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もしかして自治会長だろうかと思い、弥生は玄関に向かう。
先程聞こえてきた言葉から、その可能性は高かった。
とは言え確証がある訳でもない為、失礼かもしれないがドアチェーンはそのままにしておく事にする。
古い団地なので、エントランスにオートロックなんてものはないし、だれでも自由に入り込めてしまう。不審者が何時現れても不思議ではないので、最低限の自衛は必須だ。
チェーンはそのままに、鍵を外してドアノブに手を掛け、回す。
その途端、薄く開いたドアの隙間から手が伸びてきた。
「!!??」
咄嗟に身を引く。
よくぞ避けられたと、自分で自分に感心してしまう。
そのくらいに、想定外の出来事だった。
だが、流石に吃驚して引き過ぎたのか、そのまま玄関の床に尻もちをつく事になった。
真っ赤な色が、やけに目に焼き付く。
それにラインストーンのような輝きが装飾された爪が、まるで肉食獣の一撃のように宙を掻いた。
「なんのつもりよ!!??」
弥生は思考が止まり、ドアの外へ戻って行く爪を、弥生は呆然と…瞬きを忘れたかのように眺める。
「なんとか言いなさいよ!!!」
呼吸が上手くできない。
「厭味ったらしい……。
独身だからって、アタシに対する当てつけ!?」
意味が分からない。
独身が当てつけ? 何をどうすればそんな考えになると言うのか……。
というか、これは誰なのだろう。
ドアチェーンが何度もガシャガシャと、耳障りな音を立てていた。
それでやっと気付いたが、ドアの向こうにいる人物は、弥生の部屋のドアを何とかして開けようとしているようだ。
「外しなさいよ!!
アタシを不快にしたんだから、ちゃんと謝って!!
早く!
謝れって言ってんの!!!」
ドアの隙間から血走った眼球が、これ以上ない程見開かれて覗き込んでいる。
それを見て、弥生は声にならない悲鳴を喉に詰まらせた。
まるで目玉のお化けだ。
少なくとも、弥生にはそう見えた。
狂気を孕んだ目玉に、まるでピンで固定された昆虫標本のように、その場に縫い留められる。
「聞いてんの!!??
早く謝って!
そんで慰謝料払いなさいよ!!!」
この女…多分女性だ……は、何を言っているのだろう?
全く…何一つとして理解出来ない。
そも、この目玉お化けが誰なのかもわからない。
ふと浮かんだのは5階の新しい住人だが、こんな高圧的に乗り込まれる覚えはない。
それに慰謝料って……と、冷静に考えなくても、弥生にそんな義務はない。
けれど、我武者羅に威圧してくる女性に、弥生の動き始めた思考は、再び止まり真っ白になった。
「ママァ~~」
舌ったらずな女の子の声…聞いた事がある気がするが、それ以上は考えられない。
「ああ!! もううっさい!!
そうだ、この子の面倒見なさい!!
アタシへの詫びなんだから、ちゃんとお金も払って!!
あああもう!!
このチェーン外しなさいってば!!!!!
独女なんて、アタシの役に立たなきゃ意味ないでしょ!!!」
床にへたり込んだまま、血走った目玉と真っ赤な爪を、弥生は呆けたように見上げた。
何もかもが麻痺したように遠い。
その間も、女はドアチェーンを引き千切らんばかりに引っ掻き、ドアを何度もガンガンと開こうとする。
「うっせえええええ!!!」
男性の声が、ぼんやりとする弥生の耳にも届いた。
「てめぇ、誰や!?
あぁ!? いい加減にしさらせっちゅうねん!! 警察呼ぶぞ!! ゴラァァ!!」
叫ぶような声の後に、ガシャンと大きくドアの閉まる音が続く。
ドアの隙間の向こうの化け物が『チッ』と舌打ちするのが聞こえた。
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