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10


 古い目覚まし時計は、今朝も律儀に職務を果たしてくれる。

 いつの間にか眠っていたようだが、変な体勢で寝落ちしたらしく、身体中が強張っていた。


 そっと身体を動かすたびに『いてて…』と、妙にオバサン臭い台詞が飛び出す。

 寝起きなせいで、まだ頭に血が巡っていないのか、意識はぼんやりとしていた。もしかすると、単なる現実逃避と言う側面もあるかもしれない。

 意識がはっきりしてしまえば、昨夜感じた恐怖まで蘇ってしまいそうに感じるのだ。


 尤も、そんな恐怖なんて吹き飛ばしてしまいそうな音の洪水に見舞われる。

 この数日、恒例になりつつある上の部屋からの騒音だ。

 赤ん坊の泣き声、男女の怒鳴り声、子供の……弥生は何かを振り払うように、ふるっと頭を横に振った。


 昨夜のうちに洗い物は済ませていたので、他の準備の合間にマイボトルも用意する。

 少し早いけれど、今日はいつもの速度で歩ける気がしない為、そろそろ駅へ向かおうと考えた。情けないが、その程度には、心も身体も疲弊していた。


 戸締りの確認をしていると、テーブルに置いたままの雑誌が目に入る。


 なんとなく目を逸らした。


 やはり昨夜の出来事はちょっとしたトラウマ…とまではいかなくとも、心に棘が刺さったように不安定になっているようだ。不安定と言うより、ささくれ立つ…と言う言葉の方があっているかもしれない。


 弥生は疲れたように息を吐いた。

 だが、視界の端に映ったモノが、ふと気に掛かって顔を向ける。

 そこにあったモノは、書店で雑誌を買ったときの袋。


 雑誌を購入したは良いが、持っていた鞄が雑誌の入る様な大きさではなかった為に、購入せざるを得なかった物だ。


(あれ…あんな袋だったっけ……?)


 何故か、そんな感想が浮かんだ。

 あの書店に行ったのも久しぶりで、デザインが変わっただけかもしれないのに、何がそんなに気になったのだろう…と、自分でも首を捻ってしまう。


(以前は茶色で、書店の名前が印刷されてたように思うんだけど…)


 視線の先にある袋は真っ白だ。

 店名はおろか、リサイクルマークも何も印刷されていない。


(まぁ、昨今は経費節約で印刷しない…とか、珍しくもないものなぁ)


 昨夜は気付かなかったが、購入した雑誌以外にも、何かチラシのようなモノが入っているのが透け見えている。

 つい今しがた、早めに駅へ向かべく部屋を出ようと考えていたのに、何故か弥生はふらふらと、床に放りっぱなしになっていた書店の袋へと近づいた。

 床に膝をついて袋を手に取ると、中のチラシを取り出した。3枚入っている。


 1枚は、今月発売のハードカバータイプの本の宣伝。

 最近よく名前を聞く作家の本で、推理物のようだ。少し面白そうだが、ハードカバータイプは当然値が張る。文庫化を待った方が良いかもしれない。


 次の1枚は絵本の紹介。

 カラー印刷のチラシで、絵本だからだろうか…とても色鮮やかだ。


 最後の1枚を手に取って、弥生はじっと見入った。

 表紙絵も何も印刷されていない、凡そ書店のチラシとは思えない1枚。

 文字だけのそれは、横書きで、一番上に少し大きめの文字で…


 ―――『ご相談、承ります』―――


 とあった。

 その下には


 『悩み事、お困り事がございましたら、気軽に当社へ。

  ご相談、お見積もりは無料。

  格安明朗会計で、貴方の困りごとを解決いたします』


 と書かれている。


「……相談…。

 本屋さんの袋に入ってるチラシって感じじゃないわよね。

 チラシそのものも…って、そんな場合じゃない、遅刻しちゃう」


 弥生は手にしていたチラシをテーブルの上に置き、慌てて外へ飛び出して行った。




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