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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十二話 どうして、俺は


「すみません、また騙されるところでした……。助けて下さりありがとうございます。ただでさえ荷車を引いて下さっているというのに、その上ご迷惑まで」

「そんなに畏まらないでよ、荷車を引いているのはただの見栄だし。少女に引かせて俺が手ぶらで歩いてるってのは、心象が悪いだろ」

「このお礼は、どこかでさせてくださいね。……ところで、今日はソレなんですね」


 ソレにアクセントを置きながら、魔女は俺の顔面をじっと見つめた。そこには端正な俺の顔……ではなく、雷鳥の半仮面が鎮座している。


「いやぁ、この錆跳通りには、あんまり楽しくない知り合いがいてね」

「それって、商人エドワードと関係あります?」


 鋭いな。俺はにっこりと口元だけで笑った。魔女はきゅっと眉間に皺を寄せた。


「エドワードはね、アルセダ顔料三番を購入する時にちょっと危険な橋を渡ったんだ。いや、俺は誠実な取引をするつもりだったよ。でも新顔には売れねぇって言われちゃってさぁ、嫌々、本当に渋々」

「なにしたんですか」

「泣き落とし。エドワードは今、父親が生前やり残した大規模な紋章魔術を完成させるため、アルセダ顔料を抱えて東方に旅立ってる……ってことになってる」

「大嘘じゃないですか」

「そうだよ。で、その店が錆跳通りのどっかにあるから、素顔(エドワード)でここを歩くわけにはいかないんだ。バレて面倒事になるのは避けたいし、魔女殿だって親切な同行者たる俺を失うと困るだろ?」


 共犯者になってね、と締めると、この会話を続けるのが嫌になったのか魔女はわかりましたよとぶっきらぼうに言って視線を背けた。理解してもらえて助かるよ。


「それよりさっさと買い物しようよ。何がお目当て?」

「食料品、嗜好品。紋章魔術と服と本、薬の類に……画材も欲しいですね」

「……多いね」

「こんなに大きな都市に来るなんて、滅多にないことですから」


 魔女は申し訳なさそうな苦笑を見せた。永劫を生きるとされる魔女の言う滅多に、というのがどれくらいの頻度なのか、俺には想像がつかなかった。


 都市と称される居住区は皆、大壁で外界との接触を断っている。身分証も何も持たない魔女達は自由に都市を出入りできない。それを思うと、魔女が大都市メルキルエトにこうも大はしゃぎするのもなんら不思議なことではない。

 彼女らにとって、人間社会はこんなにも生き辛い。どうして人間であろうとするんだろうな、不都合なルールに従ってまで。純人間の俺には全くわかんないよ。

 いや、そもそも、


「なんでバルタラ山に住んでんの?」

「なんで、ですか?」

「都市に住めば出入りする必要はないでしょ。このままメルキルエトに住みついちゃえば? そうしたらいつだって錆跳通りに来れるし、昨日みたいにお酒も飲める」


 人の形をした魔物が都市に隠れ住んでいるなんて、周りの人間にとっちゃあぞっとする話だろうね。でも俺には関係ない。俺の知ったことではない。魔女がそうしたいんだったら、止める気なんてないよ。


 単純に思いついたから言った。ただそれだけのことだった。だから、「それもいいかもしれませんねぇ」なんて、のんびり返されるもんだと思っていたんだ。


「駄目なんですよ」


 とうに読み飽いた本のページを捲るような、寂しそうな声だった。


「私達が一所に留まると、周りに良くない影響が出るんです。長く居すぎると周囲の魔物が凶暴になったり、変異しちゃったり。だから、都市には住めません」

「……だからバルタラ山に住んでいるの? 人間に迷惑をかけないために?」

「それだけが理由じゃないですよ。一つの都市に閉じこもるのは性に合わないんです。壁外はずっと広くて、色々なところを冒険したくて、」


 魔女の話は続いていたが、後半の内容はほとんど頭に入ってこなかった。


 まただ。この魔女はまた人間のために、自分を人型の枠に押し込めている。

 あらゆる不便に妥協して、あんな辺鄙な山の中で暮らして、それの何が楽しいわけ? 俺が魔女の立ち場だったらもっと自由に生きているよ。気に入らないものパーッと全部壊してさ、きっとすごく楽しい。今の俺にはできない。でも龍の魔女ならできるはずだ。それなのに彼女がそうしないのは何故?


 わからない。わかりたくない。苛々する。その人間の真似を今すぐやめろ。


「……グラウスさん?」


 魔女が訝しむような声をあげた。仮面を被ってきて良かったと思った。口元を手で覆うだけで、表情の全てを隠せるからだ。少し体を屈めて、まるで笑っているみたいにして、俺は会話を打ち止める最良の言葉を口にした。


「……その話は、減点だよ」

「グラウスさんが聞いてきたせいです!」


 悔しそうに地面を数度踏みしめる魔女のその仕草に、表情に、心の機微に。……人間らしさに想起される俺の感情が、心の底から不愉快でならない。


 なんで、どうして、俺はこの魔女の人間性を否定できない?


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