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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第十八話 底抜けの穴


 店は今なお混沌とした活気の中にあった。本当は俺がこいつらの話を聞きだす場になるはずだったのに、どうしてこんなことになっているんだ? それはもちろん、予期せぬ知人との接触のせいだし、ずっと適当に生きてきた俺自身のせいである。


 魔女はテーブルの上に置かれたワインのボトルを並んでいる二つのゴブレットに傾けた。それでもうあのボトルは空っぽだ。うちの一つは、塩辛く茹でた芋を黙々と食べている従者の前に差し出された。俺の手元のタンカードもいつの間にか随分軽くなっている。でも、とてもじゃないが、新しいものを注文しに席を立てる雰囲気ではなかった。脅されているわけでも、武力をちらつかされているわけでもない。ただ出口を真綿で塞がれているような、そんな逃げ場のない空気がこのテーブルを囲んでいる、ような気がする。


「どうしてマチアさんは、貴方の事をジョンと呼ぶんですか?」

「グラウスじゃ駄目だったんだ。だから、適当な名前を、こう。……酒場で名乗る名前なんて、正しくある必要はないだろ」

「そんなことないと思いますけど……。で、なぜグラウスでは駄目だったんです?」


 魔女はにこにこと笑ったまま、しかし追及は続く。これまでの違和感の積み重ねによるものかな。今まで深く問い詰められてこなかったことを思えば、むしろ魔女は大変忍耐深いとすら言える。

 納得するまで質問するぞとでも言いたげな笑顔の一方で、魔女の口ぶりは俺を責めるようなものではなかった。わからない部分を詳らかにしたい、そんな純粋な探求心と好奇心とが透けていた。


「龍の魔女の噂を知りたかったんだ。尾ひれがついた曖昧なやつじゃない、噂の発信源から、直接。でもさぁ、怪しい仮面の男がいきなり酒場に入ってきて、話を聞かせろって迫って来たらどう思う?」

「……絶対話したくないですね」

「でしょ? テレジア教の異端審問官かなんかだと思われちゃったら、絶対話してくれないよ。だから仮面(グラウス)じゃなくて、素顔(ジョン)が話を聞きに行ったってわけ」


 はぁ、と魔女はなんとも気のないな声を出した。そうして、ちょっと考え込むような顔のままゴブレットを傾けてから「そういうもの……なんですかね?」と独り言のように呟いた。納得してくれたっぽい。やっぱり誠実さって大事だね。

 釈然としない表情を浮かべる魔女を視界に入れつつ、次の詰問が無いことにこっそりと胸を撫でおろしていると、


「……異端審問?」


 一人でつまみの皿を空けていた従者が声を上げた。今度はこっちか。そりゃあ、あんたらには気になるワードだよね、異端審問は。


「今のテレジア教には、異端審問の体制があるのか?」

「いいや、ないはずだよ。少なくとも俺は知らない。でも、あるんじゃないかって噂は皆大好きだ」


 テレジアは極めて人間を愛する神様だ、とされている。テレジア教にとって異端に相当する存在は魔物くらいなもんだろう。そして人の形をした魔物がいるなんて誰も知らない。信じてない。だから異端審問なんてないし、作られない。


「不安にさせちゃったかな。ごめんね、さっきのは俺の軽口だ」

「……あくまで、風説に過ぎないんだな」

「そうだよ。……あんたらの存在が明るみに出たら、わかんないけどね」


 従者はそれきり黙り込んだ。聞きたいことを聞き終えたからかもしれないし、俺の刺した太い太い釘が不快だったからかもしれない。魔女もまた口を挟まずに、だが真剣に俺達の話を聞いていた。これを機にもっと真剣に人間のふりをするようになるかもな。


 会話が途切れたのを好機に俺は席を立った。するつもりのさらさらなかった自分語りのせいで気分が晴れない。依頼の継続もなんだか危うい感じだし、散々だよ。遠慮一つなくぱかぱか飲んでる魔女を目の前にして素面でいるのも馬鹿らしくなってきた。


 追加で頼んだ料理がカウンターに出揃うのを待つふりをしながら、俺は二人きりで残された魔女と従者の様子を眺めた。俺のいない場でも自然な様子で酒や料理を楽しんでいる二人は、周囲の客となんら変わらない。


 店主から渡された酒を啜りながらぼんやりと彼女達を観察していると、二人組の男が彼女達の席に近づいていくのがわかった。どことなく穏やかじゃない雰囲気だ。場違いな少女の見てくれにでも惹かれたのかな?


