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魔女と邪龍の化物証明  作者: 中島とととき


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第十五話 夜は長いからね


「いやぁ、余裕だったね。魔女殿ももう出てきていいよ」


 大壁を越えた先、倉庫街の一角。背後の荷車に声をかけると、もぞもぞと荷台の帆布が動き出し、中から髪を乱した魔女が姿を現した。


「ここがメルキルエトですか……!」

「まだ外れも外れだけどね」


 小さく屈めていた身体をぐっと伸ばしながら、魔女は興味深そうに辺りを見回し、……ピタリと動きを止めた。その視線の向く先にあるのは、都市の中央に聳えるもう一つの大壁。


「壁の中にも、壁がある……?」

「驚いた? 元々あった大壁の、さらに外側にもう一つ大壁を築いて造られた都市。それがここメルキルエトさ」


 南方の大都市メルキルエトの最も大きな特徴は、この二重に構えられた大壁の存在である。都市自体の広さもさることながら、人類の防衛拠点としての優れた機能を兼ね備えている。安寧を求めて人々が集まり、人々を求めて商人が集まり、商人を求めて客人が集まる。メルキルエトは、俺が知る中で最も活気ある都市と言えた。魔女と邪龍まで集まってくるとは、誰も想像しちゃいなかっただろうが。


「あの壁の内側を中街、こっち側を外街と呼ぶんだ。買い物なんかは中街でするのがいいよ。大きい市場があるから」

「あの壁を越えるのにも、身分の証明が必要でしょうか」

「いいや、あの壁に関門の役目はないよ。今は飾りみたいなものだから」


 魔物除けの役目はあるけどね。


「本当に大きい都市なんですね、メルキルエトは。楽しみですね、ヨシュアさん!」

「そうだな。買い物も、観光も」


 石畳の上でリズミカルな音を立てながら、魔女を乗せた荷車が進む。申し訳程度に立っている街灯が俺達を弱弱しく照らしている。この辺りは倉庫が建ち並んでいるエリアで、夜中なこともあり、人通りは全く見られなかった。

 人目が無いことを十分に確認してから仮面を外し、俺は人の形をした侵入者達に向き直った。


「二人はこの後どうするの? 宿の当てはある? というかお金持ってる?」

「お金はありますが、宿は決めてないですね」

「だよね。良ければ案内させてよ。この辺りには慣れてるんだ」


 魔女は二つ返事で受け入れた。相変わらず人を疑うことを捨てているというか、第三者ながら不安になるほどに危なっかしい。ずっと無言で荷車を引く従者も従者で楽観的な魔女を諌める気配もない。彼女達はどうして俺の言葉をこうも素直に受け取るのかな。人間の善性を信じているとか、そういう話?


「ところで、どうして仮面を外したんです?」

「え? もうグラウスでいる必要がないからだけど」

「…………」


 魔女は本当に、それはそれは奇妙なものを見る目で俺を眺めていたが、結局何かを言うことはなかった。怪しいなぁとは思えるくせに、そこから先には進まない。今もなお、「案内するよ」という俺の言葉を信じて気楽そうに俺の後ろを歩いている。


 そんな調子でよくもまぁ自分達は人間だなんて主張できるね。人間っていうのはあんたらの想像よりもずっと利己的で嘘吐きだ。それがわからないというのなら、やっぱりあんたらは人間じゃないんだ。


 もちろんそんなこと教えてやらない。化物が無理に人のふりをしたって辛いだけだよ。これは俺からの親切心だ。


□ ■ □


 暫しの移動の後、俺達は草臥れた石造りの建物の前に辿り着いた。割れたまま吊り下がっている看板に、ヒビの入った薄汚れた壁。ここが彼女達の今夜の宿になる予定の場所、〝明け鳥の寝床〟である。とにかく安価で、とやかく詮索されないことに定評がある宿屋だ。俺もたまに使う。便利なんだけど、その分ちょっと治安が悪いことだけが難点かな。


 外見と違わず内装もそこそこ汚らしい宿だったが、贅沢が言える立場でないことは魔女も従者も承知しているようで、特に文句を言うことはなかった。

 卓上の呼び鈴を鳴らすと、ガラの悪い主人が奥から不機嫌そうな顔を見せた。彼は俺の顔を知っているけれど、二人の奇妙な連れ合いを一瞥しただけで、余計なことは何一つとして言わなかった。


「部屋を一つ、三日分。それと荷車を置かせてもらえないかな」


 主人は無言のまま、とんとんと受付の天板を指で叩いた。はいはい金ね。金額を提示するものはどこにもないけど、迷うことが無い程度には俺は〝明け鳥〟に慣れている。三日分の宿代を魔女から受け取り、それをそのまま主人に手渡すと、彼は裏から汚れた鍵を取り出しこちらに投げて寄越した。


