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宣告:甘き救世主への断罪

 ナイトホークと魔界との回廊へ急行するさなか


 脳裏に直接響く、凛として、それでいて傲慢さを隠さない高らかな声。


「我が眷属エリ、聞いてるかしら」


「……女神ミリエル!」


 心の中でその名を呼ぶ。神界からの通信。それは、よほどの緊急事態であることを意味していた。


「エリ、もっと本気を出さないとあんた負けるわよ。魔界の勢力はあんたが考えているほど甘くはないわ」


「何をおっしゃるんですか。見てください、戦況は今のところ順調よ。魔物の群れは退けているわ」


 エリは自信を持って答えた。自ら考案した戦術と、この世界にはない「知識」を駆使している自負があったからだ。だが、ミリエルの鼻で笑うような気配が伝わり、エリの背中に冷たいものが走る。


「暢気なものね。あんたが『後は頼んだ』なんて言って、後方を託してきた守備隊や騎士団の連中……彼らはたった今、全滅したわよ」


「えっ……」


 思考が真っ白になる。全滅? あの精鋭たちが?

 動揺するエリを突き放すように、女神の声は苛烈さを増していく。


「魔人の実力を低く見積もったあなたの罪よ。いい、エリ。害虫駆除は徹底的にやらないと駄目なのよ」


「そんな……私のせいで……」


「あなたには私の神力を託しているのだから、妙な異世界の武器を呼び出さずとも神の御業を使えるわ。焼き払えと言えば、ナパーム弾などというまどろっこしいものを使わずとも、指先一つで容易に焼き払えるの。そんな、ぬるい戦い方ではこの世界の多くの命が失われるわよ」


 あまりに冷徹で、圧倒的な事実の提示。

 エリは震える声で、ようやく言葉を絞り出した。


「私のやり方は……間違っていたわけ?」


「今のところはね」


 ミリエルは、突き放した後に、わずかに声音を和らげた。それは慈悲というよりは、自分の所有物に対する歪な期待に近いものだった。


「でも、まだ間に合うわ。私が選んだエリなのだから、少しだけ『修正』すればいい。……さあ、本当の神の力を見せてやりなさい」


「女神ミリエル。私はどうすればいいのですか」


「エリ、簡単よ。私にすべてを委ねなさい。そうすればあなたは楽になれる……」


 そのとき、二人の精神世界に、冷徹な女神の声とは異質な、深く重厚な波動が割り込んだ。

 それは空間そのものを切り裂くような、圧倒的な「暴力」の気配。


「――女神ミリエルよ」


 その声の主を、エリは知っている。

 漆黒の鱗を持つ、誇り高き災厄の化身。


黒竜ナイトホーク……!? なぜ、心の会話の中に……」


 驚愕するエリを余所に、脳内に響くミリエルの声が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。


「……黒竜よ。お前の出番ではないわ。下等な種族が神聖な対話に首を突っ込むんじゃない。引っ込んでいろ」


 激昂というよりは、忌々しい羽虫を払うような拒絶。

 しかし、ナイトホークの哄笑が、エリの精神を揺さぶる。


「くく……。左様、本来ならば竜族が神界の問題に干渉することはない。だがミリエル、一つ忘れているぞ。このエリは『我が主』である。その主がお前に乗っ取られるのを、黙って見ているわけにはいかぬからな」


「……私を、乗っ取る……?」


 エリの背筋に、先ほどとは違う種類の戦慄が走る。

 ナイトホークは、女神の甘い誘惑の裏に潜む「毒」を暴くように言葉を重ねた。


「エリ、気がついたか。この女神はお前を導くふりをして、その身を『依り代』として食いつぶそうとしているのだ。お前の罪悪感を煽り、精神の隙間を抉り、お前という意志を消し飛ばして……お前が望まぬ大量殺戮を行おうとしているのだよ」


「なっ……!?」


「知ったようなことを……!」


 ミリエルの声から余裕が消えた。

 その沈黙自体が、ナイトホークの指摘が正鵠せいこくを射ていることを証明していた。

 エリを助けるためではない。神が直接手を下せぬこの地上で、エリという器を使って「効率的な害虫駆除」――すなわち、敵も味方も焼き尽くす無慈悲な殲滅を行おうとしていたのだ。


「ふん、興が削がれたわ。……今さら気づいても遅いのよ」


「エリ、お前はどこまで行っても私の眷属なのよ」

 吐き捨てるような言葉を残し、女神の気配は霧散するように消えた。

 まるで、最初からそこに誰もいなかったかのように。


 静寂が戻った精神世界で、エリは自分の両手を見つめる。

 神の力を受け入れようとした瞬間、自分の意識が遠のきかけていた感覚。あれは「修正」などではなく、「侵食」だったのか。


(……助かったの、私?)


 震えるエリの意識を繋ぎ止めるように、ナイトホークの低い声が再び響く。


「お帰り、エリ。さあ魔界回廊を潰しに行くぞ」


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