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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の化物証明
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第二十一話 錆跳通り


「おはよう、ございます……」


 翌朝、〝明け鳥の寝床〟前。約束していた時間に現れたのは、いかにも眠そうに目をしょぼしょぼさせる魔女一人であった。ぐったりとしているせいで、空っぽの荷車の持ち手に引っかかっているみたいに見える。


「おはよう魔女殿。辛そうだね。二日酔い?」

「いえ、その、朝日が……」

「へぇ。魔物は特に朝日に弱いって聞くけど、本当なんだ」


 俺の言葉に魔女はハッとなって幾分しゃっきりと背筋を伸ばした。失言に気がついたようだ。どうも都市メルキルエトの中ではもっと真面目に人間ぶろうと思い直したらしい。きっと随所で刺してきた俺の釘のおかげだね。


「すみません、私が変なこと言っていたら止めてください……」

「良いよ。ちなみに夕日はどうなの? 夕日も苦手?」

「いえ、不思議と夕日はそんなに辛くないんですよ」

「変なこと言ってるよ魔女殿。減点」

「そんな。聞いてきたのはグラウスさんなのに」


 悔しそうな声を上げても失言は失言だ。気になっちゃったんだから、しょうがないでしょ。


「ところで、従者殿はどうしたの。姿が見えないけれど」

「ヨシュアさんは今日はお休みです。昨日はずっと空を飛んでいたから、流石に疲れているみたいで」

「魔女殿、減点」


 ぐ、と魔女は呻き声をあげて押し黙ってしまった。本当に迂闊な魔女だな。少女の姿をしていて良かったね。その見た目なら、ちょっとくらいなら冗談の範疇に入れてもらえる。


「ってことは、今日は魔女殿一人なんだ。平気なの?」

「買い物をするだけですし、グラウスさんもいますから」


 その俺に何かされないか、不安にならないの?

 ついそんな意地の悪いことを言いそうになって、寸でのところで取りやめた。無意味な質問だったね。そんなこと思わないから、今ここに一人でいるんだもんね。

 俺はバルタラ山で明確に魔女の事を脅す言動をしたんだけどな。忘れているのか、それとも、大抵のことなら魔女一人でも跳ねのけられる自信があるのか。……脅迫後に生じた山小屋を揺るがす邪龍(推定)の一撃を思い出し、俺はふっと浮かんだ良くない考えを捨て去った。もとより危害を加えるつもりはないしね。本当だよ。


「まぁいいや。早速行こうか」

「はい。今日もよろしくお願いしますね」


 昇りつつある太陽に照らされた道の上を、がたりと荷車が動き出す。過ごしやすい気温に心地よい風の吹く、絶好の買い物日和であった。

 お目当ては白い大壁の先、中街。メルキルエトの誇る大市場、錆跳さびはね通りである。


□ ■ □


 大通りの左右にずらっと露店が並んだメルキルエト名物の商店街、それが錆跳さびはね通りだ。転移結晶を使って各都市からやってきた商人が、その時々で仕入れられた物を売買するための特区である。日によって商品も店すら可変する、物のごった煮のような通りだ。この通りで揃わない物はない。


 ……代わりに、本当にごちゃごちゃしていて目まぐるしい場所なんだよな、ここ。ふらっと観光する分には楽しいが、買い物自体が目的だったら土地勘がないと大変な苦労を伴うだろう。


「錆びた物でも跳ねるように売れていくから、錆跳通りって言うんだってさ」

「店が、人が、ずっと奥まで続いていますね……!」


 魔女はおのぼりさん丸出しできょろきょろと忙しなく辺りを見渡した。朝も早い時間というのに、錆跳通りは今日も変わらない大盛況を見せている。……ラードーンの炎の影響なんて、まるで一つも無いみたいに。

 実際影響なんて無いんだ。だって人間には転移結晶があるから。わざわざ壁外を通る必要なんてない。外がいくら燃えていようが、生活を脅かさないのならどうでもいい。


 ラードーンの炎をどうこうしたいと思っている人間は、たぶん俺だけなんだろう。


「グラウスさん、早く行きましょうよ! 日が暮れてしまいますよ!」


 魔女はきらきらと輝く眼差しに期待をめいいっぱいに詰め込んで俺の袖を引っ張った。ただでさえ子供っぽい容姿の上に観光客感が相まって、……俺が商人だったら間違いなくカモにしちゃうな。


「お嬢ちゃん、ちょっと見ていかないかい! サービスするよ!」

「ええ! 本当ですか?」


 早速かよ。

 見え透いた定型句に驚くほどあっさりと引っかかった魔女は、のこのこと宝飾品を扱う露店に向かってしまった。ちょっとは怪しんでよ。止める間もなかったじゃないか。


「この指輪と髪飾り、半値にしてあげるよ。どうだい?」

「んん、半値……。でもコレ、傷がついてますよ。造りも荒いし、半値でも割高では?」


 意外なことに、本当に意外だったんだけど、魔女が店主の甘言に飛びつくことはなかった。どうもこういった目利きは得手らしい。流石長く生きているだけはある……と、うっかり素直に感心しそうになったのだが、


「……これは俺の亡き息子が造った品でよ。拙い出来だが、俺にとっては形見みたいなもんさ。俺だって本当は売りたかない。でも、売らないと、妻の薬が買えねぇんだ。どうせ売るなら、お嬢ちゃんみたいな優しそうな人に買ってもらいたくってよぉ」

「……! そうだったんですね。そういうことなら、」


 良心に訴えかけられたらすぐこれだもんな。魔女が良心なんて持つなよ。


「へぇー。酒癖のせいで逃げた奥さん、戻ってきてたんだ?」

「げ、グラウス……さんじゃないですか。へへ、これはどうも。ラードーンの件でイカれちまったって聞いてたんですけどね、お元気そうで」

「お陰様で、すっかり元気だよ。……ほら、もう行こうか。買いたい物、沢山あるんでしょ?」


 あわや財布を取り出しかけていた魔女を無理やり店から引き離し、俺達は再び順路へと戻った。これを薬にあんまりウロチョロするのをやめてね。面倒だからさ。


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