第2話:誇らしげな大嘘と放課後の誘い
休み時間の教室は、女子グループの笑い声や、男子が机を叩く騒がしさでカオスな熱気に包まれていた。 だが、その喧騒からまるで結界が張られたように、ポツンと切り離された一角がある。
一番奥の窓際――小森あいの席の周辺だけは、冷徹なまでの静寂が支配していた。
……ように見えるのは、あいが全身の筋肉を硬直させて「孤高の霊媒師」を必死に演じているからに他ならない。 実際は、足元の床に転がった消しゴムを拾いたいけれど、キャラクターのイメージが崩れるので拾えず、ただ虚空を見つめていただけだった。
(はぁ……今日も私の周囲は漆黒の孤独に包まれているわ……って、うるさーい! 誰も私に話しかけないで、お願いだから平和にやり過ごさせて……!)
心の中の絶叫とは裏腹に、あいは小説の表紙をスッと持ち上げ、アンニュイな横顔を作ってみせる。その姿は遠目から見れば完璧に「近寄りがたいミステリアス少女」だった。
ガタッ!
「小森さんっ!」
その静寂と妄想の結界を、まるで隕石のように激しくぶち破る影があった。 突撃してきたのは蒲田良介。彼の瞳には、純度100%の憧れという名のビームがギラギラと宿っている。一歩間違えば鼻がつきそうなほどの至近距離で、良介はあいの机に両手を叩きつけた。
「えっ……!?」
突然の至近距離アタックに、あいは心臓が喉まで飛び出しかけた。 (な、なんなのこの子……! 朝からすごい目で見てきたと思ったら、休み時間になった途端にこれ!? 距離感がバグってるんだけど!)
クラス中の視線が一斉にこちらに集まるのを感じ、あいは冷や汗を背中に滝のように流しながらも、かろうじて作り物の冷笑を貼り付けた。
「……何の用かしら、蒲田くん。私の視線の先には、一般人には見えない『黄泉の国の裂け目』が広がっているのだけれど……近づくと、魂がすり潰されるわよ?」
ゲームや深夜アニメの知識を総動員した中二病全開のハッタリだ。 しかし、良介の感性はあいの斜め上、はるか宇宙の彼方を爆走していた。
「すげえ……っ! やっぱり噂は本当だったんだな!」
良介は感動のあまりその場で両手をギュッと握りしめ、目を星の形に輝かせる。そのピュアすぎる称賛に、あいは内心(えっ、通じちゃったのこれ!? 恥ずかしすぎて私の魂がすり潰されそうなんだけど……!)と頭を抱えた。だが、一度踏み入れたハッタリの沼から、もう引き返すことはできない。
「ふっ……当然よ。私には、この教室の隅々に巣食う『魔界の住人』どもの姿が、ハッキリと焼き付いているんだから」
調子に乗ったあいは、スッと片手で前髪をかき上げ、得意げに窓の外を指さした。
「えっ、この教室にもいるの!?」 「ふふっ、愚問ね。あそこのロッカーの上で丸くなっている『貪欲の亡者』や、あそこの天井の隅で逆さに張り付いている『呪縛の怨霊』が見えないのかしら?」
あいが適当に教室の一角を指さすと、良介は「うわぁ……!」と息を呑み、言われた場所を必死の形相で見上げながら、小刻みに震えだした。
「でもさ、小森さん! それって、幽霊は全員、僕たち人間の敵なの?」
良介の真剣すぎる問いに、あいは(ええと、幽霊の設定なんてその場のノリだし……!)と内心で冷や汗をダラダラ流しながら、必死に脳内をフル回転させる。
「い、いいえ。全員が敵というわけじゃないわ。中には、現世に未練を残してさまよっているだけの『哀しき迷い人』もいる。だけど……」
あいはふっと視線を伏せ、ほんのわずかに、クラスの隅で誰にも馴染めず一人でいる自分自身の影をそこに重ねる。――その寂しさを隠すように、あいはわざと冷酷な笑みを作ってみせた。
「……人間を呪い、理不尽に踏みにじろうとする悪しき者たちを断罪し、あの世送りにするのが、私の宿命なのよ」
カッコよく言い切った瞬間、あいの頭の中で(うわぁぁぁ今のセリフ中二病の極み! 墓穴を掘るってこういうこと!)と大反省会が始まったが、目の前の良介はさらに目をランランと輝かせていた。
「かっこいい……! めちゃくちゃカッコいいよ、小森さん!」 「えっ?」 「ねえ放課後! 暇でしょ? 暇だったらさ、その幽霊退治、僕にも見せてよ! 本物の除霊の瞬間、絶対に見たいんだ!」
ぐいっとさらに顔を近づけて懇願する良介。 あいは一瞬、思考回路が完全にフリーズした。
(かっこい……いいよ、だって!?)
心の中では、先ほどまでの調子に乗った自分を全速力で崖から突き落としたい衝動に駆られていた。
(どうしよう……! 幽霊なんて1ミリも見えない! 見えないどころか、私だって本当はクラスの隅でビクビクしてるだけの普通の小学生よ! 「神社の血筋だから見える」なんて大うそを万が一にも吹いてしまったら、一生笑い者だわ……!)
絶望の淵で、あいの脳裏によぎるのは、クラスでの孤立した日々、そして「これ以上変な目で見られたくない」という必死のプライドだった。
ここで「実は見えないの」と告白すれば、これまでのミステリアスキャラは一瞬で崩壊する。
(……こうなったら、今日の放課後が終わるまでに、どうにかして「それっぽい言い訳」を思いついて撒き逃げるしかないわよ……っ!)
あいはブルブルと震える膝を必死にスカートの布で隠し、作り物の冷ややかな微笑みを何とかキープして見せた。
「……ふっ、いいわよ。そこまで魂が震えているなら、今日の放課後――見せてあげてもいいわ」
「やったーっ!!」
良介の無邪気で底抜けに明るい歓声が、絶望に沈むあいの耳に容赦なく突き刺さる。 (私の学校生活、本格的にカウントダウンが始まったかも……) あいは遠い目をして、心の中で乾いた血の涙を流すのだった。




