穴の底に潜む悪夢と、静かなる反撃
ロック・フィールドの町に足を踏み入れた瞬間、鼻を突いたのは鉄錆のような生臭い血の匂いだった。
先に到着していた騎士団と合流したエリを待っていたのは、この世のものとは思えない惨状だった。
「……っ、これは……」
エリは言葉を失った。
家々の壁には血飛沫が飛び散り、道端にはかつて住人であったであろう「モノ」が転がっている。はらわたを食いちぎられ、手足をもぎ取られ、まるで壊れた人形のように無残に散らばっていた。
「奴らは……あいつらは、人をおもちゃのように弄ぶんです。そして、飽きたら喰らう……っ!」
側にいた若い騎士が、剣を握る拳を震わせ、涙を流しながらエリに告げた。
喉の奥からせり上がってくる酸っぱいものを、エリは奥歯を噛み締めて強引に飲み込む。吐き気を堪え、この地獄を、その目に焼き付けた。悲しみはやがて、冷徹なまでの怒りへと変わっていく。
「エリ様、報告を! 魔人どもはトンネルを掘って町の中に侵入したようです。その開口部を発見しました!」
別の騎士が駆け寄ってくる。その指し示す先には、不気味に口を開けた巨大な土穴があった。
「すぐに追撃をかけましょう! 奴らを逃がせば、次の町がまた地下から襲われます!」
逸る騎士たちを、エリは鋭い声で制した。
「待って。トンネル内への不用意な侵入は禁止します。……私に考えがあるわ」
「しかし、一刻を争うのです!」
「分かっているわ。だからこそ、確実な方法をとるの」
エリは冷静に指示を飛ばし始めた。
「まず、近隣の町の守備隊に至急伝令を。魔人は地下から穴を掘って攻めてくる、と。警戒を最大にさせるのよ」
「……了解!」
伝令が飛び出したのを見届け、エリは自らの魔力を練り上げる。
「穴に潜った敵には、ガスが一番効くはずよ。今度は――『毒ガス』で攻めるわ」
エリが魔法を構築すると、人々の手に奇妙な装具が現れた。現代的な形状をした、異質な「ガスマスク」だ。彼女はそれを生き残った住人や、困惑する騎士たちの手に握らせていく。
「これから穴の中にしびれ薬……神経ガスを散布します。魔人がしびれて動けなくなったところを、皆さんで確実に仕留めて」
「了解しました!」
エリは一人、トンネルの開口部へと歩み寄る。その手には、魔法によって精製された『魔人制圧用ガス弾』が装てんされたグレネードランチャーが握られていた。
彼女は安全装置を外すイメージとともにそれを暗い穴の底へと打ち込んだ。
シュオォォォーッ!!
凄まじい勢いで、白濁した煙が穴の奥へと吸い込まれていく。
やがて、ガスの煙が薄まったタイミングを見計らい、エリは短く命じた。
「……行って」
「突撃ーーッ!!」
抜剣した守備隊の面々が、覚悟を決めてトンネル内へと雪崩れ込む。
だが、そこで彼らが目にしたのは、死闘ではなく――一方的な「作業」の光景だった。
「……おお、本当に魔人が倒れているぞ!」
「見てくれ、指一本動かせないようだ。これなら……これなら容易く首を撥ねられる!」
「穴の奥まで、ずっと倒れているぞ! ざまあみろ、化け物共め!」
暗い地下通路に、騎士たちの歓喜と、魔人たちへの報復の剣撃音が響き渡る。
エリはガスマスク越しに、冷ややかな視線でその様子を見つめていた。
蹂躙された町の人々の無念を晴らすには、情けなど微塵も必要なかった。




