エピローグ2
「あ、シュウが来たよ! シュウが!」
「ほら! おばあちゃんがまってるよー! 早く早く!」
「わかった。わかったからひっぱらないでくれ」
シュウが村に訪れると、数人の子供が一斉に群がってきた。その子供に囃し立てられるように、シュウは一つの小屋へと歩いていく。
「みんな元気か? 手伝いさぼってないか?」
シュウの問いかけに、子供達は皆それぞれの反応を見せる。
「あったりまえじゃーん! 子供扱いしないでよね」
「そ、そうだよ、シュウ。俺だってちゃんと、やってるぞ」
「え? プロンは昨日もおばさんに怒られてたじゃない」
「な、んなことねぇよ! この馬鹿女!」
「だれが馬鹿女ですってぇ!?」
そんな子供達のやりとりを見ながら、シュウは顔がゆるむのを感じていた。だが、小さい村だ。小屋までの距離はそう遠くない。あっというまに目的地に着いてしまったシュウは、子供達の頭を撫でながらやさしく告げる。
「ほら。あとで遊んでやるからさっさと手伝いすまして来い」
「はーい!」
「ちゃんとやるって言ってんだろ! シュウはすぐ俺たちを子ども扱いすんだから。ほら、いこうぜ」
そんなことを言いながらあっという間に消えていく子供達。後姿を見送って、シュウはおもむろに小屋のドアを開けた。
ドアを開けると、そこには老人達が集まっていた。そして、シュウの顔をみるなり、部屋の中は笑顔で満開となる。
「おや、きたね」
「なんだい。今日は少し遅かったようだけど」
「ごめん。ちょっと知り合いが来る用事があってね。さて。今日はブプラム爺さんからかな?」
「ああ、すまんな」
シュウはそういって、一人の老人の手をとると、そのまま奥の部屋へと入っていった。部屋といっても布で仕切られているだけのその場所に入ると、一つの椅子とベッドがある。ベッドに老人を座らせて、シュウは診察を始めた。
「ん…………。脈の乱れもあまりないみたいだし。ご飯はたべれてる? うん。ならいいか。とりあえず、俺が渡した薬を毎日飲んでくれよ? じゃないと、また調子悪くなるから」
「ああ。ありがとよ」
「体調が悪かったらとりあえずすぐに休むこと。農作業もほどほどにな」
「そんなこと言っていいのか? その農作業でとれたものがここにあるんだがな」
老人がそういって取り出したのは土のついた芋だ。まだ、根から切り離されてすらおらず、取り出した一束だけでもかなりの数の芋がくっついていた。
「いつも悪い」
「なぁに。私もシュウのおかげで働けるようになったんだ。感謝してるさ」
「ああ。ありがたくもらっとく」
老人はそういって部屋を出ていた。すると、次の患者が笑顔で入ってくる。それの繰り返しだ。
シュウ達はホルムに古びた教会のことを聞き、ミロル以外怪我人という過酷な状況でここまで逃げてきた。しばらくは森で木の実や獣をとって暮らしていたが、ある時この村の人々と出会う。もちろん、よそ者であるシュウ達に村の人間の態度は冷たかったが、シュウが怪我をした子供を治療したころからその態度は軟化していった。
今では、数日に一度の検診日まであるほどだ。
そして、いつも話し相手を探すように訪れる老人達と、数人の体調不良者を診察して、その日の診療は終わった。約束していた子供達と遊ぶと、シュウは村長に一言伝え帰途につく。すでに空は暗い。
その時、村から出ようとするシュウに声がかけられた。
「こら。何一人で帰ろうとしてんのよ」
「げ」
「げ、じゃない! この森、暗くて怖いんだから。ちゃんと迎えに来てっていつもいってるじゃない! この前なんかブプラムさんが――」
「わかった、わかった。悪かったよ、レイ」
シュウがしぶしぶ振り向くと、そこにはレイが立っていた。自分の足で立って、堂々とシュウと相対している。相変わらずのかわいらしさは健在だったが、奴隷島を出てからのレイは、ますますそれに磨きがかかったように思える。食事が改善されたからか、玉のような肌がまぶしいほどだ。
「なんで待っててくれないかな。そんなに面倒?」
そうやって頬をふくらませながら上目使いでシュウを見る。シュウはその視線にどぎまぎしつつ、顔をそむけ言葉を返す。
「腹が減っててな。死にそうなんだ」
「か弱い女の子が獣に襲われるよりも自分のお腹のほうが重要なの!? ひどい!」
「だから悪かったって」
「まあいいわ。シュウのおかず、分けてくれたら許してあげる」
「な――っ」
レイはそんなことを言いながらもすっとシュウの横に並ぶ。その時にはもう機嫌は直っていた。鼻歌を歌いながら空を見上げているレイをみて、シュウは今日の晩御飯のおかずに想いを馳せていた。
「俺のおかずが……」
その呟きは、森のざわめきの中に消えていく。
しばらく森を歩く二人。時折レイの様子を窺うしゅうだったが、意を決したようにレイに話しかけた。
「なあレイ……」
「なに?」
「傷……まだ痛むか?」
「傷? んー、たまに引きつれて痛いけど。でもだいぶましになったかな。でも急になんで? そんなに痛そうな顔してたかな?」
「いや、そういうんじゃなくてな……今日ホルムがこっちについたんだ」
シュウの言葉に、レイは大きな目をさらに開いて、手を口に添えた。そして数秒動きをとめたかと思うと、途端にはじけたような笑みを浮かべる。
「ほんと!? ホルムさん元気だった!? なんか懐かしいな~。もうそんな経つんだね! ……そんなに経っちゃったんだね」
はじめは嬉々としていた口調がだんだん沈み込んでいく。終いには、俯いて歩くのさえ遅くなってしまったレイを見て、シュウは苦笑いを浮かべながら話しかけた。
「上、見てみろよ」
「上? 今そんな気分じゃない」
「いいから。月が綺麗だぞ」
月という単語に反応してか、レイはいやいやながら空を見上げる。二人は立ち止まり月を見つめた。
「前もこうして月を見たよな」
「うん。なんだか、月を見るときって気分が沈んでるときが多いな。嫌になっちゃう」
「そうだな。俺も、ホルムに会えてうれしかったけど……それってこっから出発するってことだもんな」
「うん」
互いに目を合わせず空だけを見つめていた。そんな中、思い出されるのは当初の計画。奴隷島を出る前にしたサリベックス達と話し合った今後の予定であった。
サリベックス達は奴隷島で起こったことのすべての責任を背負って島から逃げた。当然、子爵家の人間たちはサリベックス達を追う。もしくは、捜索願などをだし身柄の確保を画策すると当然のごとく予測をしていた。そしてそれは現実になり、大きな町ではサリベックス達はお尋ね者、とまではいかないが捜索対象になってしまっていた。
最初は、怪我が癒えるまで教会で隠れ住もうという話だったのが、近くに村が見つかって話は変わった。隠れ住む場所を変えようという意見もでたが、それは村の実情を知ることで解決した。辺境にある村にまで伝えられる情報ではなかったらしく、サリベックス達のことは知らされていなかったのだ。もし知らされていたとしても、村の面々は逃亡奴隷を探すほど暇ではない。それを知ったサリベックス達は予定通り、この教会でホルムを待って、ホルムが到着次第、逃亡奴隷という身分を撤回するべく旅立とうということになっていたのだ。
「でもすぐに出発ってわけにはいかないだろ。準備もあるし、レイの怪我の様子もあるしな」
「うん……だから聞いたんだね。私の怪我のこと」
「寂しいか?」
「それはシュウもでしょ……」
口をつぐむ二人。そんな二人を穏やかな月の光は照らしていた。だが、旅立たないという選択肢はシュウ達にはない。このままここにいては逃亡奴隷の身の上を撤回することなど不可能だからだ。撤回に必要な金銭を手に入れるためには、環境が悪かった。
「……俺さ。牢屋に捕まってたとき、月、見てたんだ」
唐突に始まったシュウの言葉に、レイは思わず視線を向けてしまう。そして、月明かりに照らされたシュウの横顔をじっと見つめた。
「出れたらさ。またレイとこうして月が見たいと思ってたんだ。あの時みたいに。ばたばたしてて忘れてたけど、叶ってよかった」
「ん……そうだね」
「だからさ。また叶うと思うんだよ。願っていれば、またここに戻ってこられるかもしれない。こそこそしなくても、みんなと笑いあえるようになる。そのために、俺達は旅立つんだろ?」
そんなシュウの言葉にレイは思わず微笑んだ。
「何それ。慰めてくれてるの?」
「まあ、一応……」
そんなことを言いながら顔をあからめたシュウ。その様子を見て、レイは思わず声を上げて笑った。
「はははっ! 馬鹿みたい! シュウらしくないじゃない。…………でも、ありがと」
「ああ」
月明かりが二人を照らし、シュウとレイの顔を暗闇に浮かび上がらせた。レイの顔はわずかに赤くなっており、それに気づいたシュウもどこか気恥ずかしくなって黙り込む。
目線を合わせないまま二人は歩くが、すぐに寝床である教会についてしまった。その教会を二人は立ち止まって見つめていた。この扉を開けてしまえば、望んでも望まなくても旅立ちという現実が二人に訪れてしまう。
変化を恐れるのは人の常。二人も、穏やかな日常を捨てることに、少なくない恐怖を抱いていた。
「ねぇ、シュウ」
「なんだ?」
「私達が出会ったのって奴隷島だったじゃない?」
「それがどうかしたか?」
レイの質問の意味が分からずシュウが首をかしげていると、レイはどこか嬉しそうに話をつづけた。
「たとえ奴隷だったとしても、希望なんてどこかに忘れちゃったとしても……でも、今はこうしてあの島の外にいるし、これからはきっともっと違う未来があるって、そう思えるんだ。もう元の世界には戻れないかもしれないけど。でも、それ以外にも、楽しい未来があるといいなって思ってる」
レイの言いたいことを理解したシュウも、思わず笑みを漏らす。
「そうだな。俺もそう思うよ。最初一人きりだった俺だけど、今じゃおっさんやミロルさん、ホルムに……レイだっている。一人じゃないんだ。それだけで、ずいぶん心強いよな」
「うん……」
二人はようやく月から目を離すと、互いに見つめあい微笑んだ。そして、目の前のドアを見る。別れを告げる、変化を誘う、未来に続くそのドアを。
シュウは、ドアを見つめながら深く大きく一呼吸した。そして、ゆっくりとそのドアに手をかけた。
「俺たちの…………はじまりは奴隷。でもこれからは――」
そういって、シュウは教会のドアを勢いよく開けた。
――完――
ひとまずこれで完結です。続きに関しては構想はありますが、公募に出したりする関係上、すぐには難しいと思っています。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。また、機会があれば、お付き合いしてくださるとうれしいです。
ではでは。