「荷車は奥に置け。鍵はかかるが、面倒は見ない。部屋は二階の端だ」


 それだけ言って、主人は宿の奥へと帰っていった。こういうところがこの宿の売れない理由であるし、売れる理由である。


「鍵は信用しない方がいいよ」

「自己責任、ってやつですね」


 案内された部屋は二階だ。持ち込んだ積み荷は数回に分けて部屋に運び入れる必要があるだろう。手伝いたくはないなとぼんやり考えていた矢先、信じがたい光景が視界に映り込んだ。


「はは、まるで曲芸だね」

「こういうことは、得意なんだ」


 俺の軽口に淡々と返事をする従者の腕に、木箱が二つに樽一つ。自身の身長を越えるほどの荷物を悠々と担ぎ上げる男の姿があった。身体を強化する魔法はある。が、その存在を加味してもなお、人間離れした所業だ。


 俺はてっきり人間社会に溶け込むために人間の姿をしているもんだと思ってたんだけどな。本当は隠す気がなかったりする?


「そういうことをすると正体がバレるよ。人間はそんなに力持ちじゃない」

「……これ以上は、やめておきますか」


 従者の腕に追加の荷物を乗せようとしていた魔女が、俺の指摘に小樽を降ろす。まだまだ積む気だったんだ。正気じゃないな。この宿が閑古鳥の寝床で良かったね。


 一旦この辺でという魔女の言葉に頷いて、従者はそのまま重さを感じさせない足取りで二階への階段を登っていった。この調子だとほんの二往復程度で荷台の上を空っぽにしてみせるだろう。


「ねぇ魔女殿、ずっと聞きそびれていたんだけどさ」

「はい、なんですか?」

「この大荷物、何?」

「バルタラ山で採れる資源とその加工品です。売り捌いて財布の足しにします」

「なるほどねぇ」


 メルキルエトから遠く離れた東方の品なら、そこそこの値段で売れるだろうね。都市に入れるこの機会に売り捌こうってわけか。抜け目のない魔女である。


 魔女と適当に駄弁っていると、従者がのっそりと二階から下りてきた。そうして残った荷物をひょいひょいと担ぎ上げ、とうとう荷台の上を空にした。 


「荷車はどうする」

「部屋に入りそうですか?」

「入らない」

「じゃあ、荷車は奥の物置に置かせてもらいましょうか」


 輸送の可否ではなく部屋の狭さが制限か。どこまでが人間の際なのか、二人とも理解していないのかもしれないね。もう俺からは何も言うまい。


「グラウスさん、今日は色々とありがとうございました。無事メルキルエトに着けて、宿も借りられて、本当に助かりました」


 二階へ上がり、閉じ切った扉を三つ超えた先、殊更傷だらけの扉が彼女達に宛がわれた部屋らしい。二つの寝台を無理やりねじ込んだ狭苦しい部屋であった。

 背負っていたバックパックを隙間に押し込むように置いた魔女は、なんとなく扉の前までついてきていた俺の前までわざわざやってきて、ぺこりと丁寧に頭を下げた。


「これくらいなんてことないよ。炎の件は、よろしくね」

「任せてください。と言っても、頑張るのはヨシュアさんなんですが。……それでは、また三日後に」


 ぎ、と木製の扉が閉じていく。しかし閉じ切ることはなく、その動きは拳一つ分ほどの隙間を開けてピタリと止まった。不思議そうな表情を浮かべた魔女は、まずドアノブを確認し、次いで足元に視線をやり、最後に俺のことを見た。


「……あの、足」

「ん?」

「ん? ではなく。貴方の足が」

「ああ、ごめんね。魔女殿が閉めようとしたもんだから、つい」


 魔女の頭部の向こうで、大人しく寝台に座っていた従者がやおら立ち上がる。俺は慌てて無抵抗の意思を示すべく両手を挙げた。扉止め代わりの足はどかさなかったが。


「まだ何か御用ですか?」

「つれないこと言わないでよ。日付も変わっていないんだ、俺達にはまだできることがあるって、思わない?」

「……はっきりと仰ってください」

「飲みに行こう」


 今日のこの日を引き延ばせるなら何だって良かった。折角の機会じゃないか、あっさりと終わらせるなんて勿体ないよ。だって俺はまだ、その人間面の下を確かめていない。


 俺はにっこりと笑顔を浮かべた。「安くて良い店知ってるんだ」というありきたりな台詞が、ほとんど無意識に俺の喉から出ていった。魔女は怪訝そうな顔で俺を見て、それから自身の真後ろに立つ従者を見た。従者の方は、ちっとも面白くないとでも言いたげな表情を浮かべて、


「行きたい」

「じゃあ行きましょうか」


 行きたいんだ。この男に能動的な意思があるとは思わなかったな。


 予想だにしない快諾に笑顔を返しながら、俺は扉にかけていた足を外した。とびきりのお店に案内するよ。人外の舌に合う店なんて、欠片も想像つきやしないが。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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