。それでも俺は彼女に声をかけられた理由を推測することができた。俺にとっては純粋な不幸だ。


「ええ、俺がグラウスです。……何か御用がおありですか?」

「いいえ、用だなんてものではないの。ただ、ラードーンの討伐で心身を患ったと聞いていたものだから、心配していて。お元気そうで、嬉しいわ」


 老婦人は恭しく深く頭を下げた。字を書くように上げられた右手と、それに添えられた左手。これがテレジア式の挨拶であることを知っている。だから俺も全く同じ動作で礼を返すことができる。


「どうもありがとう。俺はもう随分快復しました。心配事はありませんよ、何一つとして」

「そうみたいね。引き留めてしまってごめんなさい」


 彼女は荷物の沢山積まれた荷車と、その影で大人しく待っている魔女を一瞥し、にこりと目元の皺を深めた。そうしてもう一つ頭を下げて、ゆっくりと俺達の横を通り過ぎていった。 


「人気者ですね。錆跳通りでも、同じようなやりとりを幾度かしていたでしょう。私が買い物している間に」

「そういうんじゃないよ。物珍しいだけじゃないかな、この仮面が」


 ぎしりと荷車が文句みたいな唸りを上げる。魔女は肯定も否定もしないで、黙って足音だけを立てた。俺は後ろを振り向くことができなかった。魔女の表情を確認するのが、どうしてか恐ろしかったためだ。……とぼけた俺の回答を、糾弾しているんじゃないかって。


 この話題を続けたくはなくて、俺はあえて適当な雑談を選んで喋り続けた。やがてメルキルエトの第一の大壁を超え、俺達は外街へと踏み込んでも、ずっと。

 ここまで来てしまえばもうグラウスでいる必要性はないのに、人通りがちらほらとあるせいで、俺は未だに仮面を外しあぐねている。


「ねぇ、グラウスさん」


 小石を踏んだ荷車ががたりと跳ねた。そうして生まれた俺の言葉の空白を見計らっていたかのように、魔女が声を出した。労わりに似た響きすらあるのに、どうしてか強く咎められているような気持ちになるのは、きっと俺に問題があるんだろう。


「ラードーンの討伐作戦って、なんですか。貴方は何をしたんですか」


 仮面に爪の先が当たって、かつと固い音を立てた。

 メルキルエトに入る時に、門番がそんなことを言っていたね。錆跳通りの商人やさっきの老婦人だって。詳しく話すつもりはなかったんだ、お仲間の討伐の話をしたって気を悪くするだけかと思ってさ。


 でも躍起になって隠すほどのことでもない。気になるのなら少しくらい教えてあげるよ。俺は最初から魔物を討伐する側の存在だ。だって俺は、人間なんだから。


「大したことはしてないよ。テレジア教主導でラードーンを殺す計画が立って、人を募っていたから参加しただけ。簡単な仕事の割に報酬が良くてさ」

「簡単な仕事のはずがないでしょう。私、ラードーンの炎を、見てきたんですよ。……貴方の左手の火傷跡だって」

「簡単だったよ。ラードーンをおびき寄せるための囮になるだけ」


 魔女の返事は沈黙であった。不意に生まれた無言を埋めなければいけない気持ちに駆られて、俺の自らの口を塞ぐことができなかった。


「テレジア教の魔術兵器って知ってる? 最近開発されたばかりのやつで、……見た目はただの、背のとても高い石の塔なんだけど。表面にびっしりと紋章魔術が彫り込まれていて、ラードーンみたいな強い魔力の塊を勝手に攻撃してくれるんだよ。欠点といえば、一発一発の充填に時間がかかることと、精度が酷く悪いことと、設置場所から動かせないことくらい」

「それで囮が必要だったんですね。……貴方はなぜ、そんな危険な依頼を受けたんですか」


 嘘を吐いても良かった。金のためとか妹のためとか、魔女を納得させるための言葉はいくらだって頭の中に浮かんだ。ただそれよりずっといい答えを見つけてしまって、後先を考えられなくなるほど魅力的で、どうしても抗うことができなかった。


「魔物を殺すためだよ」

「……」

「この世界に魔物なんて必要ないんだ。ちょっと囮になるだけで魔物を一匹減らせるんなら、頑張る理由には十分じゃない?」


 少し傾いた太陽が、建物の影を引き延ばしている。外街の荒れた路面が荷車を不規則に揺らす度、積まれた瓶がカタカタと身を寄せて音を鳴らす。魔女の視線は一心に俺へと注がれている。

 仮面越し、俺はこっそりと魔女の表情を窺った。怒っていてほしかった。もっと言えば、怒って俺に手をあげればいいって思っていた。……心配とか憂いとか、そういうのを望んでいたわけじゃない。


「……ごめん、今のは嘘。冗談。吃驚した?」

「グラウスさんのセンスは、その、……私とは違いますねぇ」


 魔女はめいいっぱいの配慮を含んだ感想を吐いた。浮かんだ呆れ顔もすぐに困ったような苦笑に変わる。俺はまた証明できなかったらしい。


「本当は金のためなんだ。大義のために戦うなんて、できないよ。俺は臆病者だから。実を言うと、壁の外では魔物除けをずっと握りしめているんだ」

「魔物除けが生命線だって、ネシュの森でも言っていましたもんね。……壁の中でも、ですか?」


 少し悩んで、俺は無言を肯定とした。服の内側、隠すように下げた魔物除けが、歩みに合わせて静かに揺れていた。

 大壁に囲われたこのメルキルエトの、外界の脅威と隔絶されたこの都市の中にあってもなお俺は魔物除けを手放せないでいる。俺のこの行動の理由を、きっと彼女は理解している。


「……魔物って怖いものだよ。俺みたいな弱い人間は、魔物除けにでも縋っていないと生きてかれない。例え都市の中であっても」

「そうでしょうか」


 がたりと大きく荷車が揺れる。


「貴方は自分を弱い人間だと主張しますが、そういう人は、自ら魔物に相対しようなんて思わないものなんですよ」

「そうかもね」

「……私のこと、怖いですか」

「……宿に着いたよ、魔女殿」


 俺は荷車の取っ手を手放した。視線の先にはぱっかりと割れた鳥の意匠の看板が吊り下がっている。ここからは従者がやればいい。俺の役目はお終いだ。


「また明日も同じ時間にここに来るよ。行きたいところ、考えておいてね」

「……はい。今日も本当にありがとうございました。明日もどうぞ、よろしくお願いいたします」


 不自然に会話を切り上げた俺を、魔女はほんの少しの間だけ訝しむように眺めて、それでも何も言わなかった。代わりに口から出てきたのは、俺への感謝の言葉だけ。


 魔女は呆れるくらい丁寧に深々と頭を下げた。二つに結わえた桜色の髪が揺れる。飾りの一つもないシンプルな彼女の髪留めを見ながら、「じゃあまた明日ね」とだけ言って、俺はすぐさま踵を返した。


 私のこと、怖いですか。魔女の質問が幾度も頭の中で響いていた。そりゃあ、怖いよ。怖いに決まってる。人間の形をした奇妙な魔物。この世界にいてはいけないはずの、中途半端な存在。化物。でも、今ではもっと怖いものがある。


 あの魔女の人間性を否定できないこと。俺は今、何よりそれが恐ろしい。


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