第3話 放課後のファントム・タウンと錆びたハサミの嘘
放課後、西日が長い影を落とす校門前。 木陰から現れた蒲田良介は、待ちきれないとばかりにリュックを揺らしていた。 「お待たせ、小森さん!」 「……っ。遅いわよ、蒲田くん」 あいは服の襟を正し、精一杯の「冷徹な霊媒師」の表情を作ってみせる。だが、胸のうちは冷えきっていた。 (どうしよう、本当に来ちゃったよ! 放課後になったら忘れてるかもって期待した私がバカだった……! ええと、早く人気のないところへ連れて行って、それっぽく巻いて帰らないと!) 「ねえ、どこに行くの?」とキラキラした目で首を傾げる良介に、あいは昨日、情報通の幸田柚子――通称「ゆずっち」がクラスで話していた噂を脳内で必死に引っ張り出す。 (たしか、ゆずっちが言ってたっけ……。学校から少し離れた、空き家が増えすぎて『空き家街』って呼ばれてる場所。最近、夕方になると妙な物音がするって噂の……!) 「ふっ……行くわよ。今日、魂の波長が最も乱れている場所……この町の裏側に広がる『ファントム・タウン』へね」 「ファントム・タウン……っ!」 良介は目を星の形に輝かせ、その中二病全開の響きに少し圧倒されつつも、ワクワクしながら後ろをついてくる。
学校から歩くこと十五分。そこには、すっかり寂れて伸び放題の雑草に囲まれた、うら寂しい空き家街が広がっていた。冷たい夕方の風がヒュッと通り抜け、錆びたトタン屋根がミシミシと音を立てる。鉄と土の匂いが鼻をつくその異様な雰囲気に、あいはゴクリと生唾を飲み込んだ。 「……っ。感じるわ。この空気の冷たさ……間違いない、ここがファントム・タウンよ」 「すげえ……! 小森さん、本当に何か見えてるの!?」 良介がどこどこ!? と目を凝らす横で、あいは適当に目の前の廃屋を指さした。 「ふふっ、甘いわね。あそこのボロ家の中には、今まさに何者かの気配がうろついているわ。(……なんてね) 」「気配……っ! うわぁ、なんか緊張してきた……っ!」 良介がガタガタと震えながらも好奇心を隠せずにいると、あいは少し調子に乗って足を進めた。二人がたどり着いたのは、錆びた鎖が不気味に巻きついた、小さな公園だった。
あいは急にピタッと立ち止まり、頭を押さえて少し顔をしかめてみせた。 「くっ……! や、やばい……ここ、なんだか頭がクラクラするわ……っ!」 もちろん頭痛なんてウソだが、あいは「霊能力の負荷」をそれっぽく演出する。 すると、良介は自分のことのように少し心配そうに眉をひそめた。 「すげえ……って、大丈夫、小森さん! 無理しないでよ!」 (――っ!? い, いま……自然に心配してくれた……?) あいは頭痛の演技を忘れて内心で少しドギマギする。 (な、なんだろ、この子は……。もっと怖がらせるつもりが、なんか純粋に心配されてる……? くっ、ここでペースを乱されては冷徹キャラが崩壊する……!) 顔を真っ赤にしながらも冷笑の仮面を死守し、あいはごくりと唾を飲み込んでポケットに突っ込んだ。 そして、ゴソゴソと取り出したのは――ついさっき、自分の筆箱の奥底に入っていた、切れ味の悪いはさみだった。 「こ、これはね……っ! 魔を断ち切るための――私専用の道具よ! 気持ちを集中させれば、悪霊を追い払えるんだからね!」 (※――って、どういう理由よコレ!! 私、ただの文房具をそれっぽい道具みたいに言っちゃったよ!? 嘘がだんだん雑になってきてる、絶対後でボロが出る……っ!) あいが内心で冷や汗を流しているのとは裏腹に、良介の瞳は「魔を断ち切る道具……!」という言葉に素直に感心していた。 「すげえ……! なんか、かっこいい名前の道具!」 「今から、この場所を浄化する! 蒲田くんは危ないから、あそこの茂みに隠れていて!」 「わかった! 小森さん、気をつけて!」 良介が言われた通り、真剣な顔で近くの植え込みの陰にスッと身を隠したのを確認し、あいは大きく息を吐き出した。
(よし……誰も見てないな?) 夕暮れの冷たい風が吹き抜ける中、あいはハサミをギュッと握りしめ、誰もいない空間に向かってシャカシャカと空気を切り裂いた。 「それっ! えいっ! やあっ! 悪霊退散っ……!」 スイングするたびにヒュッ、ヒュッと乾いた音が響く。 (はぁ、はぁ……! 見えない、見えないけど、とにかくそれっぽく!) あいはさらに臨場感を出すため、自分の左腕を右手でギュッと軽く掴んだ。 「くっ……こいつ、手強いわね……!」 わざとらしく小さく息を吐き、あいは自分の腕についたうっすらとした赤みを、いかにも「見えない敵と戦った証」と言わんばかりの角度で良介のほうへチラリと見せつけた。
茂みの陰から、その戦いの一部始終を見つめている良介の瞳は、尊敬の色に満ちていた。 (すげえ……! 目には見えないけど、聞こえてくる風を切る音と、小森さんの緊迫した息遣いで、本当に戦っているのが伝わってくる……! しかも、あんなに真剣に、自分の力でこの場所を護ろうとしてるんだ……!) 良介の胸のなかで、あいの存在は「ただの変わったクラスメイト」から、「ちょっと秘密を抱えているけれど、すごく頑張っているかっこいい女の子」として、少しずつ確かな信頼に変わり始めていた。