 店内の喧騒のせいで会話の内容までは聞こえない。が、男の一人がコインを取り出したことによって、中身を推測することができた。賭け事か。魔女のワンピースも従者のダブレットも、やたらと質が良さそうだもんな。山暮らしのくせに。

 ピンと弾いた一枚のコインを、男が両手で握りこむ。右と左、二つの拳を差し出され、魔女はえらく真剣な顔つきでそれらを睨みつけている。コインはどっち、ってやつね。シンプルなゲームだ。


 彼女の選択は右手。結果は外れ。魔女は悔しそうな顔をして、にやにやと笑う男にいくらかの硬貨を手渡した。そして再びゲームに挑戦し、……また外したらしい。次のゲームも外れ。次も外れ。外れ。……うん。


「二人とも、お待たせ。なにか楽しそうなことをしてるね」


 流石に見ていられなくなって、俺は渋々料理を待たずに彼女達のテーブルに帰還した。魔女は助けを求めるような目を、従者は変わらぬ無表情を、二人組の男らは品定めするような視線をそれぞれ俺に寄越した。近くで見てから気がついたのだが、この男達の顔を俺は知っている。まともな噂は聞いたことがないな。


「さっきから見てたけど、お兄さん達、随分運が良いんだねぇ。今度は俺も混ぜてくれない? ……ああ、次のゲームは、その袖口を捲ってからやってよ」


 俺の指先に、男はただ舌打ちを返した。そうしてつまらなそうな仏頂面を引っ提げて無言で席を離れて行った。ごめんね、うまい商売を遮っちゃってさ。


「あれ? ゲーム、もうやらないんですか? 私、まだ一回も勝ってないのに」

「だろうね。あの二人、イカサマしてたよ」

「えっ」


 魔女殿は小さく驚きの声をあげた。全然気づいてなかったらしい。


「あの男、袖口にコインを隠してたんだ。魔女殿がどっちの手を選んでいても、空の掌を見せてきたと思うよ」

「そんな。……ヨシュアさん、気づいてました?」

「気づいていた。……てっきり、そういうゲームなのかと」

「……気づいてたんだ。その上で、ずっと黙って見てたって?」


 魔女が二人組の男にカモられている間、従者がひたすら静観していたのは、そんな理由? イカサマの瞬間を見ていた上で、それをイカサマだと思えなかったの?


 底抜けの穴を見ているような気分だった。純粋無垢、なんて言葉にはとても押し込められやしない。呆れを通り越して気味が悪い。そんな従者を一切咎めず、そうだったんですねなんて笑っている魔女も、どっちも。


「怒らないの?」

「怒る? 何をですか」

「あの二人がイカサマをしていたことだよ。俺、あの二人なら知ってるよ。追いかけることだってできる。報復したいなら、手伝ってあげる」

「お気持ちだけで十分ですよ。報復なんて、考えてません。そりゃあ、ちょっとは悔しさもありますけど、楽しかったですよ。あのゲーム」

「…………」

「きっと次は見破れます。そうしたら、次はもっとこのゲームを楽しめるでしょうね」


 そうなんだ。騙されて金を巻き上げられたっていうのに、楽しかったって言うんだ。


 なんだよそれ。そんな価値観、知らない。疑うこともしないで、流されるままに騙されて、それを知ったうえで笑っていられるなんておかしいよ。どうしてそういう風にいられるの。永遠を生きる魔女だから? 隣に邪龍を従えているから? ……人間じゃないから?


「あの? グラウスさん……ジョンさん?」

「……ごめん、酔いが回っていたんだ。もう平気。あと、グラウスでいいよ」


 心配そうな魔女の声に、俺は意識をようやっと酒場へと戻すことができた。酔いなんて欠片も感じていないが、魔女はそんな俺の言葉すらも信じ込んで、テーブル端に追いやられていた水差しを手渡してくる。


 頭の中にいくつもの言葉が溢れていた。また訝しまれてしまうから、俺はその全てに必死に覆いをかけて心の奥底にしまい込んだ。そうでもしないと、何かの拍子に口をついて出ていってしまいそうだった。


 俺はこの二人の正体を知っている。なんだって思いのままにできるほどの力を持っていることを知っている。なのに、なのにどうしてそれを使わないんだろう。


 なぁ、あんたらはなんで人間を許すの?


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