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15/21

15


 気付けば、だらりと重力に素直に引かれたドアチェーン越し、薄く開いたままの隙間の向こうに居た目玉と爪のお化けは、跡形もなく消えていた。


 ほぅと息を吐いて、弥生はゆっくりと立ち上がろうとする。

 だが、膝に力が入らず、弥生は立ち上がるのを諦めた。

 とても身体が重い。




 訳もなく涙が頬を滑り落ちる。

 ボロボロと伝い落ちて、玄関に幾つもの丸い染みが描かれた。


 それでやっと怖かったのだ…恐ろしかったのだと、思い至る。

 身が竦み、麻痺していた感情が戻ると同時に、痛覚も戻って来たらしい。

 頬にチリとした痛みを感じる。

 そっと痛む部分を指で(なぞ)れば、指先が赤く染まった。


 どうやら女性の爪先が当たるか何かしていたらしい。

 滲む程度の流血だが、薄っすらと指先に広がる血の赤さに、恐怖と怯え、そして訳の分からない憤りも加わって、弥生はその場に泣き崩れた。




 翌朝、弥生は散々だった。

 頭痛もだるさも酷くて、思わず仕事を休んでしまいたいと思う位だったが、昨晩の意味不明な突撃を考えると、家にいる方がストレスになりそうだ。



 昨夜はあの後、呆けたように泣き続けていると、チェーンのかかったままのドアの隙間から、声を掛けられた。

 ビクンと大きく跳ねて怯える様に、声の主は慌てたらしい。


 あの目玉お化けと違い、心配するような…少女の柔らかな声に、やっと焦点が定まった。

 相手の顔を視認した途端、ごっそりと力が抜け落ちる。


 まだ若い彼女は403号室の住人で、現在高校生だ。

 さっき目玉お化けを撃退してくれたのは、どうやら彼女の父親らしい。

 ちょっと『そちら系の御職業で?』と、尋ねてしまいたくなるような強面の男性だが、本人は至って温厚だ。


 聞けば彼女――名を森魚(もりお) 知子(ともこ)と言う女子高生が、あの狂ったような女性の暴れっぷりに、父親を(けしか)けてくれたらしい。

 ちなみに父親の名前は森魚(もりお) 将太(しょうた)と言い、弥生同様、5階の新住人からの挨拶はなかったので、顔も何も知らない派である。


 冷静に考えれば、あんな化け物相手へ、如何に強面とは言え、穏やか且つ小心者な父親を(けしか)けるなんて、危険だと思うのだが、正直言うと助かった。

 まだ高校生な彼女とその父親に、迷惑を掛けるのは心苦しいが、あんなの弥生一人の手には負えない。


 話を聞いていると、404号室の川原が、今日から不在なのだそうだ。

 その川原夫妻が出かける時に丁度出くわし、知子も気を付けるように言われたらしい。

 そこへ常軌を逸した声が、あまりにもタイムリーに飛び込んできて、家で休んでいた父親に怒鳴って貰ったのだそうだ。

 落ち着いてからにでも、御礼に伺わなければ……。



 何にせよ、昨晩は森魚父娘(おやこ)のおかげで助かった。

 その後の事はあまり記憶に残っていないが、無意識に普段通りの事はしていたのだろう。風呂に入って着替えて就寝……ただ、頭は爆発していた。

 髪を乾かさずに寝てしまったのだろう。

 昨夜は本当に精魂尽き果てていた事が、ありありと見てとれる。鏡の中に自分に、深い溜息が零れ落ちた。


 疲れ切った身体に鞭打つ事になるが、家にいるより仕事に出た方が心の平穏は保てる。

 弥生はいつも通りの準備をし始めた。


 ぴょんぴょんと跳ねまくっている髪を、(くしけず)って一つに結ぶ。自由奔放な毛先と格闘する気力はない。


 昨夜つけられた頬のひっかき傷が、妙に目立つ。

 手当をして、今日は化粧は程々にする。日焼け止めの方を丁寧にした方が良さそうだ。

 傷そのままでも目立つので、どうせなら…と絆創膏も貼った。

 食欲もないので、少し砂糖を多めにしたコーヒーを淹れる。


 熱いコーヒーが身体中に染みわたるようだ。

 ホッと息を吐き、スーツに着替え、鞄を手にしようとした所で、あのチラシが目に入った。






ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。


リアル時間が少々慌ただしく、隙を見計らっての創作、投稿となる為、不定期且つ、まったりになる可能性があります。また、何の予告もなく更新が止まったりする事もあるかと思いますが、御暇潰しにでも読んで頂けましたら嬉しいです。


ブックマークやリアクション等々も、頂けましたらとても励みになりますので、どうぞ宜しくお願い致します。

ブックマークや評価等々くださった皆様には、本当に本当に感謝です。


AI不使用な事もあり、誤字脱字他諸々のミス、設定掌ぐる~等々が酷い作者で、本当に申し訳ございません。見つけ次第ちまちま修正したり、こそっと加筆したりしてますが、その辺りは生暖かく許してやって頂ければ幸いです<(_ _)>

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