第十二話 祈り
「それで、結局、従者殿が邪龍ってことで合ってる?」
「……概ね合っている」
「ヨシュアさんは邪龍じゃないですよ」
二人で違うこと言わないでくれないかな。
集合場所であるネシュの森と都市メルキルエトとは、歩いて移動するには少し怠さを感じるくらいの距離があった。もっと近くでも良かったかもしれないが、この胡乱な二人組との待ち合わせを都市の近くで決行するほど、俺は楽観的な人間ではない。実際魔女は邪龍の背に乗って来たしな。もうちょっと都市に近かったらガンガン警鐘をならされてたよ、絶対に。
人間の歩行速度かつ魔物に一切襲われないという条件下なら、メルキルエトまで徒歩三、四時間くらいの道程だろうか。夜の壁外、本来ならお喋りなんてしていられる状況ではない。
けど、俺、そういう性分に生まれてちゃってさ。この長い時間を、無言で歩き続けるなんてできないんだ。だから先ほどからずっと、興味のままに彼女達に色々な質問を投げかけ続けている。
「でも、魔女殿が乗ってきた翼竜、アレは従者殿なんでしょ?」
「……それは、そうです」
「じゃあ従者殿が邪龍なんじゃないの? 彼自身も認めていたわけだし」
「邪龍、みたいな特徴があるのは確かです。でも、それでもヨシュアさんは邪龍ではないんです。……従者でもないですよ」
「俺はリリエリの意見に合わせる。俺は邪龍ではないし、従者でもない」
要するに、従者は邪龍っぽいけど邪龍ではない存在ってこと? 意味がわからないな。わからないけど、俺はあたかも納得した体で、「そうなんだ」とだけ返答した。邪龍と邪龍でないものの境を定義づける行為に意味を見出すことができなかった。もちろん、従者と従者でないものにも。
……にしてもこの従者、ずっと適当なことばかり言いやがって。
「……貴方や、人々や、歴史の知っている邪龍ヒュドラとヨシュアさんは、別の存在です。ヨシュアさんはその身で邪龍を封じてくれているんですよ」
「へぇ。大変そうだね。魔女殿が封じたの?」
「概ね、そうです。私自身でも、邪龍の一部を封じています」
暴れまわっていた邪龍そのものを従属させているのではなく、自分や従者の身体に封じて力だけをいいように使っている、って感じなんだ。
不死の肉体に腐食の力。欲しがる人間はいくらだっているんだろうね、そこになんのリスクも無いのなら。
俺の目にはデメリットの方が遥かに大きそうに見えた。例えば転移結晶が使えないこと。魔物除けの影響を受けること。人間として、いられないこと。魔女がやたらとアルセダ顔料三番――魔力を遮断する物質に固執していることも、きっと邪龍に関係している。
「ところで、さっき従者殿になんか注射してたけど、アレなに? すごく見覚えのある緑色だったね」
「ええと、なんて言ったらいいですかね。元気が出る薬、的な?」
「俺はアレがないと人の形を保てない」
「……ヨシュアさん。そう赤裸々だと、グラウスさんが誤解してしまいますから」
誤解も何もないよ。俺はこの上なく二人の中身を理解しているつもりだけど?
……という気持ちは当然胸の内に秘めながら、俺は適当に「大丈夫だよ」なんて言葉を口にした。何が大丈夫なのかは俺だって知らないけど、「それなら良かったです」と言う魔女の声には若干の安堵が滲んでいた。
さて、従者の雑な回答のおかげで、魔女と邪龍のなんたるかがぼんやりと浮かび上がってきたような気がする。
従者は身の内に邪龍を封印している、とは言っていたが、実態はほとんど邪龍そのものなんだろう。だから魔力を断ち切る何かの力を借りないと人間のふりができない。で、それを手に入れたいがために魔女と二人で人間の願いを叶えてくれているわけだ。
とはいえ、そんな噂話だけを目当てにバルタラ山を登る人間なんて普通はいない。数年、もしかしたら数十年ぶりに訪れた人間が俺で、だからあんなにも歓待した。いつも人間の形をしていられるわけじゃないから、俺に都市メルキルエトに入る手段を求めた。
……というのは殆ど俺の想像に過ぎないが、そうだとしたらなんて涙ぐましい話だろうか。俺がまた魔力を遮断するアイテムをちらつかせたら、もっと言うことを聞いてくれるのかな。
「従者殿ってやっぱり人間の姿でいたいの?」
「……いたい」
「そっか。それって、どうすれば叶うの? 俺、これでも顔は広い方でさ。協力できることがあるかもしれないよ」
「アルセダ顔料三番のような、極めて効率良く魔力を遮断する素材が必要です。それか、邪龍の力を成している魔力を一度吐き出しきれば、蓄積するまでの間は」
「魔力を、吐き出す?」
「バルタラ山の峰にしてみせたようなことです」
つまり、見境なく辺りを腐り落とせばいいってこと? なんだ、自力でどうにかしようと思えばできるんだ。物で交渉する程度では、あまり強くは出られないな。
いや、待てよ。魔女の発言は、矛盾していないか。魔力を吐けば人間の姿になれるのなら、吐き出せはいいじゃん。それをしないのは何故?
「魔女殿さ、それって、俺の協力なんてなくても簡単に解決できるよね」
「……と、いいますと?」
「その辺を適当に腐らせればいいんだろ。ネシュの森でも、メルキルエトの大壁でも、バルタラ山にしてみせたみたいに。そうやってパーッと魔力を使い切ったら従者殿は人間でいられる。わざわざ人間の力を借りてまで、貴重な素材を欲しがる必要はない」
先ほどまできちんと受け答えしてくれていた魔女が、ぐっと言葉を詰まらせた。
からからと車輪の回る音が聞こえる。数歩後ろを進む荷車が、時折軋みを上げながら、それでも離れることなく俺の歩みについてきている。
不興を買ってしまったかな。先導の都合で、俺はこの二人に堂々と背中を晒している。もしもの際には碌な抵抗一つできないだろう。もっとも、龍の魔女にコンタクトをとると決めた時点で、俺は全てを飲み込んでいる。
小石か根でも踏んだのか、ガタンと大きく荷車が揺れた。それを契機に魔女が言う。俺の予想とは大きく外れた、降る雪のように静かで柔らかな声だった。
「……例えば、グラウスさんに世界をも滅ぼせるような力があったとして、それを自由に振るうでしょうか。振るわないとすれば、それは何故ですか?」
「うーん、難しいけど、他人に迷惑がかかってしまうからかな。結局のところ俺は人間で、社会がないと生きていけないから」
「私達も、同じです」
彼女の響きに近いものを、俺はどこかで聞いたことがある。いいや、折に触れて耳にしているはずだ。それは誰かと囲む食卓の前で。テレジア教の聖堂の中で。失くした友人の墓に向けて。
「私達もまた、人間だからです」
ああそうだ。魔女の言葉は祈りに似ている。




