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部屋の掃除やらで何とか時間を潰しているうちに、ドアの修理が終わったらしい。
修理代金は弥生に非がない事が明らかで、請求はされなかった。凹ませた岩田が払うのかどうか…それは弥生にはわからないが、その場はお礼を言って見送る。
換気に開けていた窓を閉めていると、夕暮れの空が酷く穏やかに見えて…弥生の日常が遠く、壊された事を如実に突き付けてくる。
なんだか遠いのだ。遠く感じて、自分が世界から切り離されたように思ってしまった。
気持ちを切り替える様に施錠し、カーテンも閉めてしまう。
置きっ放しにしていた鞄を手に取り、戸締りを確認する。
靴を履いて廊下に出て、ドアの鍵を閉めた。
ガチャリと、軽いのか重いのか…何とも言い難い音を立てて鍵がかかる。
修理されたドアは、そんな事件はなかったとでも言いたげに、元通りに見えた。
帰った職人さん曰く、本当は交換も考えたらしい。
鍵と蝶番部分の不具合がそんなになかった為、修繕対応にしたが、何かあれば連絡をくれと言われている。まぁ今夜は真柴宅に戻るので、明日以降に不具合が出れば連絡しようと思う。
施錠を確認し、川原宅に声を掛けた。
朝、お世話になって時間を潰せたし…と。
ドアホンを押すと、直ぐに川原が出てきた。
今日はもう1日友人宅に泊めてもらうので…と、簡単に立ち話をしていると、階段の方に小さな人影が現れる。
弥生は音で振り向き、ヒッと息を呑んで固まった。
異常な弥生の態度に川原も吃驚して、身を乗り出して廊下の方を覗き込む。
小さな人影は、一見無邪気な笑顔を貼り付けて、タタッと走り寄って来た。
「あ~そ~ん~で~」
チェーンで開かれなかった扉の奥、そこで怯えて震えていた弥生の姿を、その子は赤い母親と共に見た筈…それなのに、そんな事は覚えていないのか、何の屈託もなく近付いてきた。
「お腹もすいちゃったなぁ~。
コーラはあるぅ~?
お菓子はチョコレートがいいなぁ~」
ニタリと笑う口の奥、覗き見えた歯は、歪んで黒ずんでいた。
子供は真っすぐに弥生を見据え、抱き着こうとでもするかのように両手を広げている。
ガタガタと震えて動けない弥生に、川原が慌てて廊下に飛び出した。
子供はスンと表情を消す。
そして小さく舌打ちした。
あんな小さな子供が舌打ちなんて……と、頭の片隅で思うが、そんな思考は一瞬で霧散する。
「おばちゃんじゃない~。
ねぇ、おねえちゃん、あたしイイコだよ?
イイコだから何か食べさせて~、遊んで~、お家にいれてぇ~」
動けない弥生を背に庇い、川原が声を荒げた。
「お呼びじゃないのはてめぇだよッ!!
とっととお前の家に帰んなっ!!!」
川原の剣幕に、子供はプイっと反転し、階段の方へ消えていった。
階段を上がって自宅に戻ったのか、それとも下へ行ったのかわからない。
震えの治まらない弥生の背中を、川原があやす様にトントンと叩いた。
「大丈夫? ……じゃなさそうやんなぁ…少しだけでも家で休む?」
川原の気遣いに頷いて、落ち着くまで…と川原宅に上がらせて貰う。
5階からの怒鳴り声と赤ん坊の声にげんなりしながらも、川原のお蔭で耳に痛い程飛び跳ねて脈打っていた心臓も、少しずつ平常運転になって来た。
電車の時間もあるし…と、日の沈みきらない間に駅に向かいたい弥生は、丁寧に川原にお礼を言って立ち上がる。
心配して駅まで送ると川原が言ってくれるが、それには弥生の方が心配になった。
だって川原だってあの子供…と言うか、5階のあの一家に目を付けられているのではないか…と思うと、甘えるのは憚られるのが普通だろう。
そう思って聞くと、川原は困ったように笑って首を横に振った。
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