第3話 合格?
時は少し遡り、山の中にある廃墟となった洋館で、うららを待ち続ける一人の女性の姿があった。
しかしその表情には影が差しており、強い不安と疑念の念を胸に抱いている。
洋館の扉の開く音が聞こえ、階段を上る足音が近づいて来る。
胸に不安を宿した彼女は、足音が近づくにつれて、緊張から鼓動が大きくなっていくのを感じとっていた。
彼女の佇む部屋のドアが開き、うららの姿が見えたので片膝をついてそれを迎える。
「美津姫うらら様、お待ちしておりました」
「フルネームは長いしうららでいいよ、もしかしてぇ、すっごい待たせちゃったー?」
うららの表情は明るく、待たせていた事を悪びれる仕草などはない。
亜里はそれを気にする事なく「いえ、心配はございません」と返し、続けて「時間をお伝えされていなかったので、朝からここで待機しておりました」と答えた。
「そうなんだ。 一人でいる時間は暇だったでしょ? ところで、庵途の姿が見えないんだけど?」
うららは楽しそうに笑みを浮かべながら亜里を見下ろしてそう言うと、亜里は俯いたままその問いに答える。
「庵途は可能な限り稼せいで来いと命じられておりましたので、ギリギリまで働いでくるつもりの様です。 今日中には必ず姿を見せると思うので、どうかご容赦下さい」
「まあいいけど、それで、亜里はいくらくらい稼げたの?」
庵途の事を一言で済ませたうららに対して、少し眉を寄せて怪訝な表情を浮かべた亜里だが、まずは自身の仕事の成果を報告する。
「食費などを引いて残り18万円です」
「へー、すごいすごい! もしかして寝ずに頑張ってた?」
「最低限の睡眠はとらせて頂きましたので体調には問題ありません」
「そうなんだ! 流石働き蟻の怪人さんね!」
うららが褒めた事で少しだけ亜里の喜びが顔に出る。
そして、亜里はうららに聞いてみる。
「あの…… 恐縮ながら、具申させて頂いても宜しいでしょうか?」
「いいよ! 頑張ったんだもん。 何か希望を望むのなら聞いてやらんでもない」
何を思ったのか、うららは少し偉そうな人を演じていた。
亜里はそれを微笑ましく受け取り、話を続けた。
「実は、庵途の傷の具合が芳しくはないようです。 しばらくの間、休暇を与え、療養させて頂きたいのです」
「えー? なんで?」
うららの言葉で亜里の表情は固まる。
亜里は不安を抱きながらも、うららの質問に返事をした。
「その方が稼ぐ効率も良くなるかと思われます」
「ん-? 蟻なんてその辺にわんさか見つかるし…… 庵途を処分して別のにした方が効率よくない?」
亜里は俯いたままの状態で驚愕した表情を浮かべていた。
動揺する気持ちを表す様に、呼吸と共に大きくなった鼓動が身体を揺らす。
「処分…… ですか……?」亜里は躊躇いながらも、声を押し出すように質問をする。
「うん、処分! 使い捨てのアリンコだしそれでいいでしょ? 何か不満なのかなぁ?」
明るい口調でそんな事を言っているのが信じられず、亜里は思わず顔をあげ、うららの顔を覗きこむ。
そして、無邪気な笑みを浮かべる彼女から目を背ける様にまた顔を伏せ、うららに自分の思いを伝えた。
「恐れながら、庵途はうらら様の為に、その身を犠牲にしながらも、身を粉にして働いております。 それを使い捨てなどと申されては我々の首領であるうらら様の品位が損なわれてしまうのではないでしょうか?」
「ああ、そうなんだ。 ウフフ、そんな事より……」
うららは跪く亜里の肩を押し、不意に唇を奪って胸を揉みしだいた。
突然そんな行動をするうららに対して、理解が追い付かず、亜里は無抵抗のまま質問を投げる。
「何を、なさってるのですか?」
「別にいいでしょ? 減るもんじゃないしぃ。 この前うららの事好きになってって命令したし、嫌なわけないよね?」
亜里は焦りながらも、うららの言葉に対して返事をする。
「いけません。 うらら様にはまだこういう事は早いかと」
「命令。 うららを拒絶するな!」
亜里は乱暴な手つきのうららの肩を押し、はっきりと「嫌です!」と拒絶する態度を示した。
命令を拒絶したせいか、亜里の顔からはどんどん血の気を引いていき、茫然としてしまう。
うららはその様子をじっくりと眺めながら、ニヤリと笑みを浮かべた。
「良い答えね! うららは満足出来たわ」
うららの言葉を聞いてハッとした亜里は、「申し訳ございません! 急な事で驚いてしまって……」と言い訳の言葉を述べる。
そんな亜里に対してうららは優しい声色で「ああ、気にしないで」と言い、続けて「正直に言うと、拒絶しなかったらどうしようかと思ってたから」と告げた。
