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――ジリリリリリリリリリ
弥生は枕元に置いてある、古式ゆかしい目覚まし時計に手を伸ばす。
伸ばして音を止めはするものの、本当に覚醒に至っている訳ではない。最早条件反射のようなモノだ。
スマホのアラームで起きられない為、古くとも耳に煩いこの目覚まし時計を愛用しているのだが、連日の睡眠不足で、そろそろこれでも起きられるか怪しくなってきている。
「……ん…ぅ…」
音被害だけでなく早朝からじりじりと上げり続ける気温も相まって、疲れは一向に取れない。寝穢くドロリと溶けるように、まだ布団にへばり付いた。
このまま二度寝と洒落込みたいが、仕事をサボる訳にもいかない。
重だるい身体をもぞもぞと動かして、何とか布団から引き剥がした。
カーテン越しに差し込む日光が、心底恨めしい。遮光カーテンではないので、日差しが入ってきてしまうのだ。
布団の上に暫くぼうっと座り込んでいたが、いい加減行動しなければ間に合わない。
『よいしょ』っと婆臭い掛け声と共に立ち上がり、布団を畳んで押し入れに放り込む。洗面所に向かい、顔を洗うと少しシャキッとした。
身支度をしながら、キッチンに向かい鍋で湯を沸かす。沸くのを待つ間にトースターに食パンを放り込み、インスタントコーヒーをマグカップに入れた。
朝食は白米に味噌汁派な弥生だったが、昨今の米高騰に泣く泣くパン食になっている。それも慣れたと言えば慣れたが、やはり、どうしても食べたくなる時があって、少し切ない。
特に今日はそんな気分だったため、小さく溜息が漏れた。
そうしているうちに上の方から、赤ん坊の泣き声と走り回る足音が響いてくる。当然のように、男女の『煩い』『いい加減にしろ』と言う怒鳴り声付き。
まだ数日の事ではあるが、漏れる溜息が更に深くなった。
気持ちを切り替え、隙間時間に他人様の視覚の暴力にならない程度の化粧をし、髪を梳いてから、後ろで一つに括った。
100均で買ったバレッタを、括ったゴムの上に止めてたところで、トースターがチンと軽快な音を立てる。
冷蔵庫から出したマーガリンを適当に塗り、立ったままコーヒーで流し込んだ。
「あ…やば」
いつもなら水筒の用意をするのだが、今日はぼうっとしていた時間が少し長かったようだ。
就寝前に洗っておけば良かったのに、ついそのまま布団に倒れ込んでしまい、流石に今から洗って準備…は厳しい。今日はマイボトルなしが確定してしまった。
駅までの通り道に自販機がなくコンビニに寄るしかない為、早々に家を出る事にする。
使った食器をざっと水で流してシンクに置いておいた。
帰宅してからの洗い物が増えるが仕方ない。
鞄を手に、急いで家を出る。
施錠して階段を下りて行くと同じ団地の御婦人方が、ポストの前でお喋りをしていた。
「おはようございます」
飲み物購入と言う余計な寄り道は増えたが、いつもの電車には余裕で乗れるので、ちゃんと会釈付きで挨拶をする。
「おはよ~」
「おはよ、今日も暑くなりそうね」
「あらまぁ、もう出勤時間なのねぇ」
三者三様の挨拶を受け、弥生は笑顔でその場から離れようとした。
時間に余裕があると言っても、あまりギリギリにはなりたくない。
電車に乗り遅れるのも、間に合うようにダッシュするのも、出来れば避けたいのだ。朝一番から体力を使ってしまっては、ただでさえ睡眠不足なのに、夕方まで耐えきれないだろう。
それなのに御婦人の一人に『ちょっとちょっと』と呼び止められた。
何かしでかしてしまっただろうかと、少し不安になり足を止めると、呼び止めた一人が手招きをしつつ、小走りに近付いてくる。
「ちょっと、大丈夫?
顔色悪いわよ…」
心当たりアリアリな弥生は、苦笑を浮かべて曖昧に言葉を濁した。
簡単ではあったが化粧で誤魔化したつもりだったのに、一見して見破られると言うのは、何とも気恥ずかしい。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
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