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「………はぁ…」
話を聞くうちに、零れ落ちたのは溜息だった。
「とまぁ、こっちとしても加害者がはっきりしとるんは助かりましたけど、その……言い分がね…。
筋の通らんっちゅうか……もう、こんな言うたらいかんかもですが、支離滅裂で……」
中年刑事は困ったように、額に浮かぶ汗をハンカチでやや乱暴に拭う。
恐縮する中年刑事と、どことなく不満げな若手刑事を前に、弥生が再び溜息を吐く。
結局は逆恨み…なのだろう。
弥生の真上の部屋…どうやら『岩田』と言う名字らしい。
そこの男性…一家の大黒柱なる存在が『妻と娘が自治会長から受けた注意で傷ついた。その原因はお前だから償え』という、どうにも理解しがたい理由で殴り込みを掛けてきたのだそうだ。
困っていたのは確かだが、自治会長へ弥生自身は報告も相談もしてない。した方が良いかなと悩んではいたが、結局弥生自身はしないまま現在に至っている。
それを理由にされても、それは本当に逆恨みでしかない。
「詳しい話は、ちょっと……どないしよかな。
署まで…来て貰った方が良いんやろか……」
う~んと眉尻を下げて困り切る中年刑事に、不安を滲ませて弥生が尋ねる。
「警察署って……なんか私が悪い事したみたい。
そう見えてしまいますよね? なのに行かなきゃいけないの…?」
「いや、すんません。
一応被害届…出しますよね?
あと事情聴取っちゅうか…証言みたいなんは記録せんとあかんから」
言いたい事はわかった。
聞けば扉は思い切り蹴る等されたらしく、酷く凹んでしまっているらしい。伝聞調で申し訳ないが、弥生自身、部屋の状態を…この場合扉の状態をまだ見ていない。
昨日は自宅に戻らず真柴の家へ直行し、今帰宅したばかりだったので、どうしても聞かされた情報頼りになってしまうのだ。
そう言う事情も話すと、まだ何かしている…多分指紋の採取なんかだろうが…が続くドアを遠目に見てから、近くの警察署へ向かう事になった。
そこで被害届を出し、フロアの隅にある小さな部屋で話を続ける事になった。
勿論、犯人ははっきりしているし、弥生は被害者と言う立場に揺るぎはないので、取り調べ室の様な閉鎖空間ではない。
そこで流れがやっと見えてきた。
今日の午前中に怒声と殴打の音に気付いた403号室の森魚が、自治会長に電話したのだそうだ。
この前の事もあり、父親は仕事でいなかったようだが、心配して祖母を呼んでいたらしい。その祖母の助言もあり、先ずは自治会長へ電話したのだそうだ。
電話で駆け付けた自治会長は、弥生の部屋…405号室のドアを執拗に殴る蹴るする505号室の男性を目撃。
暴れる彼に声を掛け、何とか宥めようとする者ものの反対に掴み掛られて、自治会長の方が殴られてしまったようだ。
流石にその頃になると、音を聞きつけた野次馬も集まっていて、そのうちの誰かが通報したという流れ…そして現在に至っていた。
「まぁ、佐々木さんの状況はわかりました。
聞いたら、連日でかなり迷惑になってたみたいですな。自治会長から被害届も出して貰いましたし、もう帰って貰て構いません。
いやぁ、帰宅したばっかりやったのに、ここまで連れて来てすんませんでしたなぁ。
ちゃんと車で送らせて貰いますんで、少し待っとって下さい」
しかし…と、弥生の表情は曇る。
「あの…あんなに凹んだドア…鍵が壊れてたりしたら……えっと、捕まってるのは旦那さんだけなんですよね?」
そう、あの化け物じみた妻と、不気味な娘、そして赤ん坊は身柄を拘束されていない。あくまで暴行を働き警察に捕まっているのは男性だけだ。
今夜はあの妻の方が逆恨みで襲撃してきそうで恐ろしい。
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