亜里はただ目を丸くしてうららを見つめるしか出来なかった。
そんな亜里に対して、うららは笑いながら口元を抑え、「だってうららは女の子だよ? 亜里に欲情なんてするわけないじゃない」と言う。
動揺している亜里は冷静ではなく「どういう事ですか?」とうららに聞いてしまった。
その質問にうららも少し驚いたらしく、顔をパタパタと手で仰ぎながら「えー? 意地悪してみたくなっただけだよー? 亜里はまんざらでもなかった?」と答えた。
しかしその後、 すぐに「と言うのは嘘で」とうららは切り出して話を続ける。
「実は試したい事があったの! 命令に忠実な事はいいんだけど、その時と場合によっては間違う事だってあるでしょ? だから、亜里が適切な判断を行うつもりがあるのかどうか試してみたかったの」
亜里はその言葉を聞いてからしばらく固まり、「そう言う意図があったのですね。 私にはよく分かりませんが……」と返した。
うららは少し硬い笑みを浮かべながら話を続ける。
「そう! 亜里は自分で考えて判断が出来る! それってとっても素晴らしい事! だから合格ぅ! これからは二人を正式にうららの部下として認めてあげるね!」
「正式に認められた……? ありがとうございます」
亜里は肩から力が抜け落ち、 無表情でその言葉を受け入れた。
その亜里の肩をうららはポンと叩き、「うん、それじゃあ今から正式に君達二人に命令をするから庵途にも伝えておいてね」と言うので「畏まりました」と返事をする。
うららは少し真剣な表情をして亜里に告げる。
「これからは、うららから送られてくる思念は全部命令じゃなくって、指示! それに従うかどうかは亜里達の判断に委ねるわ」
「わかりました。 最終的には現場での判断を求められると言う事ですね」
「その通り! これから二人には色々な事を頼むけど、まずはゆっくり休暇を取って。 稼いだ分のお金は全部使っていいし、庵途を病院に連れていってあげてね」
「ありがとうございます……」
そう告げた亜里は再び片膝をつき、「一つお伺いしたいのですが……」とうららの顔を見上げて尋ねてみる。
うららは見下ろしながら「いいよ、なんでも聞いて」と返したので、亜里は疑問に思った事を口にする。
「稼いだ分を全て使っていいと言うのはどう言う事でしょうか? 組織運営の為、必要になるのではないのですか?」
うららはまるでその質問を考えていなかったのか、首を傾げて考える素振りを見せた後、しばらくしてから質問に答え始めた。
「組織運営の為に必要? アハハ、そんなはしたお金で何ができるの? うららがその気になればいくらでも稼げるし、秘密基地を作る為の山ももうすぐ手にはいるわ! そうそう、新しい仲間が一人増えたから庵途が動ける様になったら紹介してあげるね!」
「わかりました。 それでは庵途に連絡を取ってうらら様のお言葉をお伝えしに参ります」
「うん! 気を付けてね。 いってらっしゃーい」
手を振って送り出してくれるうららを背に、亜里は庵途の元へと向かった。
◇
そして一週間後。
うららは怪人たちを洋館に集め、亜里と庵途に愚理央を紹介した後、獣道も見当たらない深い山奥へと入って行き、アプリを使って秘密基地を作り上げていく。
予め広い場所が必要というわけではなく、アプリで指定すればその場にあったものを消滅させて秘密基地が出現する。
内装や間取りも自由に決める事が出来るので、シンプルで機能性にすぐれたデザインに仕上げた。
なぜか電子機器なども自由に作れるので、それを利用した部屋なども作り上げていく。
ある程度の形になってきたのでうららは怪人達に「みんなの部屋も作ってみたけど、どう?」と聞いてみると、「自分は、寝床があればそれで十分でごわす」 「私達も同じく」「最低限のスペースがあれば問題ありません」と答えたので、別の話しに移る。
「なるほどね。 亜里と庵途には、これから大仕事を頼みたいんだけど、大丈夫かな?」
「「はい、なんなりとお申し付け下さい」」
短い返答のせいか、急に同時に返事をした亜里と庵途に驚きつつも、うららは二人に説明を始める。
「この秘密基地に5つの配信部屋を用意したわ。 他にもレコーディングスタジオとかレッスン用の広い部屋なんかも作ってあるから後で見ておいてね!」
「配信部屋ですか?」
「うん! 新たな【人型怪人】を作って、ネットアイドルになってもらうの! もう怪人にする生物に目星はつけてあるし、結構稼げると思うわ」
「ネットアイドル? それは非常に難しい事なのではないでしょうか?」
亜里と庵途は互いに見つめ合って首を傾げ、愚理央は腕を組んで頷いているだけであった。
