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「それは大丈夫やわ。
あっこの子供もやけど、一回ガツンと言うたらその後は睨んで来よるけど顔背けるし、なんなら逃げてくもん。
あれや…優しい人を見つけるんが上手いんやろな。
そんですり寄って、寄生しよるんやわ。せやからあたしは大丈夫。
心配してくれて、ありがと」
心遣いも嬉しいが、不安が拭えないのも事実で、弥生は川原の言葉に甘える事にした。
連れ立って階段を降りると、いつものポスト前で早耳が郵便物を出している所に出くわす。簡単に事情を話すと、早耳も友人宅に泊まれるならその方が良いと言い、駅まで送るなら、自分も新しく出来た洋菓子店に行きたいと言うので、結局3人で駅まで行く事になった。
途中、商店街に立ち寄って噂の洋菓子店に行くと、小さな店舗には数名の人影が見える。ショーウィンドゥにはまだ商品が残っていて一安心だが、今いる客と自分達の人数を考えると、全員で入らない方が良いだろうという結論になり、先に早耳と川原、後から弥生が入る事になった。
一人店舗前に残す事を心配してくれたが、人通りのある商店街と言う事で、困るような事態になるとも思えない。
店舗前には椅子が数脚置かれていて、入店を待つ人が他にも居た事が窺える。弥生もその椅子の一つに座ると、鞄からスマホを取り出した。真柴にメールをしておこうと思ったのだ。
到着予想時間をサクッと入力し送信ボタンを押す。
スマホを鞄に戻し、ふぅと一息吐いた所で弥生の前に人影が立ち止まった。
瞬間的に緊張が走る。
無意識に鞄を抱え込み、座ったまま身を引いてしまったが……。
「お待たせしました」
聞き覚えのある声に、弥生は人影を見上げる。
そこには、相変わらずこの暑いのに上着まできっちりと着こなした美人…夜翁が立っていた。
しかし『お待たせしました』と言う文言はどう言う事だろう?
約束なんてしていない。
つい鞄を漁り、スマホの通知も確認するが、特に何も届いていない。
「ぁ、ぃぇ…あの…?」
夜翁は上着の内ポケットに手を差し入れ、封筒を取り出した。
「料金の振り込みを確認いたしましたので、領収書をお持ちしました。
御確認頂けますか?」
差し出された封筒を受け取り、中を確認する。
見慣れた領収書の写しが入っていた。
「……その、はい……ありがとうございます」
夜翁は微かに口角を引き上げた。
ほんの少し上がっただけなのに、ゾクリとする程妖艶な微笑みに、弥生の目が釘付けになる。
同性に対して変な趣味は持ち合わせていない筈だが、魅了されるってこんな感じかしら…なんて、かなりズレた感想を抱いた。
ぼうっと見惚れていると、夜翁が一歩弥生に近付き、内緒話をするように耳元に寄せて上体を折る。
「今日、この後から着手しますね。
赤子につきましては未だ保留と言う事にしておきます。
では吉報をお待ちください」
上体を戻し、一礼して立ち去る夜翁に、弥生は思わず手を伸ばした。
振り向く事なく去って行く背中が、掻き消えるように見えなくなった途端、視界が明るくなる。
「……え…?」
さっきまで自分は何処にいたのだろう…?
人通りのある商店街だと言うのに、何故弥生と夜翁以外の人の姿も声も、何もかもが無いように感じていたのだろう?
まだ日も沈みきっていないのに、明るくなったと思ったのはどうしてだろう?
そんな筈ないのに、そうとしか言えない感覚に、弥生は寒気を覚えた。
そっと自分の腕を掻き抱く。
「弥生ちゃん?」
「大丈夫? 真っ青やないの…」
川原と早耳の声に、やっと意識を現実に引き寄せる。
「ぁ……いえ、すみません。
大丈夫です」
『でも』と心配する二人に笑みを返し、交代に店に入ってお土産を選ぶ事に専念する。
そうしないと、自分が奈落に引き込まれるような…そんな有り得ない感覚に支配されそうだった。
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