24 Treasure
「んじゃあ運転手交代ね。ハンダーロウに着いたらそのまま買出し行ってくるかラー」
フリップさんはそう言って、ひらひら手を振りながらトレーラーのドアを開く。
そこからぽんと跳ねるように外へ出て行った。
ギィが入って来た時もあんな感じだったけど、もしかして階段とか、ないのかな。
彼らの身長で跳ばなきゃいけない段差だと、わたしじゃよじ登れるかどうかもあやしい。
ギィはトラクターに近い壁側に背中を預け、片膝を立てて、胡坐をくずした格好で座る。
すぐにどるん、ってエンジンがかかって、振動が足元に伝わってきた。
「うわ」
がくんって揺れた。
フリップさん、ギィより運転が荒い。ぐらぐらする!
わ、わたしも座ろ。
ギィのそばまで行って、真似して壁に背中をくっつけて、座りこむ。
わたしは胡座じゃなくて体育座りだけど。
近くにギィがいてくれると、ほっとする。
彼は座っててもおっきい。その大きな身体を見上げたら、彼はゆっくり頭部をこちらに向けた。
えーと。なにか、話すこと。
そうだ、
「ギィ、ハンダーロウって何ですか?」
「中央府から三百k程南にある商業区だ。物流の要となる道が交差している」
「商業区ってことは、おっきな街? ヒトがいっぱいいるから、フリップさんは運転代わったのかな」
わたしもギィも、人前に出るのはあまりよろしくない身の上なはず。
「そうだ。ハンダーロウから離れるまで車外には出るな」
「ハイ」
どんなところなのか見てみたい気もするけど、また捕まったりは御免だ。
せめてもうちょっと、格好がなんとかなってればなあ。
見た目でばばーん人間です! ってわかっちゃう。
服の裾をぐいぐい引っ張って剥き出しの膝を隠してみたけど、なんていうか、無駄な足掻きだった。
腕は半袖だし、顔がまる見えじゃどう頑張っても無理すぎる。
それに着せられた手術着のままなのが、ちょっと心細い。
とりあえずおしりの位置を少しずらして、ギィのほうに寄った。彼の近くにいれば安心するし、安全だ。
ギィはじっと静かに座っている。
わたしもそれにならって、がたごと車に揺すられるまま、黙ってエンジンの音に耳を傾けた。
しばらくしたら、エンジンの音がひとつじゃなくなった。他にも走っている車があるみたいだ。
ずっとまっすぐ進んでいたのが、右に左に曲がるようになって、そのうちクラクションがあっちこっちでぷーぱー鳴らされるようになった。
怒鳴り声まで時々聞こえる。交通ルールがものすごくコワイことになってるっぽい。
ぱぱーっ、
「おっさんソコどかないと踏んでくよー!」
──今のはフリップさんだ。
よく聞き取れなかったけど、知らないおじさんのがなる声がかえってくる。たぶん、やれるもんならやってみろとか、挑発っぽいことを言われたんだろう。
それに対するフリップさんはあっけらかんとしていた。
「あ、ソウ。じゃエンリョなくー!」
ぶおん、とエンジンが勢いよく唸る。どう考えても脅しだった。
フリップさんブッソウすぎるー!
うんわたし外には出ない。絶対出ない。
もう少しギィのほうに移動した。
しばらくすると、フリップさんは車をどこかに停めたらしかった。
運転席のドアを開け閉めする音のあと、合図のようにトレーラーをこんこんと叩く音がした。そうしてフリップさんはそのままどこかへ行ったみたいだ。
運転を代わる時に買出しに行くって言ってたっけ。
外には怖いオオカミがいるから、わたしはギィと一緒にお留守番。
フリップさんは山羊のお母さん。
子山羊のわたしは前回食べられそうになったので、さすがに懲りてる。外には出ない。
ちょっと退屈で、あくびを噛み殺しつつそんなことを考えていたら、トレーラーの周囲でおかしな音がしていることに気が付いた。
こん。かつん、
外側から、何かをぶつけたような。
誰か、近くにいる?
ごつ、かん、がりり──
音を立てている誰かは、コンテナの外側に、木の棒か何かを押し当てながら周囲を歩きはじめたみたいだった。
擦られる音が人の歩く早さで移動している。
ギィを見上げれば、彼はもうとっくに気付いてたみたいで、周囲を探るように首を巡らせていた。
「……なに、してるのかな」
いたずら?
なんだか気味が悪い。
「物盗りだな。この音を不審に思った所有者が車内から出てこなければ不在と見なして侵入するつもりだろう」
なるほど、空き巣に入る前にぴんぽんして「お留守ですかー」ってやるようなものか。
音のする方向を目で追いかけていると、ギィが立ち上がった。
条件反射でつい後を追おうと腰を浮かせたら、
「追い払ってくる。そこにいろ」
……釘を刺されてしまった。
そうでした、わたしは極力人前には出ないほうがいいんでした。
喋るのはとくにだめ。
ギィはドアの前で顔の下半分を砂避けの布で隠し、コートのフードを深く被る。
なんだか落ち着けなくて、一、二歩とうっかりギィのほうへ足を進めたら、彼がぐっと首を曲げてこちらを振り返った。
……な、なんですか。
おっきな黒いヒトは、わたしに歩み寄ってくる。
怒られるのかなと思ったけど、両脇に手を差し入れられて、すいと持ち上げられてしまった。
そのままぬいぐるみか人形みたいに両足をぷらぷらさせたまま運ばれる。
下ろされたのは、カーキ色の箱の中。最初にわたしが寝かされていたやつだ。
尖った指先が箱の縁を掴む。
「これは防弾性に優れた素材で作られている。伏せていればある程度の危険は防げるだろう」
……寝てるわたしをここに入れたのはきっとギィなんだ。
荷物を守る収納ボックスも、中に入れるならいいシェルターになるんですね。なんか使い方というか使われ方にちょっぴり疑問を感じますけど。
わたしを箱の中に納めたギィは、ゆっくり身体を離す。その動作が、なんていうか、トランプで作ったピラミッドの天辺をようやく積み上げた人みたいだった。
ほんのちょっとの風すら危険みたいな、まるでわたしが言うこときかない暴れんぼうみたいな、そういう腫れものにさわる時の慎重さがある気がして、少しむうっとなる。
そんなに聞き分け悪くないもん、うっかり身体が動いちゃっただけで。
二回ほど。 ……ごめんなさい。ちょっと落ち込むかも。
「おとなしくしてます」
しおしお気分が萎びて箱の中で身体を縮めると、ギィはそれでようやく納得してくれたみたいだった。ゆっくりと、でも広い歩幅であっという間に、ドアの前へ戻っていく。
がりり、がり──
……空き巣狙いの泥棒さんも、ドアの近くまできたみたい。
どうするつもりかな。
収納ボックスからこそっと頭の上半分だけ出して、様子を見守る。
ギィは静かにドアに手をかけ、タイミングをはかるようにしばらく止まっていた。
ドアが外側から誰かに触れられて、がたりと鳴る。その瞬間に、ギィはばんっと音を立てて勢いよくドアを開いた。黒い長身がすごい速さで外へ飛び出していく。
わあ。
真っ黒いコートの残像がオバケのようです。
ギィが出ていった反動でぎしぎし揺れるトレーラーの中で、そんなふうに思った。
外からは、知らないヒトの引きつった小さな悲鳴のあと、乱れた足音が聞こえてきた。転んだっぽい。
がさがさ、ざりざりって、慌てて立ち上がった後に走りだす音がして、遠ざかっていく。
ギィが何もしなくても、泥棒は彼の姿を見ただけで驚いて逃げちゃったみたいだ。
盗みを働こうとしていたとこからあんなにでっかいヒトが急に出てきたら、心臓が飛び出そうになるだろうなあ。わたしもちょっとびっくりした。
なんということでしょう、一番コワイオオカミはおうちの中にいたのです! ってカンジ。
もとより脅かすつもりであんなふうにドアを開けたんだろうし、ギィもなかなか人が悪い。
それとも、無傷で穏便に追い払ったんだから、これでいいのかな。
がっしゃん、
またトレーラーを揺らしてギィが中へ戻ってきた。
ドアが閉められるのを確認してから、わたしは箱の縁に手をかけて顔を出す。
「──もう、出てもいいかな」
泥棒はいなくなったし、危険はないはず。
箱から這い出そうとして、もそもそと手間取ってたら、いつの間にか傍まで来てたギィに両脇を抱え上げられた。