怪人達の反応を無視してうららは自信あり気に語り始める。
「本人の努力しだいにはなるけど自信はあるわ! 少なくともポテンシャルは十分あるはずよ。 それでね、二人にはアイドル達のサポートを行って欲しいの! 具体的には、配信のやり方や編集のノウハウを覚えて貰って、楽曲なんかはアイドル達の方でなんとかさせるわ!」
「わかりました。 私達は」
「マネージャーとしてアイドルのサポートをします」
自信満々のうららを見て、二人はそれ以上何も言えず、ただ同意の意思を示す。
そんな二人に、早速「マネージャー用の部屋も用意してあるから、しばらくはそこでパソコンとか使って色々と調べておいてね」と業務を言い渡す。
続けて、「うららは愚理央を連れて今からスカウトに行って来る」と言って、秘密基地を後にする。
うららの去り際に「わかりました。 私達もお部屋を拝見させて頂いた後」「業務に取り掛からせていただきます」と二人は告げる。
秘密基地の外へ行き、うらら達はこの街で最も大きな百貨店へと向かう。
その百貨店の中にあるペットショップが目的の場所である。
ペットショップへ辿り着くと、レジ横のケージに青々とした一匹の美しいセキセイインコが目に入ったので、うららはその前へと行き、近くにいる女性の店員に話しかけた。
「すごく綺麗な色のインコ! この子も他のセキセイインコと同じ値段なの?」
「すいません。 その子はうちのスタッフのペットなのでお売り出来ないんですよー。 ピーちゃんって言うのでよかったら呼んであげて下さい」
「そうなんだ。 他の子も見て周りたいからまた後でね、ピーちゃん」
うららはピーちゃんのケージ指で軽く叩いて挨拶してから、本来の目的であるオウム達をじっくりと観察していく。
うららは愚理央に思念を送り、“うららがピーちゃんを攫うから愚理央はうららの選んだオウムを購入して” と伝える。
思念を受け取った愚理央は、うららに向けてサムズアップのサインを送った。
うららはオウム達を眺めるが、いまいちどの子がアイドル向きなのか分からない。
なので、見た目重視で雌のオウムを2匹指さし、愚理央に店員を呼んで購入の手続きをさせた。
うららはその隙に、怪人アプリを起動させ、ピーちゃんを端末の中に取り入れる。
無事にオウムを2匹購入し、ペットショップから出ると、急ぎ足で表に出てきた店員に呼び止められてしまった。
「あの、すいません。 ピーちゃんがいなくなってるんですけど、何か知りませんか?」
ピーちゃんが自力であのケージから出られるわけもなく、店に他の客もいなかったので、疑いを向けられるのは当然の事である。
しかし、愚理央は堂々とした態度で店員の言葉に返事をする。
「自分達が買ったオウム以外の事はわからんでごわす」
「うららもピーちゃんに何度か話しかけたけど、いなくなったなんて知らないわ」
店員は困った表情を浮かべながら「そうですかぁ…… どう考えてもいなくなる様な状況ではなかったんですけど……」と呟き、愚理央が「もしかして疑われてるでごわすか?」と強めの口調で聞き返す。
愚理央は少し委縮気味に「いえ、お客様を疑ってはいないんですけど、一応念の為にと言った感じです」と答えたので「わかったでごわす。 調べる事があるなら協力するので、手短に頼むでごわす」と返した。
店員はバックヤードへ行った後、しばらくして二人の警察がやってきた。
二人の事を知っている愚理央が軽く手を上げると、二人の警察官が近よってきて「おやおや? 花牟さんじゃないですか」と親し気に話しかけてきた。
「いやーその節はお世話になりました。 このお店に呼ばれて来たんですけど花牟さん何か関係がおありで?」
「セキセイインコがケージからいなくなったらしいでごわす。 自分はオウムを2匹買っただけでごわすよ」
「へぇー。 オウムちゃんね。 綺麗なオウムだけど高かったんじゃないのー?」
「2匹で200ちょっとだったでごわす」
「200!? 流石だ、太っ腹だねー」
警察と話をしていると、中から店員が出て来る。
そして、警察官二人を連れてピーちゃんのケージを見た後、バックヤードで監視カメラなどを見たりして、愚理央達の元へと戻ってきた。
「インコがどうして消えたのかは分からないけど、とりあえず花牟さん達は関与していないと儂等から断言できるよ」
「それじゃあ、もう帰っていいでごわすか?」
「ああ、大丈夫」
「お待たせして申し訳ありませんでした。 またのご利用お待ちしております」
少し危なかったが、バレなければ問題ない。
うらら達は、オウムを連れて秘密基地へと戻るのであった。




