潜入する影と迷彩の戦衣
「ふぅ……。オーエン、王様の前って本当にくたびれるわね。慣れない敬語なんて使うもんじゃないわ」
謁見の間を後にしたエリは、大きく伸びをしながら隣を歩くオーエンにぼやいた。張り詰めていた緊張が解け、どっと肩に重みがのしかかる。
「ははは、お疲れ様。だが、今後はエリが敬語を『使われる』立場になっていくと思いますよ。今のうちに慣れておいたほうがいいかもしれません」
「勘弁してよ……。それより、王様が女神について難しいこと言ってたけど、あのクソ女神が戦争好きなのは確かね。ろくなことにならないわ」
吐き捨てるように言うエリに、オーエンは苦笑しながらも表情を引き締めた。
「まあまあ、落ち着いて。魔界の回廊が完全に閉じたわけではありません。また君が討伐に向かうことになるでしょう。しかし、私には一つ懸念があります。魔界側も馬鹿ではない、必ず対策を練ってくるはずです。……今後は、ナパームが通用しなくなる可能性も考えておくべきですよ」
「えっ、そうなの? ゾンビ対策には焼き払うのが一番だと思ってたのに……」
エリが不安げに眉を寄せると、オーエンは静かに頷いた。
「奴らは狡猾です。こちらの切り札を封じに来るでしょう。決して油断なさらないように」
その忠告が、予言のように響いた直後のことだった。
「報告! 報告申し上げます!」
一人の神官が、顔を真っ青にして回廊を走ってきた。息を切らし、エリたちの前で膝をつく。
「魔界との回廊の付近……ロック・フィールドの町の中に、突如として魔人が出現! 市民が襲撃されているとの報が入りました!」
「突然……? 町の中に現れたっていうの!?」
エリの目が鋭く見開かれる。
「はい! 王都の騎士団と調査隊が直ちに向かっていますが、現地の状況は混迷を極めており、詳細は不明です!」
「――ナイトホーク!」
エリが鋭く呼ぶと、影から音もなく一人の従者が姿を現した。
「こちらに」
「すぐに出発できる?」
「もちろんです、主」
ナイトホークの短い返答に、エリは迷うことなく自分の装備を見やった。
「……今度も女神の装束の方がいいかしら?」
「ご随意に。主が最も戦いやすい姿が最善かと」
エリはわずかに思考し、そして決断した。
「じゃあ、戦闘服で行くわ。向こうの状況が分からない以上、市街戦になるのは目に見えてるもの。聖女のフリをしてる余裕なんてなさそうだしね」
数分後。
そこには、きらびやかな神殿にはおよそ不釣り合いな、迷彩柄のコンバット・ユニフォームに身を包んだエリの姿があった。
機能性を重視し、全身をタクティカルギアで固めた彼女は、しなやかな動きでナイトホークの背に飛び乗る。
「行くわよ、ナイトホーク! ロック・フィールドへ急行!」
「御意」
巨大な翼が風を巻き起こし、エリは王都の空へと舞い上がった。眼下に広がる平穏な景色を置き去りに、戦火の予感に包まれた町へとひた走る。