お手数かけてすみません、ここ足元がクッションでふかふかしてて安定しないんですよ。
ギィはまたわたしを箱に入れた時と同じようにして運ぶ。
たぶん狭いから仕方ないんだろう。もっと持ち上げられたら頭が天井にぶつかりそうだし、横抱きにされたら足を棚に引っかけそう。
でももうちょっとどうにかなりませんかこの持ちかた。
ちょっぴり疑問に思う扱いだけど、空間が限られたトレーラーの中だと、ギィの長い脚なら数歩ですぐに最初に座っていたところへ辿り着いた。
彼は長身を少し屈めて、わたしの爪先を元の場所の床に着ける。
足の裏の感触を確かめるわたしをゆっくり下ろしてから、さっきと同じように、壁を背にして座った。
わ、わたしも座る。
そそくさとギィの傍に腰を下ろして、膝を抱えた。
隣の大きな黒いヒトは微動だにしない。
言葉を教えてもらおうかとも思ったけど、やっぱりやめとこう。
今日はフリップさんにたくさん教えてもらったから、もう覚えられない気がする。これ以上詰め込むより、頭の中で言葉を反芻して、復習──
どすっ、ていう物音にはっとまぶたが持ち上がった。
いつのまにか身体が横になってる。あ、あれ、わたし眠ってた?!
きょろきょろまわりを見てすぐ、自分がギィの膝で寝ていたことに気が付いた。
「ダンナー、手伝ってよー!」
ドアの向こうからフリップさんの声が聞こえる。帰ってきたんだ!
急いでギィの膝からおりた。ドアの死角になる収納ボックスの陰に移動する。開けた拍子に通りすがりの誰かに見られちゃったりしたらまずいだろうし。
立ち上がったギィがドアを開けると、ぼとぼと、ってダンボールと紙袋がトレーラーの中に雪崩れこんできた。
「あ、やべ。ダンナごめん、これも」
さらにおっきなダンボールが、ギィの真っ黒い手に渡される。
「全部ミオのね。あと燃料と水の配達頼んできたから、そのへんヨロシクー」
ギィは大きなダンボールをわたしの前に置く。
その後ろで車内に入ってきたフリップさんが小さめのダンボールと袋を拾い集めている。それも目の前に積まれて、ちょっとしたダンボール箱のタワーができた。
「開けてイイよー。好きなの使ってね」
にいっとぎざぎざの歯ををむき出しにしてフリップさんが笑う。よくわからないけど頷いて返すと、彼はわたしの頭に手を置いてくしゃくしゃにした。
おかえりなさいって言いたかったけど、ドアが開いたままだし、人間のわたしは喋らないほうが良さそう。
「んじゃまたアトでー」
踵をかえしたフリップさんは、ギィと一緒に、ふたりそろってトレーラーから出て行ってしまった。
……ええと。
とりあえず開けてみよう。
いろんなものの名前を訊いてまわった時に、棚にナイフがあるのを見かけてたから、それを借りて封を切る。
ダンボールと紙袋の中にはいろんなものが入ってた。
靴と、ゴーグル、たくさんの布──砂よけのと、コート、それからワンピースやインナー、ズボン、手袋、靴下、ぱ
ぱ、ぱんつ……。
畳んでくるくる巻かれて小さなロールケーキみたいになったものが一ダースぶん、透明なプラスチックフィルムでまとめて包んである。淡い色合いの、シンプルだけどちょっとしたレースやリボンが可愛くて、意外と気配りさんなフリップさんらしいチョイス。
すごく助かるけど、男の人に下着を用意されるって、フクザツすぎる。
隠しもせずにフィルムのまま、いかにも業務用で仕入れて来ましたって感じなのが逆に救いだ。
必需品だし、ないと困るから、うん、よかった。
それに、ちゃんとした服、嬉しい!
ただのダンボールだけど、わたしにとっては宝箱みたいだった。
着てもいいかな、いいよね。たぶんふたりが出ていったのは、そのために気を遣ってくれたんだろうし。
顔を隠せばちょっとくらい外に出てもいいはず。
どれにしようか?
わたしはうきうきしながら服を見比べた。
着替えたら、お礼を言わなくちゃ!