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「ッ!!」
息を呑むような、痛みに慄くような鋭く短い音……けれど薄膜越しに耳に届くような、もどかしさを孕んだ音に、弥生は振り返った。
最初に目に入ったのは、風切り羽まで美しい翼の影。
あの夜に見たのと同じ影だ。
闇の中に浮かぶ翼の影は、まるで天使のソレように美しく、弥生は無意識に恍惚の溜息を落としていた。
その影が揺らいで消えた先に何かが居る。
じっと見つめたそこには、大きな茶色い鳥……フクロウかミミズク…羽角があるからミミズクだと思うが、尋常ではない大きさに、先ず目を瞠った。
足で人間の頭を鷲掴みにしているのだ。
その大きなミミズクがギャッと一鳴きした途端、掛っていた薄膜が消え去ったかのように、入ってくる音がクリアになった。
「は、放してって言ってんでしょ!!」
ミミズクに頭を掴まれた人間…よく見れば、あの女だ。
弥生の真上の部屋で、騒音と迷惑を撒き散らす陸でなし……。
彼方も弥生に気付いたようだ。
クワッと大きく眼を開き、忌々しそうに片頬を引き攣らせている。
「ア…アンタ……見てないで、コレどうにかして!
早く!!」
ミミズクの方も、頭を掴んだ足はそのままに、顔だけくるりと弥生の方へと向けた。
機械仕掛けの人形のように、その動きには澱みがない。
丸い瞳と目が合う。
次の瞬間、ミミズクの姿がくしゃっと歪んだ。
歪んで、グルグルと渦を描きながら、さっきまでとは異なるフォルムへと変化する。
スラリとした体躯。
足も細く長く、だけど描く曲線は見る者を魅了してやまない。
その足の先…茶色いハイヒールの裏に、女の頭があった。
目線を上げる。
括れた腰の上、茶色い上着は皺ひとつない。これまでと変わらず流れる黒髪は艶やかで、横の方に少しだけ髪が跳ねているのが可愛らしさを添えていた。
「夜翁さん」
弥生は目の前のありえない光景……ミミズクがヒトへと変化したのに、それを不審に思う事なく声を掛ける。
その顔には、親しいものへ向ける様な、屈託のない笑みが浮かんでいた。
応える様に、夜翁も表情を和らげる。
そして無垢な笑みで挨拶をした。
「こんばんは。
佐々木様、こんな所をお見せしてしまって、お恥ずかしいですわ」
困ったように顔を伏せる夜翁に、弥生は満面の笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「とんでもない。
私の方こそ、お仕事の邪魔をしてしまったみたいで……ごめんなさい。
でも、本当にいつもお綺麗で…羨ましいです」
どこか、恍惚とした表情の弥生に、夜翁が目を丸くした。
「まぁ!
ワタクシなんて、まだまだ…でも、そう言って頂けるのは嬉しいモノですね」
互いに微笑みあう。
知り合いを前に、おしゃべりに興じる……日常の延長としか見えない光景に、足元の頭は一瞬声も出せなくなったようだ。
しかし、図太いのかなんなのか…すぐに喚き、暴れ出す。
「アンタ…アンタ達……なんでそんなに普通なのよ!!
いいから早く放してって言ってんでしょ!! なんでビクともしないのよ!!??
ちょっとそこの、ボケッとしてないで助けなさいよ!!」
呼びかけられたと気付いた弥生は、ゆっくりと首を巡らせ、夜翁の足元を見下ろした。
その顔には笑みも何も…表情と呼べるモノが何一つとして見当たらない。
まるで能面のように、虚ろな視線を向けてくる弥生に、女は声を詰まらせ震え上がった。